その9
屋内フィールドで辰巳たちタスクフォース・レインボーとJAF・Sチームが激闘を繰り広げている頃。
彬と九堂はようやく森林フィールド中央にある、第五フラッグ陣地を見通すことのできる場所までやってきていた。朝、店長の説明に合った通り。第五陣地はちょっとした基地というか、砦のようだ。二階建ての櫓を中心に据えた、ほぼ正方形の陣地は防壁に囲まれており、正面出入り口がある一辺を除いてコの字型に塹壕が掘られている。櫓の二階部分は物見台になっていて、そこから突き出すポールには現在、東軍の赤い旗が翻っていた。
当然、物見台には見張り役が建っている。スコープのついたライフルを持って、周囲を油断なく警戒しているその見張りから発見されないよう、彬と九堂は木々の影に隠れながら慎重に陣地へ近づく。
「これは難しそうだ……」
分かっていたことだが。彬は隠れている木の幹に背中を預けながら息を吐いた。
樹木線はここで終わっている。これ以上近づけば、間違いなくあの見張りに気付かれるだろう。少し離れた場所では陣地をどうにか奪取しようとする西軍プレイヤーたちと、そこに籠る東軍プレイヤーたちが交戦しているが、戦況は分かり易くこっちに分が悪い。第四陣地を確保できたから、先ほどよりも多くの戦力をここに送り込めるようになったとはいえ、東軍が籠る第五陣地はちょっとした砦といった様相を呈している。散発的な攻撃ではあっという間に弾き返されて終わりだ。
「九堂さん、あの中に入ったんだよね?」
ヘスコ防壁に囲まれた陣地を指さして尋ねた彬に、九堂が頷く。
「うん。あっという間にやられちゃったけどね」
「壁の内側はどうなってるの? 障害物の配置とか憶えてる?」
重ねて訊いた彬に、九堂はええとと思い出すように被っているヘルメットのこめかみ部分を指で叩いた。それから、足元に積もっている落ち葉を払うと剥き出しになった地面に正方形を描く。第五陣地のつもりらしい。彼はそこに憶えている限りの情報を描き加えていった。
入り口を塞ぐように積まれた土嚢を越えるとまず、正面に小型の軍用トラックが停まっているという。そこから右手側には積み上げられた弾薬箱と、左手にはカモフラージュネットが張られていて、その下に土嚢を積み上げた小さい陣地があることまで分かった。
「建物の中には入らなかったから、中の様子は分からないけど。そんなに大きなものじゃないよ。三、四人入ったらいっぱいになっちゃうと思う」
九堂の説明に、彬は頷く。
「あと、反対側にもう一つ入る道があるんだ。塹壕に、ほら、工事現場とかで良く見る鉄製の足場みたいなのが渡してあるだけで、すごく小さいけど。そこから入ってきた人たちにやられちゃったんだ」
それになるほどと答えてから、彬はもう一度、戦いの続く陣地正面へ目を向けた。
戦況は西軍側が劣勢だが、見ていれば東軍プレイヤーも少なくない人数がヒットされている。だというのに敵の数が減らないのは、裏口から増援が入ってきているからかと納得する。
となると。まずはあの塹壕を攻略する必要があるなと思った。
そうしないと、延々と陣地を守る敵が減らない。逆に塹壕さえ奪えれば裏口を封鎖して、内側に籠っている敵を孤立させることができる。
もっとも、そう簡単にいくとは思えないけれど。
そんなことを考えながら、彬は装備を確認した。ここに来るまでに何度か撃ち合ったから、残弾は心もとない。補給に戻るべきかと考えたところで、彬はその思考を捨てた。
「どれくらい戦えるか分からないけど。とりあえずやるだけやってみようか。塹壕まで一気に近づいて、グレネードを撃ち込んで。あの火力なら一発で敵の守りに穴を開けられる」
「分かった」
作戦も何もない。一か八か、行き当たりばったりな彬の提案に九堂は疑う風もなく頷く。
すっかり彬のことを信頼しきっているようだ。それを裏切るようで少し申し訳なく思うが、せっかくここまで来たのだ。ヒット覚悟で攻撃を仕掛けてみるのも悪くないだろう。うまくいけば、これきっかけで仲間が活路を開いてくれるかもしれない。
しかし。残念ながらそんな希望的観測はあっさりと頓挫した。
飛び出した途端に九堂が見つかって、撃たれてしまったからだ。彬も応戦する暇もなく、あっさりとやられてしまった。
中央広場でカウンターを押して、セイフティに戻ってきた彬はそこで辰巳の書置きを見つけた。敦賀に誘われて、充希とともに屋内フィールドにいるという。しかし、九堂を見捨てるわけにもいかない。なので、今は合流できそうにないと返信を書き残しておいた。
居場所さえ分かっていれば、後で幾らでも合流できる。それに、辰巳の書置きには彬たちの状況を打破するためのヒントも記されていた。
「九堂さん。仲間を集めよう」
彬は九堂にそう言った。
「仲間?」
聞き返す九堂に、彬は頷く。
「考えたんだけど、あの陣地を落とすのはそう難しいことじゃないと思う」
九堂から聞いた限り、あの陣地の内側に置かれている障害物はそんなに多くない。壁内に入り込めさえすれば、いくらでもやりようはあるはずだ。ゲーム展開を膠着させないように、わざと守りにくくしてあるのかもしれない。
「でも。僕らだけじゃ無理だ」
だから仲間を集めるんだと彬は言った。出来るだけ多くの西軍プレイヤーに森林フィールドへ集まってもらえるように呼びかけて、大人数で攻める。正攻法過ぎる気もするが、彬にはそれくらいの作戦しか思いつかない。
「後は、集まってくれた人たちにちょっとした手助けをしてもらう必要があるけど。どうかな、九堂さん」
作戦についての説明を終えたところで、彬は確認するように九堂へ呼びかけた。しかし、彼はまったく別の方向へ顔を向けている。
「九堂さん?」
九堂の視線を追うと、PMC装備の一団がいた。テーブルに弁当を広げている。どうやら、食事中らしい。ちょうどいいから、まずは彼らに声を掛けてみようかと彬が考えていると。
「お腹空いたなぁ……」
九堂がぽつりとそう漏らした。
そういえばそうだなと、彬は迷彩服からスマホを取り出して時間を確認する。十二時を少し過ぎた頃だった。
「確かに。朝からずっとゲームしっぱなしだったし。お昼休憩にしようか」
「あ、いや。そういうつもりじゃなかったんだけど。でも、そうだね、彬くんもお腹空いたよね」
昼食にしようと提案した彬に、九堂は何やら気まずそうにごにょごにょと口を動かす。
「どうしたの?」
その様子に彬が尋ねると、九堂の口から本日三度目の「実は」が飛び出した。
「財布もロッカーの中にあるんだ……」
「ええ……」
恥ずかしいやら情けないやら。そんな感情がない交ぜになった表情で告白した九堂に、彬は思わず疲れた声を出してしまう。
しかし。考えてみれば、ヒットされてセイフティに戻ってきた時。自販機で買ったスポーツドリンクで水分補給をしている彬に対して、九堂は水道で水を飲んでいた。節約してるのかなと特に気にもしていなかったが、これだけの装備を揃える財力があるのにそんなところでケチるだろうか。水道水は飲用可能だとはいうが、この真夏日に水だけでは身体によくない。
「……財布は普通、持ち歩くよ」
「うん。そうだよね」
それだけポーチ付けてるのにと突っ込む彬に、九堂は悲しそうに笑う。それを見て、ちょっと待てよと彬は気付いた。
「あの。他に何を預けてあるの?」
「ええと。全部だけど」
質問の意味が分からないという様子の九堂に、彬は重要なことを確かめるように訊いた。
「全部ってことは、補充用のBB弾とかバッテリーの充電器も?」
それに九堂が頷いたのを見て、まさか補給の度にロッカーを開け閉めするつもりだったのかこの人はと、彬は頭を抱える。
この店のロッカーは有料だ。コインリターン式じゃない。小サイズなら三百円、大サイズなら五百円かかる。それをBB弾の補給の度に開け閉めするつもりだったとすれば、金銭感覚がぶっ飛んでいるとしか思えない。
「あの。言いたいことは分かるよ、彬くん。僕も馬鹿だったなって思ってるから。だからそんな目で見ないで」
信じられないものを見ているような彬の視線に、九堂が恥ずかしそうに縮こまる。それに彬はため息を漏らした。
「もしかして、積極的に戦おうとしなかったのはそういう理由があったから?」
そういえば、九堂が撃つときは全部自分が指示を出した時だけだった気がする。ずっと残弾を気にしていたのだろうか。そう思っている彬に、しかし九堂は首を横に振った。単に、勝手に撃っていいものか分からなかったかららしい。
「弾、あとどれくらい残ってる?」
「ええと……」
彬の質問に、九堂はポーチからHK416のマガジンを取り出して振った。カラカラと軽い音がする。
「半分くらい、かな」
残弾をかなり多めに見積もった九堂に、彬は自分の予備のBB弾を袋ごと差し出した。
「これ、使って」
「え、いやでも、悪いよ……」
「弾が無くてどうやって戦うのさ。まさか、俺一人に戦わせるつもり?」
言い返した彬に、九堂はうっと苦しそうに呻く。それから申し訳なさそうにBB弾の袋を受けとる。
「ごめん。ロッカーが開いたら、必ず返すから」
「別にBB弾は気にしなくて良いよ。消耗品だし、今日のために大容量パック二つも買ってきたからかなり余裕もあるし」
それよりも、と彬は続けた。
「ケバブでも食べない? あとスポーツドリンクも。水だけじゃ、暑さにやられるよ」
「彬くん……」
九堂が感動に打ちのめされた顔で彬を見つめる。
「ありがとう……本当にありがとう……この恩は必ず返すよ。今日、君に出会えなかったら僕はどうなっていたか……」
そういって何度も頭をさげる九堂。
「でも、ごめん」
それから、ふいにバツの悪そうな顔で謝った。
「もう良いよ。腹が減っては戦はできぬ。それに、奢るわけじゃないから。貸すだけ。だからロッカーのカギ探し、頑張ろう」
別に怒っているわけではないし、今さら謝られても困る。彬とて、ここまで来たら最後までとことん付き合うつもりだった。だから、しっかり食べて午後も頑張ろうと励ますように答えた彬に。
「うん。でも、そういうことじゃなくてさ……その、あれなんだけど」
「ケバブ屋がどうかした?」
九堂が指さしたケバブ屋を見て、彬は首を傾げる。肉の塊が回転式オーブンで焼かれている赤いキッチンカーの前には「とってもジューシー、スパイシー」と語呂の良い謳い文句が書かれたのぼりの立っている、なんの変哲もないケバブ屋だ。そう思っていると。
「僕、辛いの苦手なんだ……できれば、他のものが良いんだけど」
「なんでもいいから食べたいもの食べればいいじゃん」
もじもじといいだし辛そうにしながら言った九堂に思わず、何なんだよコイツはと、ちょっと突き放すような声を出してしまう彬だった。




