アリサと赤いドラゴン
デモンはレディーの毛繕いを手伝ってやりながら鬱々とした気持ちを隠せないでいた。
今日だって、あんな風にアリサに言うつもりはなかったのだ。ただ、ドワーフの髭をためらいなく切ったことを責められた気分になってしまったから、アリサに当たってしまったのだ。
あの、出来損ないの魔女になんと思われてもいいはずなのに。ドワーフの髭を切ることなんて、魔法界じゃふつうではないか。
人間だって、ウサギの皮を剥いでその肉を食べるというのに。
ただ、アリサの美しい緑色の瞳に涙が浮かんだことに我慢がならなかったのだ。
デモン、すごいと一言いってほしかっただけなのだ。
そもそも、アリサはこのフレアの町では異例すぎる。
フレアの町では厳しく出生制限がされている。
一人前の魔法使いは永遠の命を手に入れるため、死なない。そのため、好き勝手に人口を増やしてしまうと統率がとれなくなってしまうのだ。
昔は人間の住む町、ヘイムダルを制服しようとした魔法使いが大勢いたらしい。
しかし、魔法を使うのに向かない辺鄙な町は人間を虐殺してまで住む価値はないと判断した魔法使いたちは、出生を厳しく制限することで、人口を保っていた。
一人前の魔法使いは永遠の命を手にできるが、そうでない魔法使いたちは、毎年何名か命を落としていく。
そのほかにも魔法使いは死なないが、殺すことはできる。
そうしていなくなった魔法使いを補充するため、子供がほしい魔法使いと魔女は政府に出生願いを提出し、受理された夫婦のみが子供を授かることができるのだ。
デモンは魔法史の教科書を本棚に戻すと、樫の木でできたベッドに潜り込む。
レディーはすでに自分のベッドで熟睡していた。
アリサはその出生届けに載っていない子供だった。
ある日、美しいブロンドの人間の神父が赤毛の魔女を連れてフレイの町にやってきた。
人間がフレイの町にやってくることは滅多にない。
力のない人間は我々の魔術をおそれているからだ。
デモンは神父に手を繋がれて、弱そうな使い魔を抱きしめたアリサから目が離せなかったのを覚えていた。
そんな自分を悔しく思っている。
出来損ないの魔女のくせに目が離せなくなるのだ。
屋根裏部屋の中をランタンが明るく照らす。
アリサはランタンの明かりを調節してから、目当ての本を探し始めた。
「アリサ、また神父様に怒られるよ。」
ティンクはランタンの周りをうろうろしながらアリサに忠告をする。昼にドワーフにめちゃくちゃに叩かれた傷はすっかり癒えていた。
アリサの作る薬湯はすごいのだ。
人間たちもこの薬湯を求めて神父の元を訪れる。
アリサの作る薬湯には群がるくせに、アリサ自身には酷い言葉と差別を投げつけるのだ。
だが、アリサは文句も言わず、神父に薬湯を作って渡している。
「大丈夫よ。ローレルは今、礼拝堂にいるし。ちょっと古い本を探すだけだもの。」
アリサはそういって、本を出したりしまったりしている。
その古い本から発せられる埃にティンクは思わずくしゃみをした。
「ティンク、見て!これよ!」
アリサは赤い表紙に金の糸でタイトルがかかれているその重厚な本を見つけだした。
「昔、ローレルに読んでもらったのよ。
ヘイムダルに古くから伝わる物語よ!
ローレルはただの伝説だって言っていたけど、
これはきっと実話なのよ。」
アリサは赤い本を開くと読み始めた。
「むかし、ヘイムダルの森の奥には、レッドドラゴンがいた。凶悪な種族のレッドドラゴンが住む森には誰一人近づかなかった。」
アリサは声に出して伝説を読み上げる。
「しかし、森の中の食べ物を食べ尽くしたレッドドラゴンは、いつしかヘイムダルに降りてきて人間を食べるようになっていった。
そこで、町の神父ダエグは立ち上がった。
ダエグ神父はその強大な力でドラゴンをヘイムダルの三本杉の真ん中の洞窟の中に封じた。
そして、神父は代々ヘイムダルの森に住みドラゴンと、魔法使いの魔術からヘイムダルの町を守るようになった」
アリサは物語を読み進めるにつれ、自分の声が小さくなるのを感じた。
魔法使いは昔ヘイムダルの町をドラゴンと同じ様におそっていて、神父はそこから人々を守るために結界を張りこの森に住んでいるのだ。
ローレルも本当は魔法使いが嫌いなのかもしれない。
アリサは自分の右の太股に手をふれる。
ランタンの光は太股にくっきりと浮かび上がっている魔法使いの紋章を照らしだしていた。




