その6
時は再び、現在へ戻る。
本日、七度目になる森林フィールドへの出撃に彬と九堂は一旦、ロッカーキーの捜索を保留して、西軍出入り口から奥へ行った先にある、第四フラッグ陣地の攻略を目指す味方とともに林の中を進んでいた。ここを確保しないことにはフィールド中央の第五フラッグ陣地への進撃もままならないからだ。
木々とそこかしこに置かれた障害物の影に隠れながらしばらく進むと、やがて視界の先に開けた場所が見えた。そこには土嚢とドラム缶で組まれた簡単な陣地がある。陣地の中には旗ポールが立っていて、今は赤い旗が風にはためいていた。
彬たちの前を行っていた西軍プレイヤーたちがさっそく攻撃を始めた。当然、それに陣地に潜んでいた東軍プレイヤーたちが応戦する。無理やり敵陣に肉薄しようと突撃した味方プレイヤーたちがあっという間に全滅したのを見ていた彬は、後続が追いついてくるのを待ってから九堂に声を掛けた。
「僕らはこっちに行こう」
そういって、敵陣に向かうのではなく、むしろ離れるように森の中を歩きだす。
「え、でも。みんなはあっちに行くのに?」
「だからさ」
陣地のほうを指して不思議そうに訊く九堂に、彬は答えた。
「西軍入口からここへ来るにはあの道が最短ルートだ。当然、敵はそこを見張ってる。だから、僕らは回り込んで反対側から攻撃を仕掛ける。相手を混乱させるんだ」
「はあ……なるほど」
感心したような声を出す九堂に彬はさらに続けた。
「位置に着いたら、出来るだけ派手に戦うんだ。ヒットをとろうとしなくていい。敵の注意を引くんだ。その隙に仲間がフラッグを取ってくれる……はずだから」
「分かった」
「それから、歩くときは姿勢を低くして。見つからないようにね」
作戦を理解してくれたらしい九堂とともに、彬は腰を屈めて木々の間を移動する。これ胃くらいで良いかなと思ったところで、再び敵陣の位置を確認。彬たちの存在はまだバレていないようだ。正規ルートから攻めよせてくる味方とは正反対の方向から、彬たちは陣地にひっそりと忍び寄った。
敵陣に近い木の影へ滑り込んだ彬は、静かにM4を構えた。土嚢の内側に見える敵の数は全部で五人。今なら背中はがら空きだ。これなら全員は無理でも二、三人は一気に倒せそうだなと考えたところで、彬は銃を下ろすと九堂に振り返った。手招きして、隣へ呼び寄せる。
「敵が見える?」
小声で尋ねた彬に、敵陣を覗き込んだ九堂がコクコクと頷く。緊張している様子の九堂に、彬は銃を構えるように言った。
「ぼ、僕が撃つのかい?」
「そうだよ。よく狙って」
「でも。当たるかな……」
「大丈夫。それめっちゃ性能良いから」
不安そうな九堂に、彬はきっぱりと断言する。先ほど、休憩中にシューティングレンジで試し打ちしたから間違いない。
「でもまあ、別に当たらなくてもいいんだ。背後から撃たれてるぞって、敵を混乱させるのが目的なんだから。でもまあ、フルオートにしておけば一発くらいは当たるんじゃないかな」
九堂の緊張を解そうと、彬はちょっとおどけたようにそう言った。そのアドバイスに、九堂が慣れない手つきでHK416のセレクターを操作してフルオートの位置へ合わせる。
それからぐっと顔を引き締めると、傍目から見てもぎこちない射撃姿勢をとった。
「ストックを肩に押し付ける。トリガーにはまだ指をかけない。左手はそんな無理して伸ばさないで。銃に合わせるんじゃなくて、自分が安定する位置で良いんだ」
ガチガチに緊張している九堂が正しい射撃姿勢をとれるように、彬は横から教えてやる。といっても、それは全部、辰巳たちから教えてもらったことだ。
「いいよ。かっこいい」
ようやく、その装備に相応しい立射姿勢を作った九堂の肩を彬は褒めるように叩いた。
「その形を忘れないで。正しい姿勢じゃないと、エアガンでも危ないから」
「わ、分かった」
「それじゃ、やろう。三つ数える。さん、で撃つんだ」
「うん」
頷いて、トリガーに指を掛けた九堂に彬はカウントダウンをしてやる。
「いち、に――」
すぅ、と九堂が息を吸って、吐いた。
「さん」
トリガーが引き絞られる。ギヤボックスの駆動音とともに、銃口からカカカッとBB弾が撃ちだされた。背後からの襲撃に、陣地に籠っていた東軍プレイヤーの内、二人がヒットを叫んだ。このまま行けるかと思ったが、途中から弾道があらぬ方向に曲がってしまい、残念ながらそれ以上のヒットはとれなかった。たぶん、反動が思ったより強くてびっくりしたのだろう。
「当たった! 当たったよ、彬くん!」
それでも、九堂が嬉しそうに快哉を叫ぶ。
「隠れて!」
間髪入れず、彬は怒鳴った。九堂のベルトを掴んで、木の影に引っ張り込む。
「ひゃあっ」
たちまち、BB弾の暴風が吹き寄せて、九堂が情けない声を漏らしながら首を竦める。
「よし」
そんな九堂とは反対に、彬は小さくガッツポーズを作った。
敵は食いついた。後は暴れまわって、敵の目を惹きつけ続ければ。
そう考えながら、彬は隣にいる九堂を見た。
「どう? 楽しい?」
唐突にそう訊いた彬に、九堂は一瞬ぽかんとしてから、大きく頷いた。
「最高だよ!」
物々しいフェイスガードの下から、今日聞いた中で一番明るい声を出した九堂に、彬もマスクの下で笑みを浮かべる。そうだ。初めてのサバゲー。どうせなら、楽しんで欲しいのだ。
「それじゃあ、援護するからあそこまで走れる?」
敵からの射撃が収まってきたところで、彬は三メートルほど先にあるバリケードを指さした。今、彬たちが隠れているのは木の影だ。ここでは跳弾にあたってしまう可能性がある。
「あそこまで行ったら、今度は俺を援護して」
「分かった!」
彬の指示に、九堂は年上とは思えない素直さで頷いた。
それから、二人は互いに援護しあいながら敵が占拠しているフラッグ陣地を大きく回り込むように移動した。銃撃は先ほどよりも激しくない。陣地に籠る東軍プレイヤーたちは彬たちを気にしつつ、続々と追いついてくる西軍のプレイヤーにも対応しなければならないからだ。
しかし、彬の作戦が順調だったのは東軍の増援がやってくるまでだった。やってきたのは五人ほどのチームだったが、その中にベテランがいたのか。素早く状況を見てとると、彬に向かって猛烈な集中砲火を仕掛けてきた。身を隠しているバリケードがBB弾を弾く、バチバチという音が途切れることなく鳴り響く。
「あ、彬くん! ど、どうしよう!?」
身動きの取れなくなった彬に、自分が撃たれているわけでもないのに九堂が焦った声を出す。しかし、こうなったらどうしようもない。味方がどうにか状況を打破してくれるのを待つしかない。そう答えようとした彬の目に、九堂の持っている銃が移った。
「グレネード!!」
九堂のHK416のアンダーレイルについているそれを指さして彬が叫ぶ。
それに九堂は、ああ、そうかと思い出したように銃を構えた。
「斜め上向きに狙って! BB弾を降り注がせるイメージで!」
「了解!」
しゅぽん、という音とともにガスを拭きだしたグレネードランチャーが、敵陣にBB弾を降り注がせる。
「ヒット!」
「うわっ、ヒット!」
「や、やった! 二人も!」
敵のヒットコールを聞いて、九堂が嬉しそうにガッツポーズをする。しかし、今の一撃を見た敵から今度は九堂が狙い撃ちにされてしまった。
「うわああああ! 助けて彬くん!!」
「耐えてください」
ちょっと冷たいかなと思いつつ、一応、彬も敵に向かって撃ち返す。だが、すでにこちらの位置はバレている。敵は彬の射線に出てこない。
けれど、それでいい。彬は撃ち続けた。ヒットをとる必要はない。制圧射撃はとは、敵がここにいるぞ、お前を狙っているぞと教えるためのものだ。そうすれば、相手の動きを制限することができる。そして、その隙に。
「ヒットーー!」
彬の思考に応じるように、九堂が隠れているバリケードを狙い撃ちにしていた敵がヒットを叫んだ。あれだけ飛び交っていた弾が唐突に止む。
「と、止まった……?」
ほっとしたように九堂がいう。
「ありがとう、彬くん」
「いや、俺じゃないよ」
答えつつ、彬はフラッグ陣地のほうへ目を向けた。すると、掲げられていた赤い旗がするすると下ろされて、代わりに青い旗がポールの先に翻る。
「味方が制圧してくれたんだ」
九堂にそういって、彬は肩の力を抜いた。
「作戦成功」
まあ、中々に無様だったけれどと思いながら親指を立ててみせた彬に、九堂が凄いやと拍手を贈る。それから二人は、ともに味方のものになったフラッグ陣地へ飛び込んだ。陣地を奪っても、敵がいなくなったわけじゃない。追いかけるようにBB弾が襲ってくる。
「おめでとうございます」
陣地の中にいた味方のプレイヤーたちに彬がそう声を掛けると、彼らはいやいやとてをふった。
「君らのおかげだよ。君らが敵の目を惹いてくれたからさ」
「そうそう。良い動きしてた」
そういったプレイヤーが、ぐっと拳を突き出してくる。彬はそれに自分の拳をぶつけて応じた。
「他の場所はどうなってます?」
「第三陣地はまだこっちが確保してるよ。これでかなり守りやすくなるはずだ。戦況はこれでようやく五分に持ち直せたって感じかな。問題は第五陣地さ。あそこは守りが固いし、かなり厳しい戦いになるだろうね」
でも、その分。取れればメリットは大きい。
いよいよだと彬は気を引き締める。
九堂がロッカーのカギを落としたという最初のゲームで通ったルートの内、中央の第五フラッグ陣地を除いた範囲はすでに捜索済みだ。残るは、中央。第五フラッグ陣地のみ。
双方のチームが取ったり取られたりを繰り返している第五フラッグ陣地は、塹壕と防壁に囲まれた前哨基地を模した強固な作りになっている。激戦になること必至だろう。
そこで勝利して、何処かに落ちているはずの小さなロッカーのカギを見つけ出す。
やってやろうじゃないか。
ほとんど達成不可能だと思える任務を前に、彬は不敵な笑みを浮かべながら銃を担ぎ直した。




