その7
西軍チームが敗北寸前まで追い詰められている屋内フィールドの戦況をひっくり返すべく、辰巳を指揮官に結成された合同作戦部隊は出撃前の最終ブリーフィングを行っていた。
集まっているのはふじ分遣隊から辰巳と充希の二人。そこに敦賀率いるドリフターズと、伊織を筆頭にしたヴァルキリーズの三人娘。それから、セイフティで声掛けをしたところ集まってくれた学生チームだ。
「大まかな作戦の流れはこれで行こうと思う。俺が直接指示を出すのは、各チームのリーダーに対してのみ。細かい指示はチームのことを良く知っている奴がやった方が良いからな」
反撃作戦の説明を終えたところで、辰巳は一同を見回しながらそう言った。
「全チーム無線を装備しているようだから、作戦中のやり取りは基本的に無線で行う。そこで、作戦用に各チーム代表のコールサインを決めておきたいんだが」
「そうですね。隊長が四人いますから」
辰巳の提案に頷いたのは長篠だった。
「音無さんはブラボーシックスとかどうです?」
敦賀の思いつきに辰巳は苦笑を漏らす。しかし、残念ながらその意味を理解できたのはおじさん二人と映画好きの充希だけだったようだ。他の若者たちは良く分からない様子で顔を見合わせている。
それに気づいた辰巳は少し気まずそうに咳払いをしてから、口を開いた。
「分かり易くいこう。伊織くんは、そうだな。ヴァルキリーリーダーとか」
「わざわざリーダーをつけなくても、ヴァルキリーワンとかで良いんじゃないですか? リーリーで舌噛んじゃいそうだし」
辰巳の案に、伊織が独特の感性で言い返す。
「それだと指揮官の符号じゃなくなるが……」
「別に。気にしません。それに今回の指揮官は辰巳さんでしょう? だったら、私は久々に一兵卒の気分で戦いたいであります!」
「まあ、先輩は普段から好き勝手暴れてるだけですけどね」
ぴょこんと敬礼をした伊織の横で、真由が小さく肩を竦める。
「まあ、それでいいのなら。敦賀さんたちはどうします?」
「そうだなぁ……」
敦賀は顎を搔きながら、考え込むように虚空を見つめた。
「ちなみに、今日の設定は?」
辰巳が訊くと、敦賀は机の上に置いてある、顔まで覆う大きなバイザーの付いたヘルメットを持ち上げてにやりと笑った。
「GIGN」
「フランスの国家憲兵隊の特殊部隊ですか。渋いですね」
全身黒づくめ重装備の理由に納得したように辰巳は頷く。
「となると、コールサインはジェイジェンリーダー?」
「いや、言いにくそうだ。それに、どうせなら我々も特殊部隊っぽくしたいな…」
そうだな、と呟いてから敦賀は言った。
「ゴルフはどうだ? ゴルフゼロワン」
「どうしてまた?」
聞き返した辰巳に、敦賀は「いえね、実は」と照れたように頭を掻く。
「嫁と娘には、今日は得意先の方とゴルフに行くと言って出てきたものですから」
「ははぁ……」
「俺ら関係ないじゃないですか」
彼の告白になんとも言えない声を漏らした辰巳の横から、長篠が突っ込んだ。
「普通にチーム名から取ってドリフゼロワンとかで良いじゃないですか。ややこしい」
それに、敦賀もそうだなと頷いた。
敦賀たちのコールサインが決まったところで辰巳は最後に学生チームへ向いた。
「ええと。君らのチーム名は何だったか」
「ゾディアックっす」
一人が代表して答えた。カーゴパンツに薄い半そでシャツという私服の上にタクティカルベストを着けただけの、PMC風というよりはラフな装備をしている。他のメンバーも似たような装備だった。
「実は僕ら、もうチーム内のコールサインがあるんですけど。全部覚えるのは難しいと思うんで、とりあえず俺のだけ。タウラスです」
「それってどんな意味があるの?」
辰巳が了解したと頷いている横から、伊織がひょいと首を突っ込む。するとタウラスはあからさまに嬉しそうな顔をした。
「おうし座のこと。ゾディアックってチーム名も、占星術で使われる黄道十二宮のことで、メンバーのコールサインもそこから取ってるんだ。こっちから、エリアス、ジェミニ、長いのは略してサジー、カプリとか……」
「あーうん。覚えられないわ」
「そう? 分かり易いじゃない」
次々とメンバーを紹介していくタウラスを途中で遮った伊織に、充希がどことなく冷めた声で言う。
「そういうのは、頭の良い人だから言えることなんですー。私たちみたいな武術馬鹿は勉強苦手なんですー」
「先輩、勝手に私らまで馬鹿認定しないでください」
「へえ、武術やってるの? なになに?」
いじけたように頬を膨らませる伊織に突っ込む真由。そこへタウラスがすかさず質問して、会話を途切れさせない。みれば、ゾディアックの他のメンバーたちも葵や真由へしきりに話しかけている。
「へえ、弓道やってるんだ。凄いや。じゃあさ、こんど道着姿とか見せてよ」
「ちょっと。葵先輩口説かないでください。そういうの慣れてないんですから」
「じゃあ、君は慣れてるの?」
「へ? あ、いや。そういうわけじゃ」
「お姉さんもなにかやってるんですか? ……もしかして、モデルとか?」
「ごめんなさいね。私、年下に興味ないの」
彼らが何を目的にこのチームに加わったのか、一目瞭然だ。
「良いんですか、こんな感じで?」
そんな彼らを見ていた長篠たちドリフターズのメンバーが呆れたように言う。それに辰巳と敦賀は顔を見合わせて苦笑する。
「良いんじゃないか、別に。若くて結構」
「彼らになにか言えるほど、俺も立派な若者じゃなかったしな」
答えて、おじさん二人は若者たちのやり取りに目を細めた。そもそも今日はみんな、遊びに来ているのだ。そこでの出会いを逃すまいとする男子たちの気持ちも分かる。もちろん、本気で伊織たちが嫌がっているのなら止めるつもりだが、そうでないなら自由にさせてやればいい。今日は思いきり馬鹿になっていい日なのだから。
「兎にも角にも、これでメンバーは揃った。行きますか」
そう言って腕を組んだ敦賀に、辰巳は頷いた。
これが本日、東軍最強の敵と戦うために結成された即席の合同任務部隊。
部隊名は敦賀によってタスクフォース・レインボーと命名された。最近、家族に隠れてやっているゲームの名前から取ったらしい。
XXXの屋内フィールドは廃工場を模した縦長の建物内に構築されている。
長辺三十メートル、幅十五メートルほどのさほど大きくはない建物の内部は吹き抜けの二階建て構造になっており、一階部分は内部に様々な廃機材や廃材、コンテナ、ドラム缶などが雑多に配置されて迷路のようだ。二階にあたる部分は建物の両端部分を繋ぐように、手すりの付いた空中回廊が設けられている。この空中回廊を使えば一気に敵陣へ襲い掛かることが可能になるが、足場は金網上になっていてBB弾を完全に防ぐことはできない。
全体的に薄暗い室内にはところどころに赤い非常灯や緑色のライトが灯されていた。
そこでの戦いは、当初から作戦通りとはいかなかった。
辰巳たちタスクフォース・レインボーが踏み込んだ時には、すでに本陣まで敵が殺到している状況だったからだ。辰巳たちはまず、この敵を押し返すところから始めなければならなかった。
「敵が退きました! これで作戦が開始できますね!」
辰巳自身も何度かヒットされつつ、ようやく敵を撃退できたところで伊織が元気よくチームに振り返った。
「ちょ、ちょっと待って。ヴァルキリーワン……少しタイム。休ませて」
弱音で答えたのは敦賀だ。膝に手を置いて、ヘルメットの下で荒い息をどうにかこうにか整えようとしている。それは彼だけではない。誰も彼も、作戦開始前からすっかり息が上がっていた。
「えー! そんなちんたらしている場合じゃないでしょう! 我が軍の有様を見てください!」
そういって、伊織が西軍チームの陣地を示す。青いビニールテープで円が描かれている物資保管場所に西軍が確保できているポリタンクは二つのみだった。それを守っていた味方プレイヤーの数も少ない。ほとんど負けが確定している屋内フィールドに嫌気がさして、プレイヤーの多くが他のフィールドへ流れてしまっているせいだ。
「兵は拙速を尊ぶと、昔の偉い人も言っていたじゃないですか」
誰かは忘れましたが、と胸を張る伊織に、優等生らしい葵が「孫子だよ」と教えてあげていた。
「おじさんになると、そうもいっていられなくなるんだよ」
溜息を吐くように敦賀は答える。撃ち合いだけなら幾らでもできるが、ヒットされる度に広場まで往復しなければならないのはおじさんには酷だった。
「さあ、司令官殿! 御指示を!」
へとへとになっている敦賀はひとまず放っておくことにしたらしい伊織が、姿勢を正して辰巳に向き直る。
「ヴァルキリーワンの言う通り。態勢を立て直すのは今がチャンスだ」
辰巳はブーニーハットの角度を直しながら答えた。
「恐らく、攻めてきていた連中の中にSはいない。だが、どこかで見ていたはずだ。まずは本命を引きずり出す」
「お元気ですね、ブラボーシックス」
しゃんと背筋を伸ばして、息一つ乱れた素振りもみせない辰巳に敦賀が尊敬するような声で言う。
「毎日走っているからな」
それに素っ気なく答えて、辰巳は指示を続けた。
「ヴァルキリーズ各員は迎撃しやすい位置に身を隠せ」
「了解です!」
元気よく応じて、伊織が暗闇の中に消えてゆく。残る二人もそれぞれの場所に向かっていった。
「タウラス、君のチームは警戒と陣地の防衛だ」
「了解、司令官!」
おどけたように答えて、タウラスはチームを率いて二階部分へ上がっていく。
「ドリフゼロワン、そろそろ生き返ったか?」
「どうにか」
目を向けた辰巳に、敦賀が片手を上げて応じる。
「君らがこの作戦の肝だ。よろしく頼む」
「了解、ブラボーシックス。よし、行くぞお前ら。切り替えろ。俺たちは西軍チームの特殊部隊。対テロ戦のプロだ」
「ラジャ―!」
敦賀の呼びかけに、ドリフターズの面々が気合いの入った返事を返す。
「よし、散開!」
ぴしゃりとした敦賀の声に、部下たちは一斉にあちこちへ散っていった。
「あの、俺たちはどうしましょう?」
辰巳に声を掛けてきたのは、元々このフィールドで戦っていたプレイヤーたちだ。援軍としてやってきた辰巳たちと一緒に戦っている内に、彼らもこのタスクフォースに参加するつもりになったらしい。
「ええと、それじゃ。作戦の第一段階が成功したら、LMGを持っている人は陣地の防衛を手伝ってほしい。それまではフィールド中を好きに動き回って、敵を攪乱してもらいたい。それから、力のある人には後で物資の搬送をお願いしたい」
遠慮がちに口を開いた辰巳は、作戦の簡単な説明と指示を出した。それにプレイヤーたちが了解と応じて散ってゆく。彼らを見送った後で、最後に辰巳は充希へ向いた。
「ドロシーは俺の援護だ」
「はい」
いつも通りのその指示に、当然ですとばかりに充希はMP5を抱えなおしながら応じた。




