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Living Dead Lady 〜死体令嬢は死霊魔術師をひざまずかせたい~  作者: 貴様 二太郎
番外編

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元死体令嬢は変心する2

「なら、いいです」


 頭に昇ってた血が、一気にすーって下がった。うん、もう大丈夫。


「え~、本当にいいの~?」

「はい、全部大切な思い出なので。それと引き換えにしてまで叶える価値はないです」


 大切な、本当に大切な思い出だから。

 日本の大切で大好きだった家族との思い出。短い間だったけど友達になれたエルバとの思い出。たくさんの愛をくれたこっちのお母さんとの思い出。そして、最悪な出会いから最高の出会いになった、レナートとの思い出。全部、今の私を作ってきた大切な思い出たち。


「じゃあさ」


 魔法使いのお兄さんはにこにこと、とてもうさんくさい笑顔で見てきた。


「一日だけ人間になるっていうのは? これなら代償はだいぶ軽くなるよ」


 え? 一日だけとか、そんな体験入学みたいなことできるの⁉


「その、いちおう聞くだけですけど…………代償は?」


 お兄さんはにんまりと、なんかちょっと腹の立つ笑顔を返してきた。好奇心を抑えられない自分がくやしい。


「一日だけなら、その人間になった一日の記憶」

「うっわ、性格わる!」


 あ、つい声に出しちゃった。


「あは、ひどいなぁ。で、どうする~?」

「うっ……」


 思い出に残らないのは正直ケチだなと思う。でも、憶えていられないだけで体験はできる。その代償さえ支払えば、一日だけ人間になれる。人間になれたら……


「…………お願い、します」


 言うが早いかお兄さんは腰の鞄からビンを取り出すと、その中から白い花を取り出した。


「はい、契約成立。じゃあ、気が変わらないうちに。百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけて、トリコサンセスに変身の花『王連(オウレン)』の加護を与えることを誓う。百花繚乱(ひゃっかりょうらん)未来(あす)(きた)らしめよ」


 瞬間、ほわーって白い花が光って私の頭の上で消えた。きれーい。


「うん。成功したっぽい、かな?……たぶん」

「『ぽい』とか『たぶん』ってなんですか⁉ なんか不安なんですけど!」

「あー、うん。でも今回はたぶん大丈夫だよ~。ほら、鏡見てみなよ」


 慌てて部屋にあった鏡で姿を確認してみると、そこには守護石のない私が映っていた。両目とも普通の目の、懐かしい人間の姿の私がそこにいた。


「ね、大丈夫だったでしょ? えーと、でもいちおうのときのためにこれ、預けとくね」

藍玉(アクアマリン)?」


 渡されたのは小さなアクアマリン。


「うん。もし何かまずいことが起きたときは、これに呼びかけて」

「まずいこと、起きるんですか?」

「いや、だからいちおう。一日だけだし、たぶん大丈夫でしょ~」


 このお兄さん、ほんとに大丈夫なのかな。見た目は小さかったけど、グリモリオくんの方が何倍も安心感あったんだけど。


「じゃ、僕はこれで――ぐぇっ」


 いきなり緑色のドアを出して、その向こうへと消えようとしたお兄さんを慌てて引き留めた。その際、三つ編みを引っ張って首を変な方向に曲げかけたのはごめん。


「せっかく人間になれても、ここにひとりで置いてかれたら目的なんも果たせない! こっから町まで歩きとか無理」

「わかったから! 町まで送るから髪の毛離して~」



 ※ ※ ※ ※



 お兄さんの出した不思議な緑のドアを通ったら、なんと一瞬で町に着いた。なにこれ便利! 私も欲しい。


「お兄さんすごいね! なんか魔法使いっぽい」

「えーと、ありがとう? ていうか僕、魔法使いなんですけど」


 レナートのお仕事、今回のは今日のお昼で終わるって言ってたんだよね。お昼まであと少しだけど、どうしようかな。


「じゃあ、僕はこれで――」

「お兄さん、レナートの仕事が終わるまで暇つぶし付き合ってよ」

「えぇ~。僕、こう見えてもけっこう忙しいんだけど」

「お昼までの少しの間だけだから。ほら、あそこでお茶しよ! おごってあげるから」


 石人時代に貯めてたお金を詰め込んだお財布を握りしめ、お兄さんをレナートの勤め先のお役所からすぐ近くのカフェに無理やり連行した。


「きみ、水だけ? いいの? ここのお菓子、けっこうおいしいよ」


 お兄さんはおいしそうなパフェを怪訝な顔でつつきながら私を見てた。


「うん。今はまだいい~」

「ふーん。ま、僕は遠慮なくいただくけどね。他人の金で食べるものはおいしいし~」


 あー、こういうの久しぶり。久しぶり過ぎて、ほぼ見知らぬお兄さんとのたわいない会話でさえ涙出そうになる。レナート、早く仕事終わんないかなぁ。


「あ、お昼の鐘だ。じゃあ、今度こそ帰らせてもら――うぐっ」


 立ち上がろうとしたお兄さんの髪を、なぜか私は無意識で掴んでた。なんでだろ? それになんか、やけに頭がぼーっとする。


「やだ。帰っちゃダメ」


 私、何言ってるんだろう。なんかわかんないけど、お兄さんが帰っちゃうのがすごく嫌だってなってる。


「痛い痛い、髪はやめて~」

「帰っちゃやだーーー」


 私、ここへ何しに来たんだっけ? なんでここにいるんだっけ? わかんない。わかんないけど、お兄さんが離れようとするのが嫌だってことだけはわかる。


「……おい」


 後ろから、ものすごーーーく機嫌の悪そうな声が聞こえた。


「そこのうさんくせぇ金髪糸目野郎。テメェ、なにラーラに手ぇ出してんだ。あぁ⁉」

「ラーラって誰⁉ あときみ、どういう目してんの? どう見ても手を出されてるの僕の方でしょ!」

「うるせぇ死ね。死んだら体だけ使ってやるから今すぐここで死んで体置いて逝きやがれ」

「理不尽! どこの誰か知らないけど理不尽すぎる‼」

「やだーーー行っちゃやだーーー」


 なんかわかんないけど、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。寂しい、悲しい、離れたくない、置いてかないで。そんな気持ちがぐるぐるしてる。自分が今、何をしてるのかもよくわかんなくなってる。


「あーーー、もう! 眠りの花、雛罌粟(ポピー)よ。咲き乱れろ!」


 お兄さんが一面にばら撒いた白い花がぱぁって光って……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「うっわ、性格わる!」←w。
[一言] 白い雛罌粟がぱぁって光って……、お兄さんのことも、人間になったことも、忘れちゃうのでしょうか。 思い出を手放したくない気持ち、よくわかります。どれも、どんなことも、大切な記憶ですものね。たと…
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