第90話 キャンプファイヤーの夜
「さあ、行こう!」
「行かない」
中途半端な態度じゃ駄目だと思った私は、はっきりと断った。
それでも哲ちゃんは表情を崩さず困ったような笑みを浮かべているだけだ。
「昔はさ、俺がこうやって手を出すと玲美ちゃんは喜んでついて来てくれたよね」
「昔の話でしょ? 私は別に哲ちゃんを嫌いってわけじゃ無かったけど、そうやって人の気持ちを考えない行動ばかりする今の哲ちゃんは嫌いだ」
「はっきり言うね……」
すると、哲ちゃんは黙ってしまった。
早く班のみんなのところに戻らないといけないし、申し訳ないけどこのまま行かせてもらえないかな。
「俺は……気付いたんだ……」
どうやらそうもいかないみたい……。
「恭ちゃんと一緒に遊ぶのも楽しかったけど、玲美ちゃんもいる時は全然違った。
何て言うか……。恭ちゃんのことを嫌いってわけじゃ無いんだけど、昔から、玲美ちゃんが一緒にいるともっと楽しかった。
そして、二人だけで遊んだ時は……楽しい以外の気持ちも沸くようになっていた。
だから三人で居ても、恭ちゃんだけ早く帰ってくれないかなと思う時もあった」
「それ……、小岩井が聞いたら泣くよ?
それに、二人だけで遊んだことなんてあったっけ?」
「あったよ……覚えてないの?
おばさんが用事か何かで出掛けるって時にうちに玲美ちゃんを連れてきたんだ」
哲ちゃんや小岩井と遊んでいた頃の記憶って、ほんと曖昧にしか覚えていない。
よっぽど印象に残ったことは覚えてるけど、何でこんなに切り取ったように記憶が飛んでいるんだろう……?
「そこで、俺が先に玲美ちゃんに────」「おーい、日高ー!」
小岩井だ。
私が戻るのが遅いから呼びに来てくれたのか。
「恭ちゃん」
「お前……石川か?」
二人とも、久しぶりの再会にもかかわらず無機質に名前だけ呼び合う。
哲ちゃんはともかく、小岩井は哲ちゃんに会いたがっていたから何だか意外だ。
「お前ら何してんだ、こんなところで」
「ほんと、恭ちゃんはいつも俺の邪魔ばかりしてくるよね」
「お前こそ、相変わらず自分本位な行動ばかり取ってんだな」
何これ……。
なんで二人ともこんなに険悪な再会から始まってるの……?
「ったく……。大きくなって、少しは成長してるかと思って楽しみにしてたらやっぱりか」
「恭ちゃんだって、相変わらずのお邪魔虫だし、何でいっつも俺の嫌なタイミングで現れるのさ」
「お前が何考えてるのか知らんが、こいつにはもう立派な彼氏さんがいるんだよ。
お前が付け入る隙なんてどこにも無いの。わかったか?」
「わかんないよ! だって、俺の方が先に……先に出会って、俺の方が先に好きになったのに!」
「選ぶのはこいつだ。仕方ない事だって言ってんだろ」
私を置いて二人は言い争いを始めてしまった。
そんな二人を見て、私は何も口をはさめずに黙っていることしかできなかった。
私の言いたいことは小岩井が全部言ってくれているような気がしたから。
「俺が引っ越して、みんなとは違う学校になっちゃったから……小学校もずっと一緒だったらこんな事にはなって無かったよ!」
「俺はそうは思わん。それでも日高は俺達以外の誰かを好きになってただろうよ。
幼馴染ってのはそういうもんだ。一緒にいる時間が長ければ長いほど、そういう対象じゃなくなるもんだ」
そう……小岩井の言う通り。
例えば小岩井とずっと仲が良かったとして、私が小岩井のことを異性として好きになるかと言ったらそうはならなかったと思う。
たぶん、色んな面を知り過ぎているせいで、心のどこかで“こいつはそういう対象じゃ無い”とブレーキが掛かるんじゃないかな。
もちろん、幼馴染同士でも好き合ってる人達だっているから絶対とは言えないけど、少なくとも私の場合はそうだ。
「それに、お前は知らんだろうけど、こいつは彼氏ができるまではどっちかというと同性の女に鼻の下伸ばしてたんだぞ。
幼稚園の頃だって、一番可愛かった美香ちゃんにメロメロだったろこいつは」
私の黒歴史暴露しやがった。
「そう……だとしても、俺はそんな玲美ちゃんを変えてでも一緒に────」「無理だ」
熱くなっている哲ちゃんを小岩井が冷静に否定する。
「小学上がってすぐ、こいつには仲良しの親友ができてたからな。
たぶん、そいつのことをそういう対象に見てたと思うぞ、こいつは」
由美のことか。
確かに好きではあったけど、そういう対象には見ていないぞ。……たぶん。
「こいつを変えたのは、今の彼氏さんだ。
感情を押し付けるだけのお前では、こいつには届かん」
「そんなの……結果論じゃないか!」
「じゃあ、お前はどうしたいんだ?」
黙り込む哲ちゃん。
小岩井、こんなはっきりと物事を言える奴だったんだ。
正直、ちょっと見直してしまった……。
「日高、そろそろ行くぞ。
キャンプファイヤーが俺達を待っている。
あと、たぶん……山本も別の意味で俺を待ってるだろうな……」
「ああ、うん……。じゃあ、私達行くね……石川君」
「玲美ちゃん……。恭ちゃん……」
悲しそうな表情でそういう哲ちゃんを見て、正直心が痛んだ。
でも……、中途半端な態度がきっと哲ちゃんを余計に傷付けてしまうから、私はあえてそう言う事にしたんだ。
***
「遅かったじゃない、玲美っち。道にでも迷ってたの?」
「ううん、知り合いに捕まってただけ。待たせてごめんね」
いよいよキャンプファイヤー。
何だか小学生の頃を思い出しちゃうな。
あの時、まだ悠太郎は私の彼氏じゃなかったけど、たくさんの追手を振り払って私のところまで来てくれたんだっけ……。
「私、絶対小岩井君と踊るんだから!」
「おう! がんばれよ沙耶っち!」
敵わない恋に燃える沙耶を見て、どことなく哲ちゃんと重なるような気がした。
けど、きっと沙耶はああいう行動は取らないし、小岩井だってそんな事させないと思う。
「山本……。俺、大事な彼女居るってわかったろ?
俺なんかを好きになってくれたのは本当にありがたいし、嬉しいけど、本当にごめん。
周りには俺に告られて振った事にしていいから諦めてくれ」
「そういうはっきり言ってくれるところと、私を思いやってそう言ってくれるところがますます好きになってしまうんだけど」
沙耶には逆効果だったみたいだ。
ああ、でも……今の小岩井なら、沙耶が好きになってしまった理由もちょっとわかるような気がする。
「小岩井、河村さんには黙っとくから、沙耶と一緒に踊ってあげたら?」
「小岩井君! 私からもお願いします! それで諦めますから、最後に思い出ください!」
「あのさ……俺なんかのどこがそんなに好きになれるんだ?
自分で言うのも悲しくなるけど、顔だって性格だって大して良いところないだろ?」
「それでも好きになったの! 初めて好きになったの!」
そこまで言って沙耶は泣き出してしまった。
「俺なんかには山本はもったいないよ。
絶対に俺よりいいヤツ、お前なら見つかるって。……でもさ、本当に嬉しかった。ありがとな」
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やがて真っ暗な空を炎の灯りが照らし、軽快なミュージックと共に燃え上がる炎をみんなで囲む。
「じゃあ行くか、山本」
「……はい!」
小岩井と沙耶は、一緒に手を繋いで前に出て行った。
私と瑠璃はそれを笑顔で見送り、戻ってきたら一緒に沙耶を慰めようねなんて話してた。
「玲美ちゃん……」
振り向くと、哲ちゃんが私の後ろに来ていた。
でも、その表情は前までとは違って少しすっきりしていたように見えた。
「……抜け出してきたんだ。
俺、この想いに決着を付けたくて……」
「私の気持ちはずっと変わらない。ごめんね」
「わかってる……。だから、振ってほしかったんだ。
これでやっと諦められる気がする」
男女の間には友情は存在しないって、どこかで聞いたことがある。
どこかで必ず恋愛感情が出てきてしまうんだって。
私の友達には謙輔や琢也、順とかもいるから、もちろん絶対にそうなるわけじゃ無いんだろうけど……だけど、私は哲ちゃんに幼馴染として友達でいましょうなんて中途半端なことを言うつもりは無かった。
そんなことをしたら、もっと哲ちゃんを傷付けてしまうだろうから。
「……ありがとう、日高さん! あーあ、何だか悲しいな……苦しいな……。
これが失恋かー……」
人を振るのはこれで二回目だ。
どれも、私がもっとはっきりした態度を取れていたら、こんなに相手を悲しませることもなかったはず。
「ごめん……ね……」
「大丈夫! これで俺は前を向いていける……はず!
じゃあ、みんなのところに戻るよ! それじゃあな!」
哲ちゃんは、大声で叫びながら駆けていった。
これが正解だったかはわからないけど、今の私にはこれが精いっぱいだ。
「こっちはこっちで大変なことになってたんだな……」
「ごめん、瑠璃。置いてきぼりだったね……」
瑠璃は空気を呼んでずっと黙っていてくれたみたいだ。
「玲美……泣いてるのか? 胸貸そうか? 多少はあるぞ?」
「ちょっと借ります……」
ジャージのチャックがおでこに当たって、ちょっとだけ痛かった。
このあと沙耶もめっちゃ慰められた。




