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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第三話 THE Great War 〜それぞれの戦い〜
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その13

ちょいとした蛇足です。読まなくても問題ありません。

 サバゲ―フィールド「XXX」の帰りに寄ったスーパー銭湯は、ド田舎だというのにその日に限って大入りだった。それもそのはずで、客はほとんどXXXから流れてきた人たちだ。あの店の常連たちの間では、一日遊んだ後にここへ寄って汗を流すというのがルーティーンになっているらしい。

 といっても。騒がしいのは男湯だけで、女湯は静かなものだ。男湯から響いてくる喧噪に、近所に住んでいるのだろうおばちゃんやおばあちゃんたちが何事かと目をぱちくりさせている。そんな中、充希は一人、湯船に浸かっていた。

 源泉かけ流しだというお湯は少し熱い。それでも、一日中動き回った身体にはちょうどいいくらいだ。

 高い天井に反響する男たちの笑い声を聞きながら、男は幾つになっても少年ね、などと思いながら湯煙に疲れを溶かしていると。

「おや」

「あら」

「まあ」

 浴場と脱衣場の間にある引き戸ががらりと開いて、充希がいま、最も見たくない顔が現れた。

「わあ! 辰巳さんのチームの! ええと、ドロシーさん!」

 元気のいい声とともに、一糸まとわぬ姿のままパタパタと湯船の縁まで駆け寄ってきたのはヴァルキリーズのリーダー、深澄伊織だ。

「ちょっと先輩! 浴場で走らない! あとタオル!」

 天真爛漫なリーダーに、後輩の桜井真由が慌てて追いついてきてその身体にバスタオルを巻きつける。これではどっちが年上なのか分からないわねと、充希は小さく息を零した。

「ドロシーはゲーム中だけのコールサインよ。私は赤羽充希。よろしくね」

「はい! 充希さんですね! 改めまして、深澄伊織です。よろしくお願いします!」

 内心に燻る対抗心を大人らしい余裕のある笑みで隠して名乗った充希に、伊織は邪気の無い笑みを浮かべながらペコリと頭を下げる。他の二人も武道家らしい礼儀正しさでそれぞれ名乗った。

「もう上がるところですか?」

「そうね。そうしようかと思ってた」

 可愛らしく小首を傾げた伊織に、充希は自分でも少し硬いなと思う声で答えた。本当はもう少しお湯に浸かっていたかったが、正直、これ以上彼女と一緒にいるのは辛いと思ったからだった。しかし、それを聞いた伊織は残念そうな声を出す。

「えー、もう少しいいじゃないですか。暑いなら、ほら! 露天風呂のほうで涼めますよ! あと、お背中とかお流ししますよ! 真由ちゃんが!」

「って、私ですか!」

「だって充希さんとお話したいんだもんー」

「だったら自分ですればいいじゃないですか」

「だって真由ちゃんの方が上手だし……」

「そりゃまあ、弟と妹の世話で慣れてますから……」

「ほらほら、二人とも。あんまり大きな声を出したら他のお客さんたちにご迷惑よ。あと、充希さんの返事も聞かないで勝手にお話を進めちゃ駄目」

 きゃいきゃいとやり合っているかしまし三人娘(というか、一人)に、まあたまには年下の子と関わるのも悪くないかと充希は覚悟を決めた。

 それに、決着はつけねばならない。恋は戦争だ。戦場から逃げ出すような臆病者に、勝利の女神は微笑まない。

「分かった、分かったわ。付き合ってあげるから、早く身体流してきなさい。あと、葵さんの言う通り、もう少し静かにして」


 洗い場で身体を流した三人娘と充希は露天風呂に出た。先に入っていた充希が少し涼みたいと言ったからだ。会話は当たり前というか、ほとんど伊織を起点に始まった。その内容は多くが辰巳に関することだ。普段の生活や仕事など、あれこれと訊いてくる。

「本当に音無さんのことが好きなんですねー」

 横で聞いていた由真が呆れたように零すと、伊織はもちろんと満面の笑みを返す。

「尊敬する兄弟子ですから」

「兄弟子?」

 それに、今度は充希が訊く番だった。

「はい。私の家って、古武道の道場をやってるって言ったじゃないですか。辰巳さんは昔。うちの生徒だったんですよ」

 けろりとした顔で伊織が告げたのは、充希も知らない辰巳の過去だった。

「元々、うちのお父さんと辰巳さんのおじい様が仲良しで、そのよしみで辰巳さんも道場に通うようになったんです。習ってたのは私と同じ合気じゃないですが、結構強かったんですよ、辰巳さん。大学生の頃には剣道で全国大会まで行ったこともありましたし」

「そう、なの……」

 辰巳が武道をやっていたとは、と充希は驚く。しかし、考えてみれば。辰巳はああ見えて割と筋肉質だし、同年代に比べて体力もある。普段から走っているからだとばかり思っていたが、そういった下地があったのだ。それに、姿勢も良い。

「まあでも。今はもうやめちゃったみたいですけどね。最後にお会いしたのは、辰巳さんのおじい様のお葬式でした。それ以来だから、まさか今日再会できるとは思ってなくて、もう!」

 感極まったように叫ぶ伊織からは、辰巳への想いがひしひしと伝わってくるような気がして。充希は覚悟を決めるように、静かに息を吐く。

「今日は完敗だったわ」

 長く話していたせいで少し冷えてしまった身体をお湯に沈めた充希は、露天風呂の縁に座り込んでいる伊織を見つめて言った。

「へ? 完敗? あれ、私たち勝ちましたよね?」

「ゲームの勝ち負けじゃないのよ」

 それに、言われたほうの伊織は何が何だかという様子で首を傾げる。その可愛らしい仕草。そして、華奢な身体。細い腕に、小さな手。だというのに、彼女は大の男たちと対等以上に渡り合うことが、辰巳の隣に立つことができる。充希にはできなかった。

 だから、今日は充希の完敗だ。

 いや、そもそも。自分は大好きなどという、そんな直球の表現で辰巳に想いを伝えたことさえなかったと充希は気付いた。今さらのような照れ臭さと、今の居心地のいい関係が崩れてしまうことを恐れているからだ。

 それを数年ぶりとはいえ、伊織はいともたやすく乗り越えてみせた。思えば、あの時点で自分はもう敗北していたのだろう。

 しかし。まだ戦争は終わっていない。否、始まってすらいない。

「でも。この次は負けないわよ」

 キリっと表情を引き締めた充希は、真正面に伊織を見据えた。

 女々しいと笑うのならば、笑えばいい。だが、たとえ今日一日の戦いに敗れたとしても、まだ辰巳が伊織のものになったわけではない。挽回と反抗のチャンスはまだ残っている。

 真由と葵の二人は何となく話の流れを察したのか、空気を読んだのか。静かに成り行きを見守っている。そんな中、充希は小さくこほんと咳払いをすると。

「マスターへの、辰巳さんへの想いなら、私だって負けないんだから」

 まっすぐに、伊織へ宣戦布告した。

 それに。

「……ええと。あの、つまり……? それはいったい、どういうことなのでしょうか?」

 伊織はすっかり混乱しきった様子で充希に聞き返した。

「え?」

「え?」

 渾身の一撃を躱されたように気の抜けた声を出した充希に、伊織も間の抜けた声で応じる。

 しばし、なんともいえない微妙な空気が二人の間に流れた。決定的なところで話がかみ合っていないというか。それぞれ別のものを見ながら、奇跡的に会話が成り立っていたことに気付いたような。そんな空気。

 やがて、口を開いたのは真由だった。

「……あの、充希さん」

「な、なにかしら?」

「なんて言ったらいいか分からないんですけど……たぶん、大きな思い違いをされてると思います」

 言ってから、真由が助けを求めるように葵へ目を向けた。葵はそれに少し困ったような笑みを浮かべる。

「そうねえ……伊織ちゃん」

「なに?」

「私のこと、好き?」

「え? うん」

 葵の質問に、伊織が当然のように頷く。

「先輩、先輩。私のことは?」

「どうしたの、突然。二人とも大好きだよ」

「それじゃあ、今日出会った、ドリフターズの敦賀さん、だっけ? あの人のことはどう思います?」

「すっごい楽しい人だったよね! 大好きになっちゃったよ!」

「と、まあ。こういうわけです」

「え、どういうわけ?」

 きょとんとしている伊織から目を離して、真由が充希に言った。

「先輩の好き嫌いの基準は基本的に好きか、大好きしかありません。ちなみに嫌いなものは鮒寿司以外、この世に存在しません」

「あれだけは嫌いなんだよねー……ところで、何の話なの。真由ちゃん?」

「先輩のいう好きと、充希さんの思う好きは違うって話です」

「つまりね、伊織ちゃん。充希さんは音無さんのことを男性として……」

 真由の説明では埒が明かないと思ったのか、葵が伊織に耳うちをする。それに伊織はびっくりした顔を充希へ向けた。

「え? でも、充希さんってどう見てもまだ二十二、三歳くらいですよね? 辰巳さんて確かもうさんじゅう……」

「世の中にはそういう方もいらっしゃるのよ」

 辰巳の年齢を口にしかけた伊織を、葵がそっと遮った。

「えー、あー……それで。大好きって。そういう……」

 ようやく納得した様子の伊織が、充希を見る。他の二人もなんとも言えぬ表情を充希へ向けた。

「……つまり」

 充希は三人の視線に耐えきれなくなったように顔を半分お湯に沈めながら訊いた。

「私の勘違い?」

 それに三人が頷く。充希の顔が耳まで真っ赤になった。


「なるほどー。今日一日、充希さんから感じていた敵意というか、なんとなくぎすぎすと突き刺さるような感覚はそういうことだったんですねー」

 すっかり茹だってしまった充希をどうにかお湯から引き揚げて涼ませながら、伊織が納得したように言う。

「うっ。ご、ごめんなさい」

 それに充希が申し訳なさそうな顔で肩を竦めた。

「いやいや。というか、まさか充希さんが私に嫉妬していたとは……」

「だって。あんな伊織ちゃんの動き見たら誰だってそうなるわ」

「いや、普通。嫉妬するのは私のほうですよ。充希さんみたいに綺麗じゃないし、スタイルも良くないし……それに、充希さんのフォローの巧さにはびっくりしたんですから。常に辰巳さんの傍で、辰巳さんのやりたいことを先取りして動いてたじゃないですか」

「それはまあ。ずっと隊長と一緒に戦ってきたわけだし……」

「以心同心っていうのかな。私たちにはできないことだなー、すごいなーって思ってました。私たちのチームってほら、結構個人の力量に頼っているというか、そういう戦い方しかできないんですよね」

「ていうか、いっつも先輩が好き勝手暴れまわって、私と葵先輩がその後にくっついてくだけですもんね」

「そうねぇ。そもそも、私たちじゃ伊織ちゃんの動きについていけないし」

「まず何考えてんのか分かんないっすから、先輩。だから、今日はすごい新鮮でしたね」

「ええ、本当に。私のやっている弓道は独りで一射を完結させるものだけど。サバイバルゲームは違うのね。音無さんの言う通りに撃つと、相手を倒すだけじゃなくて知らず知らずのうちに味方を助けていたり。音無さんって、指示を出すのがお上手なだけじゃなくて、全体を見渡す視野がとても広いのですね」

「ね。辰巳さん凄いでしょ」

「ね。うちの隊長、凄いでしょ」

「……誤解が解けた途端、急に仲良くなりましたね二人とも」

「もちろん! 多少変わった性癖だろうと、恋は恋。私は充希さんの恋路を全力で応援すると、いま決めましたから!」

「性癖とか言わないで。あと、私は至ってノーマルよ。どうしてみんな年上の男性の良さが分からないのかしら。同世代より落ち着きがあるし、シブいし、ダンディーなのに……」

 若い女性が四人集まれば、姦しいどころではない。

 少し涼んでからあがろうなどと言いながら、少し涼みすぎたからともう一度温泉に入って。女子トークは夜がとっぷりと暮れるまで続いた。

 すっかり待ちくたびれた男たちが、お食事処で出来心の一杯をひっかけ、なし崩し的に宴会を始めてしまったのは……関係のないお話である。

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