表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/188

第三話 敗北


「ふざけるな!」


 叫ぶよりも早く、亮の拳が月龍の頬に叩きこまれる。

 立場が逆であれば、殴られた方は吹き飛んでいただろう。けれど、踏み止まる意図もなかったが月龍は微動だにしない。ただ俯いた横顔が、右から左に移っただけだ。

 痕跡はかすかに赤くなった左頬と、亮の右拳に残るのみ。


「何故だ。蓮を愛していると言っただろう。幸せにすると誓ったはずだ。なのに何故」


 喚きながら、亮は幾度も拳を叩きこんでくる。

 顔面を、胸を、腹を殴られながらも、抵抗一つしなかった。

 できるわけがない。月龍が蓮を瀕死の状況にまで追いやったのは事実なのだから。


 これは罰だ。蓮が受けた痛み、苦しみとは比べ物にもならないだろう。

 それでも、蓮を害した月龍に罰を与えるのは、亮が最も相応しい。


「そうか。お前はやはり、蓮を利用していたのだな。身分を求めて近づき、孕ませ――だが商と開戦したことで状況が変わり、考えを改めたか」

「――なにを」

「邪魔になった蓮を捨てようとしたのか。だが蓮に別れを拒まれ、縋られ――疎ましくなって殺そうとしたか」

「違う!」


 亮が月龍を処刑すると言うなら、それでもいいと思っていた。けれど、今の言葉を認めるわけにはいかなかった。


「おれが蓮を捨てる? 死を望む? そのようなはずがない。おれは」

「こんなにも蓮を愛しているのに、か。聞き飽きた台詞だ」


 無抵抗だった月龍が、手を振り払っても亮は怯えた様子も見せない。憎々しげに目を細め、口の端に皮肉を閃かせる。


「それが本当ならば何故、蓮に暴力を振るった? お前の子を身籠り、その誕生を心待ちにしていた蓮を何故」

「愛しているからこそ!」


 遮ったのは、自分の耳にもはっきりとわかる涙声だった。

 お前の子。亮が発した言葉に、唇をかみしめて俯く。


「蓮の裏切りが許せなかった」

「裏切り――蓮が? ありえない。おれとのことを言っているのなら、筋違いだぞ」

「違う」


 亮のこと、楊闢(ヨウヘキ)のことは関係ない。あれは月龍の指示だった。少なくとも蓮はそう思っていたし、「心」までは許さなかったことは月龍も知っている。

 けれど蓮が、自発的に身を任せた男が他にいることは事実だ。


「蓮はおれだけではなく――蒼龍とも通じていた」

「はっ、莫迦なことを」

「この目で見た。二人が臥牀の上で睦み合っている姿を」


 あの光景さえ見ていなければ、蒼龍の言葉にも惑わされずに済んだかもしれない。蒼龍の嘘だと聞き流すことができていれば、このような事態には――蓮を殺そうとするなどという暴挙には出なかった。

 俯く頬に、亮の視線が刺さる。月龍の横顔ににじみ出る沈痛の色でも眺めていたのだろうか。

 数瞬の間黙った亮は、すぐに鼻を鳴らして笑う。


「百歩譲って、それが事実だったとしよう。そしてお前は、蓮が身籠ったのが蒼龍の子供ではないかと疑ったわけだ」


 問いかけとも呼べぬ、断定的な物言いだった。否定もできず、重々しく頷く。


「それで、蓮はなんと言った。蒼龍の子だと認めたのか。あの男の子供を身籠ったから別れてほしいとでも?」

「否――」

「お前の子だ、と言ったのだろう。違うか」


 違わない、と答える代わりに、そっと頭を振る。

 殺さないで、あなたの子供を――蓮がくり返していた悲痛な絶叫が、耳の奥でこだまする。

 腹の子を守りたい一心でついた嘘だと思っていた。月龍に繋がりを感じさせ、手を止めさせたかっただけだと。


 それが許せなかった。月龍を騙してまで蒼龍の子供を産みたいと思う気持ちが、裏切りにしか思えなかった。


「ならばなんの問題もないだろう」


 月龍が刻む苦渋の表情に気づきもしないのか、亮の声は平然としたものだった。

 どちらの子供かわからない、むしろ他の男の子供である可能性が高い状況で何故、そのようなことが言えるのか。

 所詮は他人事。そう思っているが故ではないのかと、見当違いな怒りすら湧く。


「父親が誰かなど関係ない。蓮の身に宿ったのは、間違いなく蓮の子だ。愛した女の血を引く存在が、愛しくないはずがあるか」

「――――!」


 言葉を失う。

 膝が震えた。よろめき、後退した体が卓にぶつかり、力を失って崩れ落ちる。


「もし蓮が、おれの子だと言って駆けつけてくれていたら、おれは喜んで受け入れていた。おれとのことなど半年以上も前のことだ。あり得ないとわかっていても――お前の子だと承知の上で、迎えただろう」


 穏やかでさえある口調の中、亮が内包する熱が洩れ出していた。月龍を見下す目には、憎悪だけではなく侮蔑も見える。


「おれを選んでくれた、それだけですべて許せる。傍にあることを望んでくれると言うなら、それ以上のなにが欲しい?」


 ああ、と愕然と見開いた目から、涙が溢れ出す。

 亮を見上げているはずなのに、焦点が合わず、ただただ宙を見つめるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ