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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第二章

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第八話 訪問


 体が、重い。

 否、重いのは体だけではなかった。気持ちの方がさらに重い。

 重量を減らそうと、肺の空気を残らず吐き出すのに、溜息の度に胸への重責は増す。


 今日は仕事を終えると、真っ直ぐ邸へと戻ってきた。ありえないとはわかっていても、また昨日のような光景を目にするのが怖かったのだ。

 思い出すだけで、拳大の石を飲み込んだ如く、胃が重くなる。

 苦しさを軽減させるための溜息がまた憂鬱を誘う、悪循環だった。


 連日の服用を避けるように言われているにもかかわらず、今日も薬に手を伸ばす。

 心地よいはずの酩酊感すら不快だった。臥牀の上で転がり、わずかでも楽な姿勢を探す。


 幾度目の寝返りをうった頃だろう。ふと声が聞こえた。

 亮の、従者だ。

 憶えのある声に反応して、体を起こした。

 亮の方から遣いをよこすのは、珍しかった。なにか変事があったのだろうか。


 変事と言えば言えるのかもしれない。蓮と付き合うようになってから、月龍はほぼ毎日亮の部屋を訪れていた。断りもなく、二日も続けて来なければどうしたものかと思うはずだ。

 話をするのならば、蓮のいないところがいい。

 だがまだ、亮の顔をまともに見られる自信はなかった。良い機会ではあるが、断った方がいい。


 眠りを誘う薬の服作用か、門まで歩くだけで浅く息が切れる。皮膚にも汗が滲んだ。情けない限りだが、体調不良を理由に断るのならば、好都合でもある。


(ショウ)殿! よかった、いらしたのですね。随分声をおかけしたのですが、中々出て来られないので、ご不在かと」

「それは悪いことをした。体調がよくなくて、眠っていたものだから」

「お加減が悪いのですか?」


 亮の呼び出しには応じられない。続けるよりも早く、声が聞こえた。

 身が竦む。

 従者以外に人がいることに気づいていなかったせいばかりではない。声の主が、蓮だったからだ。

 瞬時に浮かんだのは、昨日見た光景だった。

 思い出したくもない記憶がまざまざと蘇る。


 考えてみれば鈍い話だ。日課となっていた訪問をやめて、気にするのが亮だけだなどと、何故思っていたのだろう。

 蓮とて気にしないはずもないし、気になれば訪ねて来ることは不自然ではない。


「わざわざ来てくださったのですが、今日は休ませて頂きたい」


 昨日の事情は知りたいが、蓮から聞くのは避けたかった。

 感情を押さえられる自信はなく、もし蓮を相手に怒鳴るようなことをしたら――

 蓮を怖がらせたくはないし、そのせいで彼女に嫌われるのが、怖い。


「待って」


 返事も待たずに踵を返す。呼びかけが聞こえたときには、蓮がするりと月龍に身を寄せていた。

 蓮には、驚くほど警戒心がない。

 時折飛びついてくるのだけれど、鷹揚に受け止めてやれるだけの度量が、月龍にはなかった。

 邪気のない様は微笑ましいが、亮にもこうやって甘えていると思えば嫉妬心が疼いた。嬉しさと悔しさに挟まれて、いつも戸惑う。


 もっとも、今は甘えるのではなく、支えようとしているらしい。月龍の腕を自分の肩にかけ、しっかりと月龍の腰に手を回している。

 咄嗟に身を捩り、蓮の手から逃れた。


「一人で歩けます」

「でも」

「あなたの力で私を支えるのは無理だ」


 純粋に蓮の負担を考えたのではない。やはり亮のことが頭から離れないのか、瞬間的に浮いたのは苛立ちだった。


「では私が」


 言って、先程の蓮と同じように月龍を支えたのは、従者だった。

 月龍はあまり、他人に触れられるのが好きではない。まして、明らかに自分よりも非力な男に支えられるなど、屈辱としか思えなかった。

 とはいえ、従者の手まで払っては蓮が心配する。嫌悪感を我慢して、手を借りた。


「もう大丈夫だ。――公主も。お心遣い、ありがとうございます」


 臥牀に腰を下ろして、声をかける。

 体が重いのは薬のせいだから、辛いわけではない。

 むしろ、薬に頼るきっかけとなった蓮がいない方が楽になれるかもしれなかった。大儀そうに見せれば、蓮も帰るだろうと思ったからだ。


 臥牀に横になる時に蓮の顔が視界に入ったが、あえて直視しなかった。頬に痛いほどの視線を感じながら、瞼を閉じる。

 気配が離れて行くのを感じた。やっと帰ってくれたのだろう。

 安堵と、薬の力に誘われてすぐに浅い眠りに吸いこまれていった。

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