第9話 死の軍団
世界の崩壊がまた一段階進んだ。
魔物たちとの戦いは、当初ダイナ団長達の活躍で有利に進んでいた。
しかし、ある者たちの出現により兵団は大幅な撤退を余儀無くされた。
”死の軍団”
兵士たちに絶望を与えるには充分な悍ましい存在。
ゾンビ、亡者、スケルトンなど不死者と言われる魔物たちが、突如として群れを成して進撃して来たのだ。
こいつ等は、死を恐れない、痛みも感じない。
だから、怯むことも無く只ひたすらに進行してくる。
そして、不死者に倒された者もゾンビとなって生者に牙をむく。
増え続ける亡者達に並の兵士達では立ち向かうことも難しい。
防衛ラインを後退させ、柵と落とし穴で時間を稼ぐだけで僅かに均衡を図っている。
だが、それも長くは持たないであろう。
この戦況を覆す事が出来るのは、屈強な戦士でも理知的な参謀でも無い。
”天子”と呼ばれる俺だけだ。
俺は、反対するジーク殿下を説き伏せ戦地に向かった。
身の安全を第一とすると言いながらも、俺には勝算が充分にあった。
それは、不死者には昔から炎と聖なる力が弱点と相場が決まっていると言うことだ。
この世界の理は、もう何となく分かる。
今回の出陣は、それを確かめる意味もある。
ちなみに、聖なる力を使える唯一の者=聖女=エアリスは置いて行く。
もしも、俺の考えが外れていた場合にこの王都を護ってもらうためだ。
俺は、死んだら元の世界に戻れるのだろうか・・・、戻れるとしても魂だけなのだろうか?
ふと哀しさ寂しさが心の中で交差した気がした。
□□□□
~ミッドランド辺境の地・カズサ村付近~
戦地に到着した俺達一行は、小高い崖の上から戦況を窺っていた。
ミッドランド兵団は、不死者たちの群を柵と落し穴で辛うじて防いでおり、見た目は均衡を保っている様に思える。
落とし穴の中では、ゾンビと亡者たちが唸り声を上げ蠢いており、柵に阻まれたゾンビ達は、力任せに進もうと同じ動作を繰り返している。
そして、それらに対峙する兵士達には緊張と疲労、それに悲壮感が漂っている。
それもそのはずで、ゾンビ達は疲れることも無く減る事もない。
もう時間の問題なのは誰の目からも見ても明らかだ。
俺の護衛騎士たち3人からは、焦りが感じられる。
そう、柵が決壊すれば、、、。
彼等は、無駄と分かっていても助太刀に行きたいのだろう。
だが、俺が居てはそうも出来ない。
ならば答えは一つだ。
「この中で、火の魔法を使える者はいますか?」
「「「・・・・。。。」」」」
沈黙がしばらく流れる中、マクシミリアがそっと手を挙げた。
彼は護衛騎士であり戦士だ。それほど魔法が得意ではない。
けれども、兵団を助けたいと言う思いから挙手したのだろう。
「では、あのゾンビの群に放って下さい。」
俺は、軽い気持ちでマクシミリアに指示した。
もちろん、火魔法が本当に効くかどうか試す為だ。
「あの、・・・火球しか使えませんがそれでも良いのしょうか?」
火球とは、恐らく威力の低い初級魔法なのだろう。
まずはそれで充分だ。
火魔法が効かないのなら別の手を考えるしかないのだから。
俺は、ニコリと微笑んでマクシミリアの手を取り、そしてその手をゾンビの群れに向けた。
マクシミリアは、不意に俺に触れられ、”びくっ”となったが、さすが騎士、すぐに何事もなかった様に凛々しく標的を見据えた。
「良いか?」
「何時でもどうぞ。」
まずは、出力10%くらいか。
マクシミリアへ注ぎ込む魔力を加減しながらも全神経を腕に集中する。
よし、行くぞ!
「 放て! 」
マクシミリアから放たれた火球は、爆音とともに高速でゾンビの群れに命中し、爆炎となってゾンビ達を焼き尽くした。
「 凄い!」
護衛騎士のミカエルが感心する。
正直に言うと、俺自身も驚いている。
それは、初級魔法である火球の数倍の威力であり、中級魔法と言っても良い威力だ。
あまりの威力にふらついた俺をマクシミリアが抱きとめる。
「す、すまない。」
すると、マクシミリアは目を細めてニコリと微笑んでくれた。
先ほどど逆になってしまい少し照れくさい。
マクシミリアの優しい笑顔で、ほほが赤らむのが自分でも分かる。
しばし見つめ合っていると、ラインハルトが軽く咳ばらいをした。
もじもじしていると、遠くの方で兵団からも歓声が上がった。
一先ず火魔法が効果的なのは分かった。心の中で推測が確信に変わる。
不死者の群れの方向を見ると、徐々に炎と煙が治まって来ていた。
「油断してはいけません。先ほどの爆炎で柵も吹っ飛んだはずです。」
ラインハルトの言う通りだ。
残煙の中から、もぞもぞと蠢く不死者の群れが此方に向かって進軍を開始していた。
護衛騎士達に緊張が走る。
この不死者たちの動きに気付いた兵団からも数名騎馬で駆け付けようとしている。
おそらくあの先頭はダイナ団長だ。
が、慌てることは無い。
「マクシミリア、次、いけるか?」
「仰せのままに。」と言うと、マクシミリアは俺を後から抱きしめ、肩越しから片手を不死者の群れに向けた。
うん、これならもっと出力を上げられる。
先ほどの様にふらついてもマクシミリアが支えてくれるのだろう・・・ん?
何かおかしい体勢の様な気もするが・・・今はそれどころでは無いね。
出力20%で行くぞ!
「よし! 放て! 」
マクシミリアから放たれた火球は、爆炎波となって不死者たちを焼き尽くす!
発射の反動も相当あったが、マクシミリアは微動だにせず俺を抱きしめてくれた。
今度は、ラインハルトも傍で控えてくれており、みだれた髪を抑えてくれた。
爆心地では、もうもうとした煙が辺りを覆い、視界を遮る。
さらに、不死者の焼ける異臭が全ての感覚を鈍らせた。
「危ない! 死の騎士だ!」
騎馬で駆け付けたダイナ団長が叫ぶ!
突進してきた骸の騎士が剣を振り下ろす。
俺を抱いたまま、さっと避けるマクシミリア。
間髪入れず死の騎士に立ち向かうミカエルとオズワルド。
くそ、彼らがいかに強くても殺戮マシーンである死の騎士には敵わない。
「誰か、風魔法でこの煙を飛ばして!」
俺は懇願するように頼んだ。
まさか、不死者がゲリラ的に襲ってくるとは思わなかった。そして確実に俺を狙って来ている。
そうすると、どこか近くに司令官がいるはずだ。
ならば、そいつさえ叩けばこの窮地を打開出来るはずだ。
ラインハルトが風魔法ウインドストームを放つ。
煙は霧散し、視界は開けた。
そして、その先にはさらなる死の軍団と統率者である不死王リッチの姿があった。
「不死王リッチだ!」
こいつを倒さなければこの戦闘は終わらない。
もう一発打たなければ・・・。
と、マクシミリアを見ると手首から先が黒く焦げていた。
「ま、マクシミリア! その手は!!」
「大丈夫です。まだいけます。」
そんなはずは無いのだが、・・・くそ、俺は自分では魔法を使えない。
こんなことになるとは・・・・。
「すまないマクシミリア、俺は・・・」
言い淀む俺の言葉を遮って、マクシミリアは言う。
「もうそれで充分です。シン様のお役に立てるのが私の喜びです。
それに、私のことはマックスとお呼びください。」
そして、やさしく俺を抱きしめた。
こんな時にずるいよ。でもでも今は不死王リッチに集中しなければならない。
ドキッとしながらも、自分の感情は心の奥底に沈める。
全てを焼き尽くす必要は無い。狙いは不死王リッチだけだ。
「うん、分かったマックス。集中するぞ!」
「はい、いつでもどうぞ。」
マクシミリアの伸ばした腕に俺は両手を添えて神経を集中する。
・・・深く、より深く、集中だ!
よし!
「 放て! 」
火球は、赤い光線となり発射され、真っすぐに不死王リッチの中心玉を貫く!
すると、不死王リッチは炎に包まれた。。
不死王なだけあって高い知性があったのか、呪文の様なことを口走っている。
俺にはその意味が分かった。
おそらく、不死王は今際の際に”魔王”を呼んだのだ。
やがて、不死王は灰となりすげなく崩壊していった。
そして、不死王の崩壊により、死の騎士と死の軍団も灰となり崩壊していった。
「やったのか?」
ミカエルとオズワルドはボロボロになりながらも死の騎士の攻撃に耐えきった。
肩を抱き合い健闘を称え合う二人。
到着したダイナ団長も二人を労う。
しかし、戦に勝利した喜びも束の間、「 くっ 」と苦痛に顔を歪めるマクシミリア。
勝利の立役者であるマクシミリアの腕が指先からボロボロと崩れていく・・・。
強化された魔法に身体が耐えられなかったのだ。
「ま、マクシミリア・・・。」
あゝ、俺は彼の人生を犠牲にしてしまったのだろうか・・・。泣きそうになりながら、俺は自分の浅はかさを恥じた。
大丈夫だと笑うマクシミリア。
欠損や炭化した体は、回復魔法では直せない。直せないのだ。
俺なら・・・天子である俺なら、もしかすると・・・。
もう俺は覚悟を決めた。「マクシミリア、いやマックス、目を瞑って欲しい。」と可能な限り優しくお願いした。
すると、マクシミリアは、躊躇することなく瞳を閉じた。
”今だ” 俺は、そっとマクシミリアの顔を引き寄せ唇に唇を重ねた。
男同士で、無茶苦茶恥ずかしいが、そんな事を言っている場合ではない。集中だ。
マクシミリアに俺のエネルギー、天子と言われる俺の力をそっと流し込むのだ。
驚いて目を開け、凝視するマクシミリア。
あゝ駄目だ恥ずかしい。
逆に俺が目を瞑る。フルフルと震えているのが自分でも分かる。
甘い味と匂いが立ち込めた様な気がすると、マクシミリアが俺をガッチリと両手で抱きしめていた。
両手で・・・両手で・・・。
そっと、唇を外しマクシミリアを見詰める。
キラキラとした笑顔を見せるマクシミリア。
復元した手をヒラヒラとさせ「ありがとうございます、シン様。」と礼を言う。
安堵と少しのほっこり感に包まれる。
そして、そのやり取りを見て一際大きな歓声が上がった。
いつの間にか兵団から来た応援部隊に囲まれていたのだ。
さらに、ダイナ団長がマクシミリアを小突いている。
「ふふっ。良かった。」
と言い終わるや否や、ラインハルトにマックスからチョコンと引き離されてしまった。
「大丈夫ですよ。ラインハルト様。
シン様に他意が無いのは勿論分かっていますから。
ただ、それでも私はシン様からいただいたこの右手を誇りに思います。」
マックスのキラキラした笑顔が戦場で輝いていた。




