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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十六章

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第五話 喉元


「――蓮」


 かけられた声に、びくりと身が竦む。

 慌てて月龍の前から逃げ出したけれど、本当の意味での逃げ場所などこの邸内の何処にもない。

 思わず飛び込んだ寝所の奥に蹲り、震える体をかき抱いていた。


「入るよ」

「来な、いで」


 月龍から発せられるのは、穏やかな声だった。だが蓮には、その優しい調子さえ恐ろしい。

 反射的に上げた拒絶に、部屋の一番奥に居てさえ聞こえるほど、月龍が深いため息を吐いた。


「大事な話だ。君にとっても悪い話ではないと思う。だから、頼む」


 大事な話、と月龍は言う。あのようなことの後で、一体なにを話そうというのか。

 言い知れぬ恐怖に襲われるも、逃れる術がないことも知っている。今度はもう、否定を口にしなかった。


 沈黙を了承と受け取ったのだろう。月龍はそっと扉を開き、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 その顔に浮かぶのは、声から連想される通りの優し気な笑みだった。


 なんと不自然なことか。

 殺されそうになったのだから、声を荒らげるのが当然の場面だ。まして気の短い月龍ならば、怒りのままに暴力を振るうだろうに。


 蹲る蓮の正面に立った月龍が、ふっと笑声を洩らす。そして、床に跪いた。


「忘れ物だ」


 言いながら、抜身のままの懐剣を差し出してくる。

 刃ではなく、柄の方だった。蓮を刺すような気配も、まるで感じられない。

 月龍は文字通り、懐剣を返そうとしているだけなのか。思うけれど、恐怖で体が竦んで動けない。受け取るために手を伸ばす動作でさえ、難しかった。


 怯えた目つきで、蓮の状況を察したのかもしれない。月龍は肩を竦めると、そっと蓮の右手を取る。

 決して乱暴にではない。月龍の手つきは、壊れ物に触れるような優しいものだった。


 けれど、怖い。触れられることそのものへの恐怖にまた、身が竦む。


「大丈夫。君に危害など加えない」


 ふと、口元に苦い笑みを滲ませた月龍は、蓮の右手に懐剣を握らせる。

 そのまま手を放してしかるべきなのに、月龍はさらにもう片方の手も添え、両手でしっかりと蓮の手を包み込む。


「このようなものでは、おれは殺せない。少なくとも、胸や腹への一突きくらいでは」


 月龍はあくまで穏やかな調子のまま、物騒なことを口にする。蓮の手の甲を撫でる手つきも、いかにも愛しげなものだった。


「よほどうまく急所を突かない限り、君の力では無理だ。よくて重傷、悪ければ軽傷くらいだろう。君の力で確実に殺そうと思えば――」


 蓮の胸元にあった手が、なすがまま上方へと移動する。そして月龍の喉元に、ぴたりと刃を突きつけさせられた。


「ここだ」


 刺してくれ。


 蓮を見つめていた月龍の目が、笑みの形に細められた。

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