第44話 失敗からはじまる、上司の一日
「おい、シモン。新たなミッションを与える」
カルロスさんが、やけに威厳たっぷりな声で切り出してきた。肩に手を置く仕草までして、さも重要任務のように言ってのける。
が、その実態は――いつも通りの「仕事の押し付け」である。
「騎乗型モンスターエリアにケンタウロスを配置だ。以上!」
うん、やっぱり。こっちはてっきり何か厄介な問題でもあるのかと身構えたのに。
「え、それだけですか……?」
思わず、声が漏れた。あまりにも簡潔すぎて、逆に怖い。何か罠でも仕込まれているんじゃないかと疑ってしまう。
「そう睨むなって。これなら、アーノルド一人でもできるだろ」
確かに、それはそうだ。最近はだいぶ仕事にも慣れてきたし、そろそろ任せていくべき頃合いだ。
そんなことを考えていると、ドアがギィ、と間の抜けた音を立てて開いた。そこには、相変わらず元気いっぱいのアーノルドくんの姿があった。
「了解です! 早速、配置してきます!」
言うが早いか、彼は風のように駆け出していった。背中を見送るだけで、こっちが置いていかれる気分になる。
――しかし、それから数十分後。
「エミリーさんと一緒に、ミノタウロスを配置してきました!」
自信満々の表情で戻ってきたアーノルドくんが、晴れやかにそう言った瞬間、頭の中が一瞬、真っ白になった。
「え、今なんて……?」
「ミノタウロスの配置完了報告ですけど」
彼は首をかしげる。こっちも負けじと、同じ角度で首をかしげた。
いやいや、違うだろ。配置すべきは――。
「あの、配置するのはケンタウロスなんだけど……」
僕が指摘すると、エミリーさんが横で「ああ、やっぱりね」と頷いた。
「なんかおかしいと思ったのよね。だって、あそこ騎乗型モンスターエリアだもの」
「もしかして、語尾が同じ『ロス』だから、間違えちゃった?」
冗談めかして言ってみたら、アーノルドくんは「はい……」と蚊の鳴くような声で返事をした。自信満々だっただけに、落差が大きい。
これは何とかしてフォローしてやらないと。
場の空気が沈みかけたそのとき、ふと、ある単語が頭をよぎった。
「ケンタウロスにミノタウロス。語尾は同じ『ロス』か……。そうだ、『ロス祭り』を開催しましょう!」
思いついたままに口にすると、カルロスさんが怪訝な顔をした。
「なんだそれ。初めて聞いたぞ」
「当たり前ですよ、カルロスさん。今、作りましたから」
そう、即席だ。だけど、理由なんてあとからつければいい。
「二匹の語尾が同じことを理由に、ケンタウロスとミノタウロスの討伐報酬を少しだけ上げましょう。一日限定で」
特別感を出すだけで、冒険者はすぐに釣られる。中身はどうあれ、「イベント」と名のつくものに弱いのが彼らなのだ。
するとエミリーさんが、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「なるほど、悪くはないわね。ついでに、カルロスも放り込む? 語尾にロスがついてるし」
「おいおい、勘弁してくれよ! ロスがつくモンスター、もう一体いるだろ。ケルベロスだ。代わりに奴を投入してくれ!」
軽口をたたくカルロスさんに、僕とエミリーさんはつい笑ってしまう。そして、そんなやり取りを見ていたアーノルドくんが、不意に笑い出した。大きな声で、心からの笑いだ。
「すみません。ミスした僕が言うのはなんですが、やっぱりこの課は楽しいなって」
その言葉を聞いて、僕の胸にもじんわりと温かいものが広がる。失敗のフォローは、ただ誤魔化すためじゃない。安心させて、次に繋げるためのものだ。
「よかった。そう言ってもらえて嬉しいよ」
そのとき、カルロスさんがそっと肩を寄せてきて、僕の耳元でささやいた。
「お前も部下の失敗をフォローできるようになったんだ。成長してきたな」
その言葉が意外なほど胸にしみた。
以前の自分なら、こんな風にアーノルドくんをかばえただろうか。たぶん、無理だったと思う。
「さあ、祭りの準備だ。アーノルド、ギルドに行ってこい。ジャスミンに連絡を頼む。次は失敗するなよ!」
「はい! もちろんです!」
元気な返事とともに、アーノルドくんは再び風のように駆けていった。
こうしてまた一つ、課のトラブルは片付いた。けれど、平穏は長くは続かない。モンスター管理課には、今日も新たな問題が――たぶん、もうすぐやってくる。




