第98話 ケジメ
宇月君との戦いの中で、チラチラと小岩井が目で合図を送ってきた。
……そうだ! こんなことしてる場合じゃない!
今のうちに謙輔を助け出さないと!
「ぐわーっ!! ケツが二つに割れた!!」
動き出した私を見て、小岩井は更に大きな声で騒ぎ立てた。
これには宇月君も思わず殴りかかる手を止めた。
「大丈夫だよ、恭ちゃん! 僕も割れてる!」
よくわからないフォローを入れている哲ちゃんをよそに、宇月君に見つからないようにと小屋の入り口に手を掛ける。
ぬう……なかなか硬いぞ、この戸。
「よし! 俺達もいよいよ本気を出すぞ!」
「これまでは本気じゃ無かったんだね! 恭ちゃん!」
「……ふざけてるのか、お前ら」
ボケ二人しかいない状態のあいつらを相手に、宇月君が気の毒になってきた……おっと、開いた。
謙輔、無事だと良いけど……。
◆◇◆◇
中は意外と暗いな……謙輔はどこだ?
こんな時、携帯とかあると懐中電灯の代わりになるのに。
「謙輔……いるの……?」
小さめに声を出してみたけど返事が無い。
もしかして、猿轡でもされているのかも。
早く見つけ出して、小岩井達に合流しないと……なんだかんだ言っても宇月君が危険なことには変わりない。
申し訳ないけど、ここを抜け出して先生達に合流したらすぐに捕まえてもらうよ。
あれ? あそこの椅子、誰か座ってる……ような?
「…………謙輔!?」
寝てるのかな……呼びかけても返事が無い。
でも、息はしてる。良かった……。
これだけで思わず腰から力が抜けそうになってしまった。本番はこれからなのに……。
まずは謙輔を縛り上げている縄を解かないと。
「謙輔、すぐに助けるからね」
そうは言ったものの、この縄引っ張っても千切れないし、解こうにも難しい結び方がしてあって無理そうだ。
何か、この縄を切れるような物って無いかな。
ハサミもカッターも持ってないし、周囲にもそれっぽいものは無いし……。
そうだ、髪留め。
これをこう縄に挟んで……。
……無理に決まってるだろ! 何やってんだ私。
よし、こうなったら噛み千切ってやる。
「んーーっ……!! ぐぬぬ……」
「……れ……み?」
「へんふへっ!?」
そうこうしているうちに、謙輔がうっすらと目を開けた。
「なにやってんだ、お前……痛たっ……頭が……」
「大丈夫……!?」
「ああ……けど、頭が割れるように痛ぇ……。
どこだ、ここ……?」
「山小屋の中だよ。
詳しい理由はわかんないけど、謙輔は宇月君って子に捕まったの。
このままじゃ殺されちゃう……」
「俺が……? 宇月……って、あいつか?
突然声を掛けてきたと思ったら、ふざけた真似しやがって……」
謙輔は起きたけど、相変わらず縄は切れない。
身動きが取れない状況で、小岩井達もどれだけもつかわからない。
何か縄を切れるものは……。
部屋の角を見るとキッチンがある。
あそこなら、包丁とかハサミとかあるかも知れない。
「謙輔、行こう」
椅子ごと謙輔を運ぶ。
ここに置いたまま、宇月君が戻ってきちゃったらそれだけでアウトだ。
しんどいけど、このまま謙輔を連れて行くしかない。
「おい、無理すんな」
「大丈夫、私に任せて」
持ち上げることは無理だったので引きずる形にはなっちゃったけど、これなら私にも運べないことは無い。
「玲美……お前、さっき俺が殺されると言ったな。
もしかして、お前……この先に起こることを知ってるのか?」
「詳しいことは後で話すけど、知ってる。
私は謙輔を助けるためにここへ来たんだ」
「危険だとわかってて来たのか……あまり褒められたもんじゃねえな」
「喋ると疲れるから、お説教は後でね」
何とか椅子オンザ謙輔をキッチンのところまで運んだ。
引き出しや戸棚の中に包丁やハサミは入っていなかったけど、少し錆びたカッターナイフを見つけた。
これなら何とか縄を切れるかも。
「じっとしてて……」
謙輔の腕を傷付けないようにカッターを挽く。
よし……少しずつだけど切れ目が入ってる。
「気を付けろよ……」
「わかってる、謙輔に傷をつけたりしないよ」
「違えよ! お前が手を切ったりしないようにだっ!」
「え? ああ、うん……大丈夫」
錆びていても意外と切れ味が良かったおかげで、謙輔の腕を縛っていた縄を切ることができた。
あとは足だ……足は左右とも椅子に縛られている。
「もう大丈夫だ。
腕さえ自由になりゃ、あとは俺でやれる」
謙輔はそう言うと、私からカッターを受け取り器用に足の縄を切っていった。
これで謙輔も動けるようになったし、あとは逃げ出すだけだ。
「謙輔、行こう」
「どこへ行こうというんだ?」
声がして振り向くと、そこには冷たい表情で私達を見下ろす宇月君が居た。
「お前が宇月か……。
俺を気絶させて好き勝手やってくれたみたいだな」
「黙れ、クズが」
「宇月君、小岩井達はどうしたの!?」
「あいつらなら土手に寝かせてある。
虫が寄ってこないように藁を下に敷いていたおかげで時間が掛かった」
変に几帳面な人……。
「なぜ俺を狙う?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「わかんねえから聞いてんだよ」
じりじりと、こちらに近寄る宇月君。
凍るように冷たい感覚が伝わってきて、ここにきて初めて私は宇月君のことが怖いと思った。
「お前が何なのかは知らんが……俺も黙って殺されるわけにはいかないんでな。
こうなったら、久しぶりに拳で語り合うしかないか?」
「この俺に力で勝てるつもりか? たかだか猿山の大将如きが」
そして、二人の腕が交差する。
お互い顔に当たったみたいだけど宇月君は何ともないような表情で、対して謙輔は大きく後ろへと吹き飛ばされてしまった。
「そのまま寝ていた方が楽に死ねたのにな」
「こいつぁワクワクしねえな……」
倒れた謙輔を蹴り上げ、再び殴りかかる宇月君。
さっきまで外でじゃれ合っていた時とは違う、明らかに謙輔を殺しにかかってる。
「宇月君! もうやめて!」
「やめられるわけがないだろ。もう少しで、俺の復讐が完結するというのに」
謙輔は口から出た血を腕で拭い、フラフラと立ち上がった。
「さすがだな、殺す気でやったのに。
まあいいさ……こうなったら、嬲り殺しにしてやるだけだ」
「俺は……たしかに、誰かに恨まれるような人生を歩んできたと思う。
悪い事も散々やったし、弱い者だって虐めた。大人達にも迷惑を掛けてきた……」
「今更懺悔か? 痴がましい」
謙輔……。
「だから……俺は、そういう奴らに一度殴られなきゃなんねえ……そう思っていた。
それが、俺がやってきちまった事に対する俺なりのケジメだ」
「なら死ね」
「だがよ……!」
謙輔は近付いてきた宇月君の顔を掴むと、思いっきり頭突きをした。
これには虚を突かれたのか、流石の宇月君も顔を押さえて蹲ってしまった。
「やった覚えの無え事まで、俺がケジメ取る必要なんて無えだろうがッ!!」
「……貴様ァッ!! よくも俺の顔を……殺してやる!!」
「お前には聞きてえ事が山ほどあんだ。
これが終わったらふん縛って、洗いざらい聞いてやるぜ」
さっきまでとは逆に、今度は謙輔が宇月君を見下ろす。
本気で喧嘩をする謙輔を私は今まで見たことが無かった。
確かに、強いとは思う……でも、宇月君はそれ以上に何だか執念的な強さを感じる。
このまま何も無く、謙輔が勝てばいいんだけど……。
小岩井達はすやすやと気絶しています。




