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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十四章

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第八話 憎悪


 蓮の妊娠を知ってからも、薬は絶やさなかった。

 もっとも頻度はかなり減り、二、三日に一度といった程度だった。それも夢に逃れようとして飲むのではない。効力が切れると訳もなく苛立ち、暴力的な衝動に駆られてしまうからだ。

 中毒になっているのだろう。禁断症状を抑えるために、次の薬に手を伸ばすしかなかった。


 ただし、ずっと続いていた悪夢にうなされることもない。幸せな夢と、わずかずつ柔らかくなった蓮の面持ちに、宙に浮いたような心地よさと共に眠りに落ちる。


「おかえりなさい」


 自失の体で帰った月龍を、蓮が出迎えてくれる。小さくほころんだ口元に、頬が強張るのを感じた。

 この笑みは、本当に月龍へと向けられたものだろうか。蒼龍の面影を重ね見ているからではないのか。

 思うほどに、悔しさがこみ上げてくる。


「何故平伏しない」


 苛立ちに任せて吐き出した言葉が、蓮の目に驚きを浮かべさせる。

 無理もない。妊娠してからは、冷たい床に座って体に障ってはいけないと、月龍が禁じた。なのに何故、と思うのは、当然である。

 きょとんと見上げてくる瞳に、以前の無邪気な光が見えた。


 ――だがこれは、月龍に向けられたものではない。


「まだ正式ではないが、ごく近いうちにおれはお前の夫となる。夫君を迎えるときには平伏してと、古来、決まっているはずだが」


 蓮が自己崩壊を始めた頃、一語一句違わぬ言葉を吐いた。

 怪訝に思わないはずもないのに、蓮は素直に膝を折る。不機嫌な月龍には逆らわぬ方がいいと学んだのか。


 床に伏せる蓮に、あたかも君主のように鷹揚に頷いて見せた。内心の狼狽を、気づかせたくなかったからだ。

 蓮は何故、これほどまでに従順なのだろう。浮かんだのは、不快を伴う疑問だった。


 外戚筋の公主である蓮は、趙靖や王、亮以外の人間に対し平伏などする必要はない。

 仮に月龍が正式に夫となっても同じだ。その足元にひれ伏さなければならないのは、月龍の方なのに。


 目頭の熱を堪えて、踵を返す。あの薬を飲めば、気分が落ち着くかもしれない。


 少し前までは、確実に月龍の精神を破壊していた薬だが、ここ最近は本来の、安定剤の役割を果たしてくれている。今夜もきっとそうなるはずだと、言い聞かせていた。

 粉末を口に含み、胃の中に流し込む。すぐにいつもの感覚が訪れた。


 けれど、伴うはずの安らぎが浮いてこない。

 その代わりなのだろうか。波間で漂うような快感の奥深くから、なにかどろどろとしたものが流れ込んでくる。

 どす黒く、薄汚い汚泥のような、吐き気すらもよおす醜い感情が。


 その正体が、見えた気がする。渦巻く怒りの感情が呼び起こした、眠れる狂気――憎悪。


 これに飲まれてはいけない。深奥部から、自分の声が聞こえた。

 だが月龍は、警告をあっさりと無視する。いきり立つ悲しみが、自制よりも感情を優先させた。


 居間では、蓮が待っていた。榻に座った姿が、斜め後方から見える。母となる喜びを、全身で表しているかの様子だった。

 そこにあるのは控えめな、それでいて存在感を主張する歓喜。


 ――他の男にもたらされたそれを、平気でおれに見せつけるのか。


 心臓が、ぎりぎりと締めつけられるような痛みを訴えてくる。

 かたんと、何気なく手をかけた半開きの扉が、小さく音を立てた。蓮も、何気ない動作で振り返る。

 しかし月龍の姿を見ると、はっと息を飲んで立ち上がった。



「――あっ……」


 蓮の顔が、恐怖に歪んでいる。悪鬼でも見つけた表情だった。

 否、蓮にとっての月龍は、悪鬼そのものかもしれない。

 月龍が足を踏み出すと、その分、押されるように蓮の足も下がった。

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