28.死体令嬢は受容する
『エルバ! ねえ、レナートは大丈夫なんだよね?』
「傷一つ負わせません……とは言えませんが。少なくとも命だけならば」
返ってきたのは残酷過ぎる答え。それって、拷問とかはされるかもしれないってこと?
「ですが、公開処刑前に罪人をぼろぼろの状態にするとは考えにくいです。おそらく、そこまでひどい扱いは受けないはず。カタリナの性格でしたら、“罪人の人権もきちんと守り、正当な裁判の結果で処刑する”という演出をすると思いますから。あの子は、正義の側に立つことが好きなんです。そちら側から、容赦なく弾劾することが大好きなんです」
何それ。それって、すごく怖い。正義の側にいるって思ってる人って、本人に悪意や罪悪感がないからときに暴走しがちで。悪いことした相手になら、その周りになら、何やっていもいいっていうあの空気が、私はすごく怖い。
「ごめんなさい。いくら口で謝罪したところで、そのようなものに意味がないのは承知しているのです。わたくしを助け出してくださったラーラ様に対してこの仕打ち、本当に申し訳なく思っております。ですが――」
『エルバは悪くないよ! 私こそ、ごめん。だって私こそが、自分のためにエルバを巻き込んだんだもん。なのに、私はいざとなったら役立たずのお荷物で……』
「何をおっしゃいます。わたくしたちには、ラーラ様がそのままでいてくださることが救いになるのです。ラーラ様にはまっすぐで優しく、きれいなままでいて欲しいのです」
『私は、きれいなんかじゃないよ。ずるくて、自分のことばっかで、勇気もなくて……ただ、弱いだけ。きれいなんかじゃない。何もしてないから、そう見えるだけ』
私がやったことって何? たまたま会ったレナートに助けてもらって、たまたま幽体離脱してエルバを見つけて、たまたま現れた魔法使いに助けを求めて。どれも、自分で考えて動いたわけじゃない。全部、その場その場で流されてただけ。
『きっとこんなだから、友達にも信じてもらえなかったんだ。私は、流されてばっかだから……』
あの子が誤解したのも、私の態度があいまいだったからなのかも。あの子に嫌われるのも、優しくしてくれた男子に嫌われるのも怖かった。そうやって私は八方美人ばっかやって、周りにうまく合わせてるつもりだった。でもきっと、全部にいい顔するのって、全部にちゃんと接してないのと同じだったのかもしれない。それを、見抜かれてたのかもしれない。
私は優しいんじゃない。きっと、誰も大事じゃなかったんだ。あのときだって友達に裏切られたのが悲しかったんじゃなくて、友達付き合いに失敗した自分が悲しかっただけかも。だとしたら、ひっどいなぁ、私……
「流されることは悪いことですか? 抗うだけが尊いことなのでしょうか? 誰かを傷つけてでも自分の意志を貫くのも、誰も傷つけたくなくて流されることも、すべては受け取る相手と自分次第ではないでしょうか」
『そう、なのかな? でも、私は誰かを傷つけたくなくて流されたんじゃなくて、自分を傷つけたくなくて流されたんだよ』
「それでも。いいではないですか、人などみな自分が一番大切なもの。それに少なくともわたくしは、そんなラーラ様に救われたんですよ」
いいのかな。結果オーライでも、誰かが笑ってくれたなら。私は、弱くてずるい私を認めてもいいのかな?
「みな、失敗しながら進むのです。わたくしも、ラーラ様も。もちろんレナート様も。失敗しない人間などおりません。失敗したならば、次は失敗しないように注意すればよいではないですか。わたくしのように取り返しのつかない失敗もありますが、それも今、ラーラ様たちのおかげで取り返せそうですし」
『ありがと、エルバ。エルバが救われたんなら、私が流されてノリで動いちゃったのも少しは役に立ってたんだなって思えてきたよ』
「ええ、自信を持ってくださいまし。では、気を取り直して。囚われの王子様を、絶対に救い出しましょうね」
王子様って。アイツ、そんなガラじゃないし。でも、気合入れないとね。レナートだけは、絶対に助けなきゃ。
「もうしばらくの間、この体お借りしますね」
『借りるって。この体はエルバの体じゃん。むしろ借りてるのは私の方なんだから、エルバが気にするとかないない』
「そうはいきません。ラーラ様がいたからこそ、この体は今ここにあるのです。それにわたくしがいなくなったあと、この体に残るのはラーラ様ですし」
『いやいや、私もすぐ出てく予定だから。エルバが無事成仏したら私も帰るもん。だからさ、最後だし思いっきりやっちゃお!』
「承知いたしました。生ける死体の能力の使い方もだいぶ慣れましたし……では、遠慮なくやらせていただきますね」
わーお、頼もしい。エルバ、最初は儚げ泣き虫美少女だと思ってたけど、けっこう思い切りはいいし行動力あるし。ほんと、人って見かけによらないや。
※ ※ ※ ※
レナートの裁判も終わって、とうとう処刑の日がやってきた。
まあ当然ながら、裁判自体は非公開だった。それにしても、すっごいスピード裁判。捕まえてすぐ、一週間も経ってない。日本じゃ考えらえれない。
来月カタリナたちの結婚式があるから、それより前に片付けたかったんじゃないかって。領主の結婚とかおめでたいことがあると、恩赦とか求められちゃうから。カタリナはそれが嫌だったんじゃないかってエルバは言ってた。
「行きましょう」
石人偽造用カラコンを外し、アリーチェさんの用意してくれたドレスに着替え、お化粧もして。死んでから初めて、エルバはクレシェンツィの暁紅、エルバ・クレシェンツィに戻った。
でもまだしばらくは隠密行動だから、派手なドレスの上から地味~なフード付きローブを頭から被る。そして処刑の行われる町の広場まで人目につかないように、リビングデッドの能力をフル活用しながら慎重に移動した。
広場には大勢の人が集まってた。私とエルバは、それを広場の正面にある役所の屋根の上からこっそり見下ろす。広場には柵と警備の騎士が置かれてて、町の人はそこから先には入れない。そしてその先、窓のない壁の前には、人をくくりつけられそうな頑丈な棒がひとつ設置されていた。
「銃殺刑……迅速に、そして確実に処理したいのでしょうね。カタリナのことだから、もしかしたら火刑かとも思っていましたが。さすがにそれは残酷過ぎて、慈悲深いカタリナ像にはそぐわなかったのでしょう」
『エルバって意外と辛辣だよね。もっとこう、泣いてばっかのか弱いお姫様かと思ってた』
「儚げで頼りなげな見た目ですと、相手が勝手に侮ってくださるので。とはいえ、わたくしもカタリナのことを見誤ってこの有り様ですが。それに実際、ラーラ様に初めてお会いしたときはそのような姿でしたしね」
ほわんって感じで笑ってるけど、こっわ。さすが元次期領主。同じ年なのに、私とは全然違う。
「来ました」
エルバの視線の先――それは私の視線の先でもあるけど――、そこにいたのはしばらくぶりのレナート。
リビングデッドの強化されてる視力はまるで望遠レンズみたいで、豆粒みたいなレナートがあっという間に拡大される。
ケガは……してないみたい。見えるところには、だけど。でも、よかった。縄で縛られてるし変な首輪は着けられてるけど、ちゃんと歩けてるみたい。顔は相変わらずふてぶてしい。
待ってて、レナート。今、助けに行くから!




