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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十六章

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第十六話 兄弟


「だがおれが死ねば、蓮は寡婦となる。以前、元譲(ゲンジョウ)様――趙公に言われた。若い身空で寡婦となり、蓮に寂しい余生を送らせるのかと。あのときは蓮のために必ず生きて帰ると約束したが、今となってはそれこそ蓮のためにはならない」


 穏やかなまま、淡々と語る。辛くないはずもないのに、やはり表情は動かなかった。


「寡婦の再婚は難しい。だがその相手が亮――王太子であれば、文句を言う者はおるまい」


 権力にものを言わせる方法は、決して珍しくない。まして亮と蓮は、月龍の存在がなければ今頃すでに婚姻関係に至っていたはずだ。元あるべき姿に戻ったと思われるだけで済むだろう。


「そしてもう一人、正当性を持つ相手がいる。蒼龍、お前だ」

「おれが?」

「そうだ。お前とおれは兄弟だから、おれと蓮の間に子供がなければ、兄弟であるお前が蓮を娶る理由になる」


 たしかにそのような習わしが古来にあったのは知っている。

 子を成さずに死んだ男の妻を、男の兄弟が娶る。二人の間に子供が生まれると、その最初の子は死んだ男の血脈という扱いになるのだ。

 月龍の子孫を残すためとの言い分があれば、蒼龍と一緒になっても蓮を悪くいう者はいないだろう。

 もっとも、子供の産めない体であることを知られれば問題にもなろうが、あえて吹聴する必要はない。


「蓮はようやく、愛するお前と一緒になれる。お前も蓮を愛しているならば、今度こそ蓮は幸せになれる」


 それで「お前にならば任せられる」となったのか。


「――ばかばかしい」


 理解すると同時、吐き捨てる。


「蓮が、あなたが死んだ後におれと一緒になる? あり得ない。そのようなことを望むくらいなら、あなたとの結婚など最初から受け入れるはずがない。蓮が了承したというなら、あなたの傍にあることを望んだからだ」

「それは――」

「蓮もおれも、もしそのつもりならあなたの意向になど構わない。今すぐ蓮を攫って逃げる」

「――ああ、それもいいかもしれないな」


 さすがに、ふざけるなと激高してほしかった。

 なのに月龍は、飄々と受け入れる。


「代わりと言ってはおかしいが――おれを殺していってほしい」

「なにを莫迦な」

「そういえば最初、お前は成り替わりを企てていたのだろう? 今ここでおれを殺し、おれのふりをして蓮の元に戻ればいい」


 言いながら考えを纏めてでもいるのか、口元に手を当てながらさらに続ける。


「たしかにいい案かもしれない。そうしたらお前と蓮はすぐに幸せになれる。おれは――『(ショウ)月龍』の名は、蓮の夫として刻まれ、なおかつ他の男が蓮の横に並ぶ姿を見ずにすむ」


 本心から言っているのだろうか。月龍の口元に滲む満足げな色が不気味だった。


「あなたの名を名乗らないと言ったら?」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。


「あなたを殺しもしない。そして蓮を連れて逃げ、蒼龍の名のまま生きる。あなたの望みは叶わない」

「それは――おれは拒絶できる立場にはないが、ともかく構わない。殺してくれないと言うなら、自分で手を下すまでだ」


 何事もないかのように、さらりと自害すると言ってのける神経が信じられなかった。


「蓮は幸せになれる、おれはこの状況から逃れられる。だからどちらでも構わない」


 言いながらまた、最後には笑顔になる。


「あとはお前が決めてくれ」


 卑怯だ。蒼龍は正面から月龍を睨む。

 お前が決めろ、などと言うが、蒼龍に選ぶ道などないに等しかった。

 月龍が提示した最初の案を呑まなければ、どちらにせよ死ぬ、と彼は言っている。

 死なせたくなければ、という脅しならばまだいい。だが彼が本気で死ぬことを希望している以上、命を絶とうとするのは疑いない。


「――わかった」


 声は嘆息に乗る。


「あなたが蓮と結婚して――戦死を遂げたら、そのあとはおれが引き受ける」


 この条件を呑むことで、とりあえず時間を稼ぐことができる。


「承知してくれるか!」


 蒼龍の返答に、月龍が嬉しそうな声を上げる。

 あなたは本当にそれでいいのかと、喉元まで出かかっていた。本当にそれを望み、実現して嬉しいのかと。

 だが問いかけは無駄だとわかっているから、言葉を飲みこんだ。


「――なぁ、蒼龍」


 微笑んで首を傾げた月龍が、呼びかけてくる。


「おれ達は出会い方を間違えたのだろうな。何事もなく、幼い頃から共に育っていたとしたら、今頃、同志となれていたかもしれない」


 共に育っていれば――虚しい仮定だった。

 そうしたら、たとえ敗れたとしても相手を素直に祝福できたのではないか。

 月龍と蒼龍が仲の良い兄弟であれば――そうありたいと望む自分の本心に、蒼龍が気づいてさえいれば。


「――そう、だな」


 頷いて、無理に浮かべた笑みで返す。


 あの日――嫉妬から、月龍に偽言を吹きこんだあの日のことを、一生悔いることになるだろう。

 妙に晴れがましい月龍の笑顔を見ながら、そう確信していた。

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