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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十五章

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第五話 殺し損ね


「邵殿、蓮公主が――」


 奥から慌ただしい足音と共に、医師の声が聞こえてきたのはその時だった。

 噛み合わぬ視線を向け合っていた二人は、同時に振り返る。


「これは――殿下」


 月龍はともかく、亮までいるとは思わなかったのだろう。驚きに目を瞠り、即座に膝を折ろうとする。


「挨拶はいい。蓮の容体が変化したのか」

「まだかなり混濁してはいますが、意識が戻りました。それで――」


 医師は、視線を亮から月龍へと移す。


「邵殿にお会いになりたいと」

「必要ない」


 医師の言葉を遮ったのは、亮だった。


「お前も、合わせる顔などなかろう」


 ちらりと向けられた一瞥には、蔑みが濃く浮き出ている。

 蓮が会いたいと言ってくれた。恨み言を募らせるのでもいい。罵倒と憎しみが向けられるのでも構わない。

 浅ましくも喜びかけた月龍の望みを、亮が一言で切って捨てた。


 その通りだと思えば、反論もできない。会ってなにを言えばいい。

 謝罪など意味もなく、許されるはずもない。

 罵倒されるのでもいいと思っていても、実際にそうなったとき――亮から向けられたような蔑む蓮の眼差しに晒されて、平気でいられるだろうか。


 ――どうせまた、逃げたくなる。


「私が行こう。その方がよほど、蓮も喜ぶ」


 言い捨てるより早く、亮は寝所へと向かう。医師も、座り込む月龍を気にしてかちらちらと振り返るも、亮の後を追った。


 遠ざかって行く二人の沓音と後ろ姿。残され、月龍はどうしようもない惨めさを噛みしめていた。

 すべては自分が招いたことであり、自業自得としか言えない。


 蓮のためを思えば、別れてやるべきだった。

 涙を流すことさえできない。奇妙な感覚に、頭がくらくらと揺れた。


 まるで、あの薬を飲んだ直後のようだった。亮に受けた打撃の痛みも感じられない。

 否、むしろ痛んでいるのだろうか。激痛で意識を失うのかもしれない。


 ――このまま、なにもかも忘れて眠れたら幸せだろうか。


 朦朧としていた意識が暗転しそうになったとき、新たな痛みに襲われて我に返る。

 宙を彷徨っていた視線が焦点を合わせようとするも、うまくいかない。亮の輪郭を捉えるのが、精々だった。

 ただ影の形や自分の体勢から、殴り倒されたのだとわかる。


「――蓮がお前に会いたいと」


 告げられた言葉に、ようやく覚醒する。瞳孔が収縮し、焦点が合った。そして苦渋に満ちた亮の表情を捉える。

 今にも泣き出しそうな顔だった。亮は月龍と目が合うより早く、背中を向ける。


「帰る」


 吐き捨てる語調だった。後も見ずに立ち去る亮に、月龍ももう目も向けない。代わりに上体を起こし、近くに立っていた医師を見上げた。


「――会ってもいいのか」


 問いかけたのは、蓮の容体を心配する気持ちと、月龍が暴力を振るったことを知っているはずの医師が会せようとする意図が理解できなかったからだ。

 医師は俯いたまま、重い口を開く。


「他ならぬ公主がお望みですから」


 本来ならば会わせたくないということか。

 当然だと思えば、医師に対して怒りなどはわかなかった。

 人目がある以上、再びの暴力を恐れているのではない。月龍の姿を見たことで――罵倒するために声を荒らげることで、体に障るのを心配しているのだろう。


 そのような状況にもかかわらず、蓮が会いたいと言ってくれた。月龍のことを認識してくれた。

 嬉しいと感じてしまうのはやはり、身勝手なせいだ。


 寝所に、ゆっくりと足を踏み入れる。

 離れていたのはたった一日にも満たない。なのに愛しくてたまらなかった。片時も、離れたくない。

 早くこの目で、無事を確認したい。


「――――」


 進んだ先に、蓮はいた。臥牀の上、力なく横たわっている。

 痛々しいなどと言うのもおこがましい。それでもそう思わずにはいられないほど、蓮の姿は酷かった。


 左頬は赤黒く腫れ上がり、右目を覆うように包布が巻かれている。腫れだけでなく、切り傷もあるのか、新しい包布の上にもじわりと血が滲んできていた。

 月龍の拳は凶器にも等しい。蓮の肌は裂けていた。両手にこびりついていた血を、嫌でも思い出す。


 蓮が、仰向けていた顔をわずかにこちらに向けた。月龍の上にはほんの一瞬、そのあとすぐ医師の方を見る。


「少し――外に」


 唇が動き、発せられた声は聞き取るのがやっとの、か弱いものだった。

 患者に逆らう気はないのか、医師は不安そうな目で蓮と月龍を見やり、頭を上下にさせて退室する。


 二人きりになった空間で、なにを言うつもりなのか。蓮の痛ましい姿を見れば、期待などできるわけもない。

 呼吸さえままならないほど、心臓を締めつける圧力は強い。


 医師が出て行ったのを見届けたのか、蓮の目はまた月龍を素通りして天井へと向けられる。


「――残念でしたわね。私を、殺し損ねて」


 沈黙は、思いの外短かった。

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