その11
西の空が赤く染まりだし、ゲーム終了の時刻が迫る中。
敵も味方もへとへとなのだろう。ヒットされた者が一人、また一人と帰ってこなくなる。森林フィールドに残って戦い続けている西軍チームは彬と九堂、駒野以外に十名ほどのプレイヤーしかいなかった。
第五フラッグ陣地の正面入り口前にあるバリケード群まで押し進むことに成功した彬たち西軍チームの行く手を阻むのは、ロケットランチャーおばあちゃんとその親衛隊だ。
親衛隊は大したもので、何度ヒットされても必ず戻ってきた。すっかり疲れてきっていて、まともに戦えないにも関わらず、我が身を盾におばあちゃんを守り続けている。もはやフラッグ守ってんだか、おばあちゃん守ってんだか分からない。そして、そんな彼らに「行け行け! 突っ込め!」と檄を飛ばし続けているおばあちゃんはたぶん、フラッグ戦のルールを理解していない。
それでも言われたからにはやらなければならないのだろう。無謀な突撃を繰り返す親衛隊に、彬も気力だけで戦い続けた。そうこうしている内に、カジュアル装備に補充してもらったM4のマガジンを撃ち尽くしてしまい、残るはハンドガンのみになる。
このままじゃじり貧だ、と焦りながら九堂を見れば、彼もハンドガンを抜いていた。HK416は弾切れらしい。
駒野たちも似たような状況のようだ。このままではタイムアップで負ける前に、弾切れで戦えなくなってしまう。誰もがそんな焦りを抱いた時だった。
「もう配れる弾もないし、俺、突っ込みますね」
そう言って突然、味方の一人が敵に向かって突っ込んだ。あのカジュアル装備だった。
「アパーム! 戻ってこーーい!」
あまりにも無謀なその行動に西軍チームから引き止める声が上がる。しかし、現実は無慈悲だ。カジュアル装備は降り注ぐBB弾の雨に打たれて、あっという間にやられてしまった。
「アパム……なんでそんなことを……」
「ただの通訳なのに……」
「フーバー」
去ってゆくカジュアル装備を悼む西軍プレイヤーたち。
しかし、彼の犠牲は無駄ではなかった。
「なんだい、弾切れかい。じゃあ帰るよ」
孫にRPGを手渡したおばあちゃんはそう言うなり、さっさと帰っていってしまった
どうやら、カジュアル装備に向かって撃ったのが最後のカートリッジだったらしい。孫が味方プレイヤーたちにぺこぺこと頭を下げながら、その後を追っていった。
残された者たちは茫然とその背中を見送るしかない。
唐突な幕引きに、しばし呆気に取られていた彬だったが。
「今だ!」
そう叫ぶなり、誰よりも早く敵陣に向かって駆け出した。おばあちゃんという心の支えを突然に失って茫然としている東軍プレイヤーたちへ、M9の残弾をありったけ叩きこむ。無茶なことには変わりない。だが、もう時間がない。この機を逃せば勝てない。
「誰か一人でも生き残ってフラッグを取れれば、俺たちの勝ちです!」
叫んだ彬の後に、駒野が、他のプレイヤーたちが、少し遅れて九堂が続く。そこからは無我夢中だった。最後の力を振り絞った彬たちの猛攻に、おばあちゃんに取り残された東軍プレイヤーたちも必死に応戦する。そこら中からヒットコールが聞こえてくる中、彬はただひたすらフラッグに向かい走った。
そして。
「間もなくゲーム終了でーす! 五、四、三、二、しゅーーりょーー!」
初秋の赤く焼けた空に、スタッフのアナウンスが響き渡った時。
森林フィールドの中央。第五フラッグ陣地には西軍の青い旗がはためいていた。
熾烈な攻防戦を制して、見事に中央陣地のフラッグをゲットした彬たち。しかし、二人の目的だった九堂のロッカーキーは見つからなかった。
「残念だったね」
隣をとぼとぼと歩く九堂に、彬は慰めるような声を掛ける。
「ごめん、彬くん。せっかくあんなに頑張ってくれたのに」
それに九堂が情けない顔で謝った。
正直、途中からロッカーキーのことなど忘れていたとは口に出せない彬はなんとも言えない表情でそれに応じる。
「でも、はあ……やっぱりスタッフさんに言わないと駄目だよね」
「仕方ないよ」
大きく肩を落とした九堂に彬はいう。ゲーム終了後、制圧した第五陣地だけでなく、朝一のゲームで九堂が歩いた範囲をくまなく捜索しても見つからなかったのだから、諦めるしかない。
「これから中央広場でゲームの結果発表とMVPの表彰があるらしいから、その後かな」
俺も一緒に行くからと、彬は九堂を勇気づける。ロッカーキー紛失に関して彬はまったく関係ないのだが、ここまで付き合ったのだから最後まで見届けてやるつもりだった。
「それよりも、これどうしようかな……」
そう言った彬の手にあるのは、フィールドを出る際にスタッフから手渡された投票用紙だ。そこに自分の腕章番号と、今日、最も活躍していたと思うプレイヤーの番号を書いて、中央広場にある投票箱へ入れてくださいとのことだった。なんとなく、一緒に戦ってくれたプレイヤーたちに優劣をつけるようで気が引ける。
「僕はもう当然決まってるけどね」
そんなことを考えている彬の目の前で、九堂は投票用紙に彬の腕章番号を書いた。
「そんなに活躍はしてなかったと思うけど……」
「最後のフラッグをゲットしたのは君だろ? それに何より、君は僕の恩人だもの」
それはちょっと判断基準が違うだろと思いながら、彬は少し悩んだすえに結局、最後まで一緒に戦ってくれたフラッグ・ウォーターの駒野の番号を書いて投票箱に入れた。流石に、九堂の番号は書けなかった。
ヒット数と投票の集計にしばらく時間がかかるとのことだったので、彬は一旦、セイフティの荷物が置いてあるテーブルまで戻った。辰巳たちはまだ戻っていないようだ。
「はあ、疲れた……」
椅子に腰かけた途端、どっと身体が重くなった。興奮と緊張の糸が切れてしまったらしい。頭の中が空っぽになって、何も考えられない。彬はしばらくぼうっとしながら、辺りを眺めていた。九堂も同じような精神状態らしく、感情の抜けた顔で立ち尽くしている。
「いたた……軍用ブーツってすごく疲れるんだね」
彬から椅子を勧められた九堂は、そういってブーツの結び目を解く。
「もうちょっと緩めに縛っておけばよかったかなぁ……」
などと言いながら、痛そうに顔を顰めてブーツから足を抜いたところで。
「あっ」
「あ?」
間抜けな声を出した九堂に、彬はどうしたのかと顔を向けた。九堂は固まったまま、ふくらはぎまで覆う靴下をはいた自分の右脚を見つめている。
「どうしたの? まさか、怪我?」
ゲーム中、気付かないうちに怪我をしていたというのは良くある話だ。終わった途端にアドレナリンのせいで麻痺していた感覚が戻ってきて痛みを感じる。彬も経験があった。
しかし、九堂はそうじゃないんだと首を振って、靴下を脱いだ。すると。
露わになった足首に、ロッカーキーが巻き付いていた。
「……」
「……」
「…………」
「…………。そういえば。失くさないようにと思って、足に巻いたんだった」
ブーツがきつくて、すっかり忘れていたと。無言のまま固まっている彬に、九堂が言い訳をする。この店のロッカーキーについているバンドがカールバンドではなく、柔らかいベルト式だったから余計に気付かなかったのかもしれない。
何にせよ。九堂は最初からロッカーキーを失くしてなどいなかったのだ。
それでは、今日一日の戦いはいったい……。
「なんだったんだ……」
猛烈な脱力感に襲われて、彬はへなへなと机の上に突っ伏した。
「ああ! ごめん、彬くん! 本当にごめん!!」
必死に謝る九堂だが、彬はもう聞いていなかった。
今日一日、ありもしないロッカーキーを探すため、あんな必死になって森の中を駆けずりまわり、降り注ぐBB弾に耐えながら疲れ切った身体で戦い続けた。その結果がこれとは。
なんて。
なんて。
なんて、楽しかったのだろうか。
「……ぷっ」
堪えきれなくなって、彬は吹き出した。
「ふ、ふふ……くくく……あははははははははははははははははは!!」
「あ、彬くん?」
腹を抱えて笑い出した彬に、九堂が戸惑った声で呼びかける。それでも笑いは止まらない。
「ふ、普通、気付くでしょ……」
彬はひきつけを起こしたように笑いながら、目尻に滲んだ涙を拭う。
「うん、ごめん。普通気付くよね」
申し訳なさそうに謝りつつ、九堂もつられて笑い出した。
「初めてのサバゲーに舞い上がって、すっかり忘れちゃってたよ」
「それは仕方ないですね」
「お、なんだなんだ。楽しそうじゃねえか、ジュニア」
二人で馬鹿笑いをしているところへ、戻ってきた剛明と亮真が戻ってきた。彼らも疲れ切っているようだが、充実した顔をしている。
「ああ、ベアー。それにホークも。お帰りなさい」
「ジュニアだけ? 隊長とドロシーは? 一緒じゃないの?」
亮真がきょろきょろと周りを見回しながら訊いた。それに彬が答えようとしたところで、亮真が九堂の存在に気付く。
「そちらの方は?」
「ええと、この人は」
まだ笑いの収まらない声で彬は二人に九堂を紹介してから、今日一日のことを話した。話を聞き終えた時、剛明は「マジかよ」と大笑いし、亮真は「何やってんだい」と呆れていた。
重い装備を下ろして少し待ったりしていると、賑やかな一団がセイフティへ入ってきた。
なにやら、「やったぞ!」「勝った!」「大勝利だ!」と口々に快哉を上げている。彬が何事かと思って目を向けると、その中心には辰巳の姿があった。当然、隣には充希がいる。敦賀たちドリフターズや、ヴァルキリーズの三人娘も一緒だった。
「隊長、お帰りなさい」
「あら、ジュニア。いったいどこに行ってたの?」
錚々たるメンツを引き連れて帰ってきた辰巳を出迎えるように彬が言うと、その隣から充希がひょっこりと顔を出した。それに彬は九堂を紹介してから、剛明たちにも聞かせた話をもう一度する。
「なぁんだ。ずっと森林フィールドにいたのね」
「はい。隊長たちは屋内フィールドにいたんですよね」
「まあ、ちょっとな」
尋ねた彬に、辰巳は装備を外しながら答えた。まだブーニーハットを脱いでいないので、呼び方は隊長のままだ。
「いや。激戦だったよ」
彬がどんなゲームだったのかと訊こうとしたところへ、敦賀が自分たちのテーブルから椅子を引きずって戻ってきた。
「でも、辰巳さんのおかげで見事、Sチームに大勝利です!」
それに辰巳の横で満面の笑みを浮かべながらブイサインを作ったのは伊織だ。
「Sチームって……JAFの? しかも勝ったの?」
「マジかよ」
驚いたように聞き返す亮真に、その横では剛明が「そっちに行けば良かった」と悔しそうな声を出す。Sチームって何ですかと訊いた彬に、JAFの特殊部隊さと敦賀と一緒にきたドリフターズの長篠が教えてくれた。
「一番すごかったのは伊織くんだったけどな」
ふーと息を吐きながら椅子に座り込みながら言った辰巳に、周囲の人々がうんうんと賛同するように頷く。
「完全にこっち側のエースでしたからね」
「本職の連中相手にあそこまで立ち合えるなんて、若いのに大したもんだよ」
「いやいや、そんな。すべては辰巳さんの言う通りにしたまでです。それにドリフターズの皆さんもすごかったですよ!」
「なんだかんだ、最後のほうは私たちもそっち側に引きずり込まれちゃいましたからね」
「ええ、本当に。核物質をテロリストに渡さないためにと、敦賀さんが非情な決断を下したところは名場面でしたね……」
「核物質? テロリスト……? なんのことです?」
和気あいあいと、今日一日の話で盛り上がる一同。そんな中、充希だけが無言だった。
辰巳にまとわりついている伊織を見つめながら、痛みに耐えるような顔で下唇を噛んでいる。
「どうかしましたか、充希さん」
「いいえ、なんでも。そう。なんでもないの。私はなんにもできなかったっていう、ただそれだけ」
その様子に気付いた彬が声を掛けるも、充希は少し悲しそうな声でそういって、ただ首を振っただけだった。




