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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十六章

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第十二話 訪問


 それからはずっと、宿の部屋に閉じこもっている。

 初めの幾日かは酒に溺れた。まさに浴びるように飲み、泥のように眠る。


 だが酒に強いせいか、体は酔っているのに頭は酔えなかった。芯はずっと冴えていて、月龍と蓮の顔が頭の中でぐるぐると回る。忘れたいと思うほどに、蓮のことばかりが思い出された。

 天真爛漫な笑顔と、覇気のない像のような表情、最後に見た蒼龍を気遣う儚げな笑みが。


 ああ、何故このような事態になってしまったのか。ただ月龍を苦しめてやろうとしただけなのに。


 結局は幾度も考えたことをくり返す、堂々巡りから抜け出せない。


 こつこつ。

 聞こえたのは、扉を叩く音。

 おそらくは宿の主だ。荒んで引き篭もる蒼龍に、日に一度は食事を運んできてくれる。


 親切心ではない。宿で人死にを出すのが嫌なのだろう。それも衰弱死などされては、宿の評判に関わる。

 すでに前金として、相当な額を支払っていた。宿の規模を考えれば、数年先まで滞在できる額のはずだ。それで追い出すに追い出せず、最低限生かすための努力はしてくれる。


 反抗する気力もなかった。卓に置かれた食事をただ、口に運ぶ。

 味も感じない。食べてはみたものの受け付けず、嘔吐することもあった。

 それでもなんとか、生命を維持することはできている。


 いつもは戸を叩き、一応の知らせはするが声もかけずに入ってくる。だが今日はいつまで経っても入って来ない。

 今更返事を待っているわけでもあるまいに、と思ったとき、外から声が聞こえた。


「――蒼龍」


 びくりと身が竦む。

 蒼龍自身と、よく似た声。幻聴でなければ、相手は一人しかいない。

 会いたくないと思った。怖い、と。

 怒り狂い、暴れる彼に殺されるのならばまだいい。蓮の生死をはっきりさせられるのが怖かった。


 生きていてくれるのならばいい。だがもし死んでいたら――


 それ以上は、心が考えることを拒絶する。


「いるのだろう? 入っても構わないか」


 声は、意外にも平静なものだった。怒気の欠片も感じられない。

 蒼龍は、よろりと立ち上がった。無視はできたが、一層のことはっきりした方がいいのかもしれないと思い直したのだ。

 蓮が生きていればよし、仮に死んでいたら――月龍が蒼龍を生かしておくはずがない。きっと蓮のあとを追わせてくれる。


 もう、なにがどうなろうともかまわない。


 扉を開く。その前に立っていたのは、やはり月龍だった。

 もっとも、様子は予測とは違っていた。もっと荒れているかと思ったのに、姿形はきちんと整えられていたし、表情も穏やかだった。

 状況が状況だけに、こちらの方が異様だ。

 月龍は、扉を開けた蒼龍を見て、かすかに目を見開く。


「どうした蒼龍。随分と――酷い成りだな」


 たしかに蒼龍は酷い有様だろう。髪も手入れしていないし、食事もほとんどとれていない。鏡など随分と見ていないから確信はないが、やつれ、顔色も相当悪いはずだ。

 返答をしかねて黙る蒼龍に、月龍が小さく笑う。


「――まぁいい。実はお前に折り入って頼みがある。邪魔するぞ」

「頼み?」


 部屋に入りながら発せられた言葉に、耳を疑った。思わず聞き返す蒼龍を、月龍が少しだけ振り返る。


「その前に、今の状況を話しておかなければならないのだが――」

「そのようなことよりも蓮はどうした! 無事なのか?」


 月龍の落ち着き方は異常だ。その不気味さが、陥っていた硬直状態から蒼龍を解き放った。

 これは、狂気だ。蓮を失ったことによる狂気が、常の月龍では考えられないほどの沈着ぶりとして表れているのではないか。

 叫ぶような問いに、月龍は軽く目を瞠る。それから、くすりと苦笑した。


「そうか。お前は蓮の身になにが起こったのか――おれがなにをしたのか、知っているのか。妊娠のことといい、お前の情報網は大したものだな。いずれも極秘事項だと言うのに」


 独語めいて呟く月龍の表情に、変化はない。穏やかな笑みを浮かべたまま、静かな眼差しで蒼龍を見る。


「だが納得した。それで荒れていたのか。安心してくれ、蓮は無事だ。傷もほとんど回復している」

「――生きている」


 呆然と呟く。全身から、一気に力が抜けた。

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