26.死体令嬢は偵察する
もしかしたら昨日の私の暴走のせいかも。人目とか気にしないで、思いっきり町の中走り回っちゃったから。
「ごめん、たぶん私のせい。逃げよう、レナート」
「昨日のか。だが、下は塞がれてるぞ」
窓から下を見たレナートが舌打ちした。
「まかせて!」
部屋のすみに置いてあった荷物とレナートをそれぞれの腕に抱え上げると、大通りに面した窓から――跳んだ。
「おまっ――」
「黙ってて。舌噛むよ」
宿の目の前の建物の屋根に着地して、そこからまた跳ぶ。ぴょんぴょんと、飛び石を渡ってくみたいに屋根の上を跳んでいく。
『ラーラ様、次の屋根から路地へと降りてください』
頭の中のエルバの声に従って町の中を走る。大通りを避けて、裏の細い路地を全速力で駆け抜ける。途中、遭遇した町の人たちを避けながら、時にはまた屋根の上に登って、走る、走る、走る。そうしてたどり着いたのは……
「ここ……」
「領主の館、だな」
そう、領主の館。裏の方の、ひとけのない場所。ここからは、体の主導権をエルバに譲る。
「はい。下手に町の中に身を隠すより、こちらの方が安全かと思いまして。なにしろここには、正当な後継者にしか知らされていない抜け道などもありますから」
なるほど。正当な後継者、エルバとお父さんしか知らない抜け道。カタリナと浮気野郎には知らされてない場所。
「ですから、ひとまずこちらに身を隠しましょう。幸い、わたくしとラーラ様は食料など必要のない身。レナート様の携帯している非常食と水だけでも数日はもちましょう。多少のご不便はありましょうが……」
「問題ねぇ。その辺で野宿よりゃましだ」
エルバの案内で館に忍び込む。壁の隠し扉とか、おおって感じ。秘密の入り口から、私たちは真っ暗でかび臭い地下道を進んでく。
「着きました。少々お待ちください」
着いたのは小さな部屋。エルバはそこにあった棚の中から蝋燭を取り出すと、燭台にセットして灯りをともした。
部屋の中にあったのは、ベッド、棚、テーブルにイス。全部白い布がかけられてた。ただ、トイレとかお風呂とかは当たり前だけどないみたい。あくまでちょっとした休憩用の部屋って感じなのかな。
「こんだけ揃ってりゃ十分だ。さて、じゃあ改めて作戦会議といこうか」
落ち着ける場所も確保したし、いよいよラーラ成仏作戦を本格的に実行することになった。
「まず一番簡単にできそうなのは、アリーチェさんにありがとうって伝えるだよね」
「だな。だが、それも今はちょっと面倒になったな。俺たち、たぶん指名手配されてんだろ」
「そっか……ごめんね」
「やっちまったことは仕方ねぇ。ま、なんとかなんだろ」
かるーく言うと、レナートは持ってきた鞄をごそごそと漁りだした。そして小さな箱を一つ取り出す。
「おまえらは生ける死体だ。なら、人間には簡単に通れないような道も通れる。今、ここに来たみたいに」
小さな箱の中に入ってたのは小さな骨。たぶんネズミ、とかかな?
「アリーチェさんにはこれで前触れの手紙出しといてやる。そしたらラーラたちは、夜の闇にまぎれて人目を避けて向かえばいい」
さすがネクロマンサー! 携帯死体とか持ってたんだ。いざというときの連絡用とかなのかな、やっぱり。
「アリーチェさんはそれでいいとして。次は浮気野郎への制裁だね」
「けど、そっちは簡単にゃいかねぇだろ。相手は騎士団に守られた館の奥にいるんだぞ」
「そうですね。わたくしがいくつか抜け道を知っているとはいえ、それで会えたところですぐさま人を呼ばれてしまうでしょう。逃げるのが面倒になるのと、次がやりにくくなってしまいます」
そうなんだよね。浮気野郎への制裁と冤罪の払拭。この二つは難易度が跳ね上がる。でもこれをクリアしないと、エルバの円満成仏への道と私の帰還への道が閉ざされちゃう。
「制裁と冤罪のやつ、いっぺんに片付けられたらいいのに」
「それぞれやってたんじゃ失敗する確率も跳ね上がるしな。たしかに、いっぺんに片付けたいな」
「そうですね。でしたら、今はまず情報を集めましょう。あの二人の動きを知らないまま動くのは危険すぎますし」
「情報収集なら任せて! 私、盗聴だいぶうまくなったから」
なんか……自分で言っててちょっと悲しくなるな。なんだよ、盗聴うまくなったって。まあ、他にもレナートお姫様抱っこしたり壁登ったり屋根の上跳んだり、色々出来るようになってるけどね! うん、全然嬉しくない。
とりあえずはカタリナたちの状況を知ってから動こうってことになった。で、私とエルバは只今絶賛盗聴中。私が体を動かして音を拾って、入ってきた情報をエルバがいるのといらないのとに分けてく。
『ラーラ様、もう少し右上の方の音を拾ってください』
「りょーかい」
その間ひましてるレナートは、アリーチェさんへの手紙を書いてた。まあ手紙っていっても、メモ用紙に必要事項だけを書いたそっけないやつだったけど。
「あ、カタリナの声!」
『ええ。どうやらベッファ様も一緒のようですね』
ようやくたどりついたカタリナ。私は今まで以上に音を拾うことに集中する。
『お姉さまの死体を盗んだ死霊魔術師は、なぜ急に我が領に来たのかしら? わざわざ石人などと偽って死体登録までして、その出所を隠していたというのに。レナート・スフォルツァ……彼の目的は、何?』
『町で起きているエルバの幽霊騒ぎと何か関係があるのかもしれない。もしかしてエルバが、私たちに復讐するために呼び寄せたんじゃ――』
『いやですわ。ベッファったら、そのような世迷い事を信じていらっしゃるの?』
『いや、そういうわけでは……』
『胸を張って、愛しいベッファ。あなたは、わたくしとの愛を守るために戦っただけ。悪いのは罪を犯したお姉さまや、わたくしたちを認めなかったお父様だもの』
悪いのは全部自分以外の誰かで、自分のために誰かが動くのも当然で、自分がしたことは何も間違ってない。こんな風に自分を信じきれるカタリナは強いんだろうとは思う。自分を信じるってすごいことだもん。でもこんな風に自分だけを信じるっていうのは、ちょっと怖い。もし何かあって、自分を信じられなくなっちゃったら……
『とにかく。その目的がなんであれ、死霊魔術師はお姉さまの遺体を盗み冒瀆した罪人。捕らえ次第、速やかに死罪にいたしましょう』
『わかった。決裁の方は私がやっておくよ』
『ありがとう、ベッファ。それと生ける死体の方は見つけ次第、焼却処分にしましょう。汚らわしい疑似魂を入れられてしまったんですもの。お姉さまもきっと、その方がお喜びになるわ』
『わかった。そちらも任せてくれ』
勝手なことばっか。エルバが喜ぶ? そんなこと思ってないくせに。勝手に他人の気持ちを決めつけるなっての。
なんて思ってたら、そっからは……ちょっと二人の雰囲気があやしくなっちゃったんで。慌てて盗聴終了。
わかったのは、レナートが指名手配されちゃったこと。しかも捕まったら殺されちゃうってこと。そして私たちも見つかったら焼却処分されちゃうってこと。いい情報ひとつもなし。
さて、これからどうしよう。




