表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~  作者: のらふくろう
第二章 人間&AI

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/96

閑話 第三の計画

「例の男?」

「別に……。っていうか、どう人を殺すかを年中考えている文美ふみが恋愛ネタ探しても仕方ないでしょ」


 既読チェックを繰り返す向かい席の同業者に文美はきいた。スマホから目を上げた茶色髪の小柄な女性は、冷めて渋みの増した紅茶のような表情になった。


「あらあら私が大学時代どれだけモテたか知らないんだ。本格研の姫とは私のことよ」

「それオタサーの姫じゃない」


 新宿駅に近いオープン三日目のカフェ。そのテラス席に向かい合って座る女性作家の会話には文学的な色は皆無だった。ちなみに作家が日常会話で文学的修辞に凝るのはマウントを取る時だけと言われている。


 この職業にとって言葉の並びを生み出すのは時間と気力を費やす仕事だ。日常生活で全力疾走する陸上選手がいるだろうか。


 実際、二人の前には赤と白のノートパソコンがあるがここまで一度も開かれていない。それぞれ紅茶とデザートを消費していただけだ。ただ、片方はそれを仕事と言い張るかもしれない。経費に認められるかどうかは、税理士の腕と税務署の裁量次第だろうが。


「だいたい、プロットの壁打ち相手だったよね。次はだれをどんな風に殺すの」

「それが浮かんでこない」

「私、文美の妄想に相槌打つしかできないんだけど」

「その内浮かんでくるから。今回は本気も本気でいくから。AIごときに縄張りででかい顔をされてたまるもんですか。これは本格ミステリに対する冒涜、人類への挑戦だよ」


 赤いノートパソコンを勢いよく開いた文美は画面を向かいにひっくり返した。そこにはTFXの主催する小説コンペのページが表示されていた。


「無駄に大きい主語。本音は?」

「本ミス屋としてはこれ以上ないチャンスなんだよね。上手くすれば映像化。最後の三人まで残れば少なくとも名前は売れそうだし。って、あんたに言っても無縁の話か」

「そんなことはないけど」

「ま、実際の所は担当にそろそろ売れてもらわないと後がないぞって言われちゃってる。以上、しがない女作家の愚痴でした」

「…………」

「いやいや、そういう世界だってことは分かってるしね。そっちは順調なんでしょ。そろそろ法人化とか考えてるんじゃないの」

「ホウジンカ? そう言えば鳳仙花の季節だけど……」

「ああもうこいつは。とにかく私の中の殺人鬼が花開くのを待ってるってわけ」


 途中から無理やり文学的に言おうとして滑ったと思っている文美。売れっ子の友人は画面に意識を向けて首をひねった。


「レギュレーションはともかく、それだけ条件がいいのにエントリーが少なくない? プロ作家限定とはいえ二十人と少しって」

「そりゃ応募者は挑戦者の立場で、それを受けるのが素人とAIのコンビだからねえ。どう考えても運営側のおぜん立てがあるし。名前がある“先生”にとっちゃリスク大でしょ」

「負けたら大恥ってこと」

「そっ、だからこそチャンスってわけ。この業界ファンを抱えたお歴々が詰まってるし。私に失う名なんかないしね。というわけでアイデア出てきたらブレスト手伝って。そうだ、いっそ共著っていうのは――」

「聞いてない!!」

「いや、今のは冗談。いくら何でも友達の人気にあやかろうなんて、そこまで堕ちちゃないわよ」


 両手をついて勢いよく立ち上がった相手に文美は慌てた。だが、その時になって初めて相手の目が自分ではなく画面にくぎ付けになっているのに気が付いた。小さな頭がノートパソコンとスマホの間を勢い良く左右している。


 スマホに開かれているのはSNSのアプリだろう。


 そして文美に向き直った時には友人は完全に目が据わっていた。それでも、どこか愛嬌がある可愛い顔は、人殺しでもしそうなという形容は受け付けない。この子のアプローチをむげにしている男はどれだけなんだと文美は時ならぬことを考えた。


「私が一緒にやってもいいってこと」

「えっ、うん。でも、忙しいでしょう。本当に?」


 本当に冗談だったつもりの文美は深く食いつかれて引き気味になる。だが、友人は彼女がその仕事に対して見せたことがない強い意志の籠った目で彼女が先ほど口にした建前を復唱した。「AIなんかに負けてられない」と。


 …………


「じゃあこんな感じでプロット作ってみるから」

「わかった。出来たらメールして」


 二時間後、ラストオーダーを聞かれて十分後、二人の女作家は殺人計画を練り終えた。ケーキの皿が重なっているところを見ると、ずいぶんと熱の入ったものになったようだ。


 テーブルに座ったまま友人を見送った文美は、追加で頼んだ皿をみた。ベリーのソースが血痕のような軌跡を描いていた。誰が殺されたのかは知らないが、きっと悲惨な死に方をしたのだろう。


 作業にもどろうとした彼女は、ふと向かいに残された白い皿を見た。


「相変わらず証拠の一つも残さない綺麗な現場だこと。流石越後の旧家のお嬢様だ」


 本格ミステリ作家黒須文美(くろすふみ)はそういうと赤いノートパソコンに指を伸ばした。閉店までに殺人現場の概要くらいは決めなければいけない。

2023年1月7日:

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ