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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十四章

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第一話 結果


 隠しきれない想いに、足音を響かせながら居間へと入って行く。

 月龍の感情を期待へとさらに傾けたのは、門前の衛士に声をかけられたことだった。


 日中、医師が訪ねてきたけれど、蓮公主はどこかお加減が悪いのですか、と。


 月龍が蓮を軟禁状態にするまで、彼は蓮の護衛として度々言葉を交わしていたはずだ。姿を見ることができなくなって、さらには医師までやってきては心配するのも当然だろう。


 だが医師を呼んだということは、妊娠の可能性が誤解ではない証だった。亮に担がれたわけでもなく、蓮自身もそれを自覚しているということだろう。


 大丈夫だと衛士に声をかけ、より忙しくなった鼓動を感じながら蓮の元へと急いだ。

 乱暴な足音に驚いたのだろうか、(こしかけ)に座っていた蓮の身が、びくりと竦む。

 水でも飲もうとしていたのか、盃を手にしていた。

 月龍が戻ってきたことに気づくと、蓮は盃を卓に置いて平伏しようとする。


「おかえりなさいませ」


 膝をつき、けれどその手が床に触れる前にその手首を掴む。引き上げるように立たせ、そのままの勢いで抱きしめた。

 いつもとは違う月龍の態度に、蓮は特に反応もしない。不可解な言動は今に始まったことではないから、一々驚かないのだろう。

 あの薬の使用を連日に――毎日ほぼ二度にしてから、月龍の浮き沈みはさらに激しくなっていた。だから、どうせいいつもの発作に違いないと、蓮の無表情が語っている。


 いつもであればここで、虚しさに囚われていた。手を上げていたかもしれない。

 けれど今日は、そのような虚しさなど比べものにならないほどの歓喜に、胸が震えている。



「亮に聞いた。子供ができたのかもしれないと」


 無表情のままながら、蓮の顔が凍りつく。長い睫毛が震えて、動揺を表していた。

 蓮が見せる愁色に気づかなかったわけではない。だが気にもならなかった。薬がもたらした効果ばかりではなく、訪れたかもしれない幸福が目隠しをする。

 少し身を離して、蓮の両肩に手を乗せた。腰を曲げて、正面から顔を覗きこむ。


「医師が訪ねてきたとも聞いた。結果はもう、わかったのだろう?」


 なるべく優しい声を作っての問いかけに、蓮の瞳が揺れた。

 妊娠していなかったのだろうか。ただの体調不良だったから、喜ぶ月龍に水を差すのをためらっているのかもしれない。

 機嫌を損ねて、暴力を振るわれることを恐れているのだろうか。


「――どちらの答えをお待ちなのですか。子が宿っているのと、いないのと」


 静かに発せられたのは、おかしな質問だった。


「なにを言っている。おれの希望など関係ない。本当のことを教えてくれ」


 現実はどちらかひとつだけだ。それが必ずしも月龍の希望に沿うとは限らない。

 蓮の唇から、ため息が零れ落ちる。そして、そっと右手を下腹部へと伸ばした。


「子供は――います。ここに」

「そうか!」


 俯いた蓮が告げた短い言葉は、月龍を一気に有頂天にまで押し上げる。近い将来訪れる予想図が、脳裏に広がった。


 今からならば、生まれるのは秋の終わりか冬の初めだろう。

 強くて逞しい男の子がいい。自分の持つ力をすべて注ぎこんで、優秀な武人に育て上げよう。

 それとも、これからは亮のように先見の明に優れていた方がいいのか。

 否、それならば女の子もいい。蓮によく似た娘なら、どれほど美しく成長するだろう。蓮のように愛らしく、優しい少女になってもらいたい。


 どちらにせよ蓮の子供だ。可愛いに決まっている。


 正直に言えば、子供は好きではない。世話がかかるばかりでなんの役にも立たず、鬱陶しいだけだ。

 以前は、たとえ自分に子供ができたとしても可愛いなどとは感じないと思っていた。

 だというのに、蓮が子を宿したと知っただけでこれだけの喜びに見舞われるとは。

 血を分けた子供と言うのは、それだけで魔力でもあるのか。それとも、蓮の子だと思うからなのか。

 いずれにせよ、込み上げてきた涙は喜びに類いするもので、僥倖とはこれかと実感する。


 ならば元々子供が好きな蓮は、どれほど嬉しいだろう。月龍をはるかに凌駕する喜びに、うち震えているはずだ。

 微笑みを期待しながら顔を覗きこむ月龍の目に、それは映らなかった。

 見えるのはいつもと同じ――それ以上に暗い表情だった。

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