第68話 そして、運動会
運動会もいよいよクライマックス。
この日、この瞬間の為に、俺は自分自身を磨いてきた。
高山と同じ競技に参加し、俺が勝つ。そして、悠希に告白する。
その事だけを思い描いて頑張ってきたのだが、昨晩ついに気付いてしまった。
同じクラスだから、戦えねえ────。
まあいいさ。めいっぱい活躍して、そして悠希を振り向かせる作戦に変更だ。
“一人騎馬戦”の練習も、無駄にはならないはずだ。
「俺達のクラスが勝てば、赤組の優勝に近付くぞ」
伊藤が無駄に爽やかな感じで声を掛けてきた。
てゆうか、やっぱでかいなお前。とてもじゃないが同じ中一とは思えん。
日高と付き合ってるんだっけ? 見た感じ、完全に大人と子供のカップルじゃないか。
「僕がこのクラスを優勝に導く!」
高山が意気揚々と声を上げた。
クラスが勝ったところで、二年や三年が負けたら意味無いんだけどな。
それより俺は、このハーフ野郎よりも活躍して、俺の方が強いんだって悠希に見せてやるんだ。
見てろ、絶対負けねえからな。
「なんで俺が馬役なんだ……騎馬戦に関しては俺が最強のはずなのに……」
そう言って落ち込んでるのは小岩井だ。
ネガティブな発言をしながらも、奴はどこで手に入れたのかリアルな馬のかぶり物を被り始めた。
「今年こそ、謙輔と決着をつけないとな」
伊藤は、ストレッチをしながらそう呟いた。
ケンスケってのは、四組の渡辺謙輔のことか。
よくわからんが、あいつと伊藤はライバル関係なのか?
「任せろ、伊藤。俺が騎馬をやるんだ、負けはねえぜ」
間抜け面の馬が何か言った。
******
「いよいよですわ! 高山君の活躍と伊藤様の雄姿が見られるのね!」
「こら女帝! 悠太郎君は玲美の彼氏だって言ってるでしょ!?」
女帝(笑)と明川さんが何か言い合ってるみたいだけど、それよりも早く運動会が終わらないかなーなんて思ってる私。
運動はそんなに好きでも得意でも無いし、これなら教室で授業聞いてた方が良かったなって思う。
「二宮さん、楽しんでる?」
ふと、日高さんが話し掛けてきた。
「ええ、まぁ……」
とりあえず、そう返すとどこか不満げな顔。
「宮下君が出るんだよ?」
「え? うん……出るね」
「応援してあげないと」
「そうね……うん」
日高さんにそう説得されて、私も運動会最後のおおとり騎馬戦の観戦をすることにした。
あれ? ……日高さんに隆弘と私が幼馴染だってこと話したっけ?
「日高さん、あなたもこっちで伊藤様の応援しなさいな。ワタクシは高山君の応援するんだから」
「悠太郎は絶対負けないよ! スロースターターなんだから」
石野さんに呼ばれて、日高さんは前に行ってしまった。
スロースターターって、騎馬戦に何か関係あるのかな……?
女子達も、それぞれ目当ての男子を応援しに行ってしまった。
私も隆弘の応援でもしようかな。
******
ついに、決戦の舞台へ。
俺を乗せた騎馬達が動き出した。
前を進む高山の騎馬を見て、思わずハチマキを取ってやろうかと思ったのは内緒だ。
「宮下君、頑張ろうね!」
ハーフ野郎が何か言ってるが、俺はお前に勝つために頑張るんだ。
俺は俺の為に、頑張るだけだ。
「悠太郎、待ってたぜ」
四組の渡辺が、騎馬の上で腕を組んで立っていた。
辺りからはキングコールが鳴り響く。なんだこれ。
「悠太郎、悪いが今回は俺も敵だ」
「琢也……お前は今回も騎馬なのか?」
「俺を乗せれる奴がいなかったんだよ。ところで、そっちの騎馬……っていうか、馬!?」
「俺だよ、西田」
「わかんねえよ!」
伊藤達が何やらやっているが、そんなことはどうでもいい。
俺がやることは、高山よりも活躍する────ただそれだけだ。
『それでは、はじめ!!』
銃声が鳴り響き、競技が始まった。
「六組の奴らから倒すぞ。二組と四組の連中は、なんだか厄介そうだからな」
下の騎馬達に声を掛け、俺は六組の陣営に突撃した。
***
試合は進み、俺はハチマキを多く握っていた。
たぶん、高山よりも多いんじゃないだろうか。
それにしても、相変わらず女子からの声援は多いな、あいつ。
「宮下君、凄いね!」
暢気にそんなこと言っているが、俺はお前と勝負する為に頑張ってるんだぞ。
「試合中によそ見をするとは暢気な奴だな……ハチマキはいただいていくぞ!」
二組のよくわからん奴が、もの凄い勢いで突撃してきた。
狙われたのは高山だ。
ぶつかった高山の騎馬は体勢を崩し、そのまま横倒しに倒れかけた。
「高山の騎馬を守れ!」
思わずそう口に出してしまった。
仕方ないだろ……目の前で大怪我でもされたらかなわないからな。
「いただきだ!」
その隙に、白組の奴に俺と高山のハチマキは取られてしまった。
「ごめん……宮下君……」
「……仕方ねえさ。お前に怪我が無くて良かったよ」
俺の騎馬戦は、ここで終わってしまった。
だが、まあ……取ったハチマキの数は俺の勝ちだよな。
「隆弘ー! がんばったね、おつかれさま!」
悠希の声が聞こえた。
あいつ、ちゃんと見ててくれたんだ。俺は悠希に向かって大きく手を振った。悠希も手を振り返してくれた。
これだけでも、もう俺は満足だ。
あとは任せたぞ、伊藤。
******
「残るは俺達だけか……」
「余興は済んだ。そろそろ決着をつけるぜ」
そう言いながら、謙輔は辺りを見回した。
「よし、小岩井の野郎は残ってないな」
「おい、渡辺! 俺はここにいるだろうが!」
馬が何か言っているが、それよりも前に集中だ。
回り込んでハチマキを取ろうにも、奴の騎馬達は今回も精鋭部隊のようだ。
うちの騎馬達も悪くは無いが、おそらくあっちの方が上手……というか、小岩井の馬が股間に当たってなんか嫌だ。
「どれ、少しだけ俺の本気を見せてやる」
謙輔は大きく振りかぶると、俺の目の前をその手がすり抜けるように動かした。
まずい……取られる!?
「イヤーン!!」
小岩井の素顔があらわになった。
そう、奴はハチマキではなく小岩井の馬面を狙ったのだ。
「……謙輔!」
「お前が部活を頑張ってる間に、俺はゴム紐をひたすら引っ張る鍛錬を積んできたのだ」
「くそっ……帰宅部め!」
迂闊に飛び込めば、さっきの技(?)の餌食になる……どうする?
「悠太郎、負けるなー! 謙輔なんてやっつけちゃえ!」
玲美の応援が聞こえてきた。これで元気百倍だ。
そして、うろたえる謙輔。あいつにとってはダメージだったか。
「渡辺君、頑張ってー!」
女子からの声援? と思ったら、違った。
たしか、校外学習で一緒の班だった新崎って子か。だが、これで謙輔はやる気を取り戻したようだ。
ああ、そうか……お前はそういう奴だよ。
小学校の時も、吉田に優勝をプレゼントしてやるって頑張ってたんだったな。
今度は、あの少年の為に頑張ってやってるってわけか。
だが……。
「ボウリングも負けて、負けっぱなしでいられるか! いくぞ、お前達!」
「来い、悠太郎!」
考えても仕方がない、真っ向勝負だ────。
俺の騎馬達だって、謙輔の騎馬に負けてるわけじゃない。
小岩井は、こう見えて水泳は誰も勝てないし、石塚だって山には詳しいんだ。
「いただくぞ!」
謙輔のハチマキ目がけて手を伸ばす。
それをあいつはさらりと交わし、今度はあいつの手がこっちに伸びてきた。
「怯むな! 前に突っ込め!」
俺は懸命に騎馬への指示を出した。
だが、ここで石塚の動きが一手遅れた。
『飯食った後に動いたから、横腹が痛かった』と、後に石塚は語る。
ああ、俺……なんでこいつを騎馬に選んじゃったんだろうな。
──という、走馬灯のようなものが一瞬頭を流れた。
だが、俺には決定的にあいつより有利なものがあった。
「俺の方がリーチが長いんだ!」
「しまっ……!?」
大振りになってガラ空きの謙輔の頭上に手を伸ばす。
騎馬達が慌てて下がろうとしたが、俺の伸ばした手がハチマキに届いた。
「うぉおおおおっ!!」
そのままの勢いで、謙輔のハチマキを奪い取った。
沸き上がる歓声……ああ、俺……勝ったんだ!
「負けたぜ、悠太郎……」
「まあ、これでイーブンってとこだな」
俺と謙輔は固く握手を交わし、騎馬戦一年生の部は終わった。
あとは先輩方、頼みます。
お読みいただいて、ありがとうございました。




