第六話 可能性
蒼龍の言葉が誘発するのは、考えたくない可能性。
頭の片隅に浮かぶそれに、あえて気づかないふりをする。本能が、拒絶していた。
月龍の葛藤などとっくに見通しているのだろう。蒼龍はさらに口を開く。
「蓮に聞いている。彼女とはうまくいっていなかったのだろう? 幾度も暴力的に犯したと聞くが」
酷いことをする。
あえて続けなかったのは、月龍自らにそう考えさせるため――その通りだと、自覚を促すためだった。
ぱた、と盃を置く。自分でも、顔色が失われているのがわかった。
血の気の引いた顔を満足気に眺め、蒼龍は笑みを刻む。
「それでもなお、蓮に愛されていると思っているのか。彼女が本当に、あなたの傍にいることを望んでいると?」
答えはおそらく、否だ。否だとわかっているからこそ、力と恐怖で縛りつけようとした。
「蓮は、子供の誕生を心待ちにしている。それが証拠だ」
「犯されて、孕まされたのに?」
辛うじて口にした反論を、蒼龍は容赦なく潰す。
そのような経緯で授かった子を愛せるか? 月龍も覚えた疑問だ。
だが、蓮ならばあり得る。憎い相手の子であっても、命に罪はない――慈悲深い彼女なら、そう考えているはずだ。
きっと、そうに違いない。祈るように考えた。
「無論、彼女はその子を愛しているのだろう。その父親へと抱く愛情と同じように」
「――なにが言いたい」
問うてはいけない。これ以上、なにも聞くな。
思うのに、身が竦んで動けない。
「兄上は忘れておいでか? ――あの夜のことを」
薄く細めた目と、優美な弧を描く口元。余裕を表す笑みに呼応して、光景が蘇る。
蓮と蒼龍が、臥牀で抱き合っていた姿が。
大好きと甘く囁きながら、蒼龍の首に回された蓮の白い腕を。
「――黙れ」
「酷いな。問われたから答えたというのに」
ぎりぎりと歯軋みする月龍とは対照的に、蒼龍は飄々と続ける。
「あれが初めてだったわけではない。始まったのは、どれくらい前だったか」
「――蓮が宿したのは、お前の子だとでも……?」
まるで回想するかのように遠い目で語る蒼龍を遮った。
口にするのも悍ましい。けれど認めないわけにはいかなかった。その可能性があることと、蒼龍がそう示唆していることを。
「さて、どうだろうな」
その通りだと頷くと思われた蒼龍は、意外にも肩を竦める。
「どちらの可能性もある。実際に生まれてきたとしても、判然とはしないだろうな。なにせおれ達は――こうだから」
言って、蒼龍は自分の頬を撫でる。
子供の顔は、判断の材料にはならない。自分達でさえ見誤るほどに似ているのだから。
胃が熱い。臓腑が煮えたぎるほどに熱を帯びているのは、怒りのためか。
月龍を欺いた蒼龍と、裏切った蓮に対しての。
「それでも、蓮が選んだのはおれだ」
そこだけが、唯一月龍が縋るべき点だった。
たとえば蓮自身、子の父親がどちらかわからなかったとしても、傍にあることを選んだのは、月龍の方だった。
初めは、逃げられなかったからかもしれない。けれど蓮は妊娠を知って以降、月龍の目を盗んで会ったにもかかわらず、蒼龍と逃げることはしなかった。
それが、すべてだ。
――そのはずだ。
「本当にそうかな?」
悔しがる様子も見せず、蒼龍はにやりと口の端を歪める。
「あなたは彼女に恨まれている。復讐したいと思われているのではないか?」
「それは」
否定はできない。蓮を心身共に深く傷つけたのは、紛れもなく月龍なのだから。
「おそらく蓮は、あなたの本当の気持ちを知っている。ただ彼女を失うより、もっと深い絶望を味わわせるためではないか」
「なにを――」
「あなたに散々偽りの幸せを与えておいて、いざとなったら逃げる。――まあ、あなたは立ち直れないだろうな」
語られる状況を想像するのは、容易だ。今までもずっと、その恐怖に怯えてきた。幸せを実感していればいるほど、絶望が強くなるのは自明の理だった。




