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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学二年生編 本編その1 止まった時計の針
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第75話 小渕寺正太郎

長い間執筆が遅れてしまい申し訳ありません。

完結までは続けていきたいと思います。


 謙輔に相談するのは、私にとっても思うところがある。

 こんな都合のいい時だけ謙輔に相談に乗ってもらってもいいんだろうか……。


「何でもないよ」

「そうか? お前さ、小柳……えっと坂本だっけ? あいつの時もそんなような顔してたからさ。何かあったのかとちょっと心配になっただけだ」

「ありがとう。でも……何でもないから」


 私って、そんなに顔に出るんだろうか。

 思えば由美にもよくそんなこと言われる気がする。


「まあ、困ったことがあれば遠慮するなよ。俺達は友達なんだから」

「うん……ありがとう」


 謙輔の言った『友達』という言葉に胸がチクッと痛んだ。


***


 まずは、由美に話してみようか。

 由美なら恵利佳と同じクラスだし、恵利佳が休んでる理由も知っておいた方がいいよね。

 恵利佳の家に行った時にうっかりあの男と鉢合わせしたら大変だ。

 それに、やっぱりこういうことは小学生の頃からの親友である由美に一番に相談するべきだと思う。


「由美、いる?」

「どうしたの?」


 由美はクラスの女の子達と何か話してたみたいだ。邪魔しちゃったかな?


「今大丈夫?」

「ちょっと話してただけだよ。それよりどうしたの?」

「恵利佳のことで相談したいことがあるんだけど」

「恵利佳の? いいけど、何かあったの?」

「うん……ここじゃ話しにくいから、校舎裏に行こう」

「わかった」


 由美を連れて校舎裏へ。

 恵利佳のお父さんのことはなるべく誰にも聞かれたくないし、この時間に人気が少ないところといえばそこくらいしか思いつかなかった。


 そう思って向かった校舎裏には既に先客がいた。

 あれは……同じクラスの中尾君? 他にも数人の男子がいる。


「あれって、中野君じゃない?」


 由美が気が付いて男子達を見ると、その中にはたしかに中野君がいた。

 中尾君ってクラスでも活発で謙輔みたいなタイプだと思ったんだけど、そんな彼と中野君が一緒にいるなんてなんだかちょっと意外だ。


 別に人に聞こえるような大声で由美と話す気は無いけど、男子達も大声で騒いでるし場所変えた方が良さそうかな。


「自転車置き場の方に行こうか。あっちならこの時間来る人いないでしょ」

「うん。ここだとちょっと男子達がうるさいもんね」


 私達は校舎裏の端にある自転車置き場に向かうことにした。


***


「それで、恵利佳のことって? やっぱり何かあったの?」

「小学生の頃さ、謙輔の家で見た新聞のこと覚えてる?」

「ああ、あの事件……まさか、そのことで恵利佳を悪く言う人が?」

「そうじゃないんだけど……私、恵利佳のお父さんに会ったんだ」

「えっ!?」


 私は昨日あったことを由美に話した。

 恵利佳にすぐに何か起きたわけじゃないけど、これから何か起こるかもって考えたら安心なんかしていられない。

 由美もそれは同じ考えだった。


「このこと、順にも話すけどいい?」

「うん」

「なるほど、そういうことな」


 声がして振り向くと、そこには謙輔がいた。


「なんか様子がおかしいと思ったからさ。それにしても、まさかあのヤローが出所してたなんてよ」

「……ごめん、言い出せなくて」

「遠慮するなって言っただろ、気にすんな。それより問題は吉田だな。まだ何も害がないとはいえ、わざわざ吉田の家を聞いてたってことは、あいつん家に寄り付こうとしてるのは間違いないだろ」

「そうなったら、恵利佳に間違いなく被害が及ぶよね」


 由美のその言葉を聞いて、恵利佳があの男に苦しめられる姿が思い浮かんだ。

 私はもう、恵利佳が悲しむところなんて見たくない。

 せっかく平穏を取り戻したのに、なんでまた……。


「まあ、相手は大人だ。俺達だけじゃどうしようもないし、警察にも動いてもらうか」

「でも、まだ何も被害が出てないと警察は動かないっておばさんが言ってたよ」

「そっか……それもそうだな……」

「とりあえず、順にも相談してみるから。きっと彼ならいい案を思いつくよ。だから玲美も渡辺君も短気を起こさないでね」

「謙輔と一緒にしないでよ」

「どちらかというと、それは俺のセリフなんだが……お前すぐ短気起こすし……」


 なんだかんだで結局謙輔に協力してもらうことになってしまった。

 ああ、でも謙輔に協力してもらうのを渋っていたのは私の都合でのこともあったし、恵利佳のことを思えばこれが最善だったんだ。


「由美、謙輔……お願いします」


 由美と謙輔は力強く頷いてくれた。



◆◇◆◇


 くそ面白くねえ。

 せっかく稼いだ日銭もパチンコであっという間にパーだ。


 このままじゃせっかく出所したってのにまともな暮らしなんてできっこねえ。

 やっぱりあいつらを見つけてなんとしても転がり込まねえと……。


「お父さん、帰ったら肩揉んであげるね」


 俺のそばを親子連れが通り過ぎていく。


─◆─◆─◆─◆─


『おい、酒がねーぞ!買ってこい!』

『うちにはもうお金がないって言ってるでしょ!』

『うるせえ! つべこべいうな! お前のパート代があっただろ!』

『やめて! お父さん、お母さんをぶたないで!』


─◆─◆─◆─◆─


『正ちゃん、一人暮らしだって言ったじゃない』

『ああ? 知らねえよ、こんなガキは。おい、とっとと出て行け』

『おと……』

『とっとと出て行けって言ってんだよ!』

 

─◆─◆─◆─◆─


『あんた! 恵利佳が見つかったって交番から電話があったよ!』

『うるせーな、お前が勝手に産んだんだ。お前ひとりで迎えに行けよ』


─◆─◆─◆─◆─


 俺は借金を繰り返し、毎日を身勝手に生きてきた。



 誰かが何とかしてくれる───と、何とかなると現実逃避をするために酒に、女に溺れていた。


 そのツケがどんどんと膨らみ、家には連日借金の催促の電話が響く。

 近所の連中からは後ろ指をさされ、仕事を探すも面接すら受けさせてもらえない。

 そこまでなって、ようやく俺は事態の深刻さに気付いた。


『もう……おしまいだぁ……』


 俺は、ただの物音にすらおびえるようになっていた。


『あんた、しっかりして! 今からでも遅くない、何とかやり直しましょう!』


 意外な言葉だった。

 とっくに妻からは愛想をつかされていたつもりだった。

 だが、咲江はそんな俺に対して叱咤激励をしてくれたのだ。


『咲江……』

『……お父さん……わたしもお母さんも、お父さんの味方だから……』

『恵利佳……』


 俺は本気で心を入れ替える気でいた。

 こんな俺でも見捨てない妻と娘に、涙をこぼし初めて謝罪した。


─*─*─*─*─


 次の日から、俺は必死で仕事を探した。

 ほとんどが空白期間などを理由に書類審査で落とされていたが、一社だけ面接までこぎつけることができた。


『よろしくお願いします!』


 妻が少ないパート代で買ってくれた俺にとっては新調のスーツを着て俺は面接に臨んだ。

 やはり空白期間について聞かれたが、面接官は親身になって話を聞いてくれた。


 俺にとってはこれだけでも満足だった。

 高校を惰性で卒業し、今まで大して働きもしてこなかった俺だがようやく誰かのために働こうと思えるようになったんだ。

 それも、俺にとっては大きな前進だ。



 ここが落ちてもまた次頑張ればいい。

 生まれ変わろう……そう思っていた矢先のことだ。


『正太郎、お前正太郎じゃないか?』


 声を掛けてきたのは高校の頃の連れだった。

 久しぶりの再会に沸いた俺達は、二人で近くの飲み屋に入った。

 酒を断っていた俺だったが、今日くらいは良いだろう。


 それが、また俺の運命を大きく変えることになった。

お読みいただいてありがとうございました。

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