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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十四章

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第六話 可能性


 蒼龍の言葉が誘発するのは、考えたくない可能性。

 頭の片隅に浮かぶそれに、あえて気づかないふりをする。本能が、拒絶していた。

 月龍の葛藤などとっくに見通しているのだろう。蒼龍はさらに口を開く。


「蓮に聞いている。彼女とはうまくいっていなかったのだろう? 幾度も暴力的に犯したと聞くが」


 酷いことをする。

 あえて続けなかったのは、月龍自らにそう考えさせるため――その通りだと、自覚を促すためだった。

 ぱた、と盃を置く。自分でも、顔色が失われているのがわかった。

 血の気の引いた顔を満足気に眺め、蒼龍は笑みを刻む。


「それでもなお、蓮に愛されていると思っているのか。彼女が本当に、あなたの傍にいることを望んでいると?」


 答えはおそらく、否だ。否だとわかっているからこそ、力と恐怖で縛りつけようとした。


「蓮は、子供の誕生を心待ちにしている。それが証拠だ」

「犯されて、孕まされたのに?」


 辛うじて口にした反論を、蒼龍は容赦なく潰す。

 そのような経緯で授かった子を愛せるか? 月龍も覚えた疑問だ。

 だが、蓮ならばあり得る。憎い相手の子であっても、命に罪はない――慈悲深い彼女なら、そう考えているはずだ。

 きっと、そうに違いない。祈るように考えた。


「無論、彼女はその子を愛しているのだろう。その父親へと抱く愛情と同じように」

「――なにが言いたい」


 問うてはいけない。これ以上、なにも聞くな。

 思うのに、身が竦んで動けない。


「兄上は忘れておいでか? ――あの夜のことを」


 薄く細めた目と、優美な弧を描く口元。余裕を表す笑みに呼応して、光景が蘇る。

 蓮と蒼龍が、臥牀で抱き合っていた姿が。

 大好きと甘く囁きながら、蒼龍の首に回された蓮の白い腕を。


「――黙れ」

「酷いな。問われたから答えたというのに」


 ぎりぎりと歯軋みする月龍とは対照的に、蒼龍は飄々と続ける。


「あれが初めてだったわけではない。始まったのは、どれくらい前だったか」

「――蓮が宿したのは、お前の子だとでも……?」


 まるで回想するかのように遠い目で語る蒼龍を遮った。

 口にするのも悍ましい。けれど認めないわけにはいかなかった。その可能性があることと、蒼龍がそう示唆していることを。


「さて、どうだろうな」


 その通りだと頷くと思われた蒼龍は、意外にも肩を竦める。


「どちらの可能性もある。実際に生まれてきたとしても、判然とはしないだろうな。なにせおれ達は――こうだから」


 言って、蒼龍は自分の頬を撫でる。

 子供の顔は、判断の材料にはならない。自分達でさえ見誤るほどに似ているのだから。

 胃が熱い。臓腑が煮えたぎるほどに熱を帯びているのは、怒りのためか。

 月龍を欺いた蒼龍と、裏切った蓮に対しての。


「それでも、蓮が選んだのはおれだ」


 そこだけが、唯一月龍が縋るべき点だった。

 たとえば蓮自身、子の父親がどちらかわからなかったとしても、傍にあることを選んだのは、月龍の方だった。

 初めは、逃げられなかったからかもしれない。けれど蓮は妊娠を知って以降、月龍の目を盗んで会ったにもかかわらず、蒼龍と逃げることはしなかった。

 それが、すべてだ。

 ――そのはずだ。


「本当にそうかな?」


 悔しがる様子も見せず、蒼龍はにやりと口の端を歪める。


「あなたは彼女に恨まれている。復讐したいと思われているのではないか?」

「それは」


 否定はできない。蓮を心身共に深く傷つけたのは、紛れもなく月龍なのだから。


「おそらく蓮は、あなたの本当の気持ちを知っている。ただ彼女を失うより、もっと深い絶望を味わわせるためではないか」

「なにを――」

「あなたに散々偽りの幸せを与えておいて、いざとなったら逃げる。――まあ、あなたは立ち直れないだろうな」


 語られる状況を想像するのは、容易だ。今までもずっと、その恐怖に怯えてきた。幸せを実感していればいるほど、絶望が強くなるのは自明の理だった。

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