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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十三章

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第八話 相見互い


「――ねぇ、殿下」


 しっとりと呼びかけてくる、涼やかな声。

 幼い頃から憧れ続けた嬋玉の姿は、初めて出会った頃と少しも変わらない。幼児の頃は見上げていた美しい顔を、こうして見下ろすようになったことくらいだろうか。


 そう、いつの間にか嬋玉の身長を追い抜いてしまっていた。

 だから嬋玉は、こうやって亮を見上げるのだ。蓮と同じ、大きな琥珀色の瞳で――


「あなたは大丈夫?」

「大丈夫、とは」

「だって、あなたは蓮のことが好きなのでしょう? 蓮が月龍と結ばれて、子を授かって――それでもあなたはそうして二人を祝福して。辛くはないの?」


 咄嗟に否定しかけて、その愚かしさに自嘲する。嬋玉は、亮が自分の気持ちに気づくより早くそれを知っていた。今更ごまかされてはくれないだろう。


「嬋玉殿には敵わないな」


 素直に認める。むしろ指摘されたあのときに認めていれば、なにかが変わっていたのかもしれないが、言っても詮無いことだ。


「辛くないと言えばさすがに嘘になるか。だがあのとき、嬋玉殿に言われた言葉が効いている。おれと月龍にいがみ合ってほしくない、だったか。嬋玉殿の頼みを聞かぬわけにはいかないからな」

「殿下――」

「いやいや、嬋玉殿のせいだと言っているのではない。なによりの理由は――やはり蓮だな」


 嬋玉の眉が歪むのを見て、慌てて否定する。こういうときにふざけた物言いをしてしまうのは、亮の悪い癖だった。

 けれど蓮の名を出せば、少しは神妙な気分になる。ふっと細いため息に、笑声を乗せた。


「嬋玉殿ではないが――おれと月龍が本気で憎み合ったりしようものなら、蓮もまた悲しむだろう。あれの泣く顔など、見たくはない」


 虚勢ではない。寂しさは禁じ得ないけれど、蓮が幸せなのだと思えば不思議なほど心は落ち着いている。


「蓮は、本当に愛されているのね。羨ましい」


 宥めるつもりなのだろう。発せられた呟きに、ついくすりと笑みが洩れる。


「そのようなことを言うものではないな、嬋玉殿。あなたがおれに気があるのではないかと、自惚れてしまうぞ」

「でも――蓮でなくては駄目なのでしょう?」


 嬋玉の言葉は、亮の軽口の肯定だろうか。驚きに、笑みが消える。

 もしかしたら亮と同様、嬋玉もふざけているのではないか。


 ――きっと、そうだ。


 思いたくて表情を確かめようとする亮の目から逃れるように、嬋玉が腕の中に飛び込んでくる。

 反射的に抱き留め、だがどうしていいのかわからず、呆然とするしかできない。


「嬋玉、殿?」

「私では、あなたの慰めになりませんか? あの子の代わりとしてでも――私は、それでも」


 構わないと言うつもりなのだろうか。自分の腕の中から見上げてくる嬋玉の双眸に、戸惑いを禁じ得ない。


 嬋玉は初恋の相手だ。しかもその容貌は、見紛うほどに蓮とよく似ている。瞳の色も、目鼻立ちも、甘い声も、すべてだ。

 まるで数年後の、成長した蓮が、潤んだ瞳で誘っているかのような錯覚に襲われる。


 抱き留めただけのはずだった腕に、力が入った。

 胸の高鳴りの割りに、心臓は動いていないのだろうか。血の巡りが悪くなっているかのように、頭がぼんやりとする。

 ほとんど意識のないまま、すっと唇を寄せ――

 瞳を閉じた嬋玉の、悲しげな眉にふと、思い留まる。


 ――そして、気づいた。


 くすりと苦笑を洩らして、そっと、嬋玉の額に口づける。


「――殿下?」


 口づけの場所が予想と違ったせいだろう。目を上げた嬋玉の表情に、驚きが見える。

 屈めていた上体を起こして、流れてきた前髪を無造作にかき上げた。


「たしかに嬋玉殿は蓮に似ている。だが、残念ながらおれは、少しも父上に似ていない」

「――――!」


 笑みを交えた一言に、嬋玉の顔色がまともに変わる。その反応が、亮の予想を裏づけた。


 嬋玉は、寂しかったのだ。亮に、愛する人の面影を重ね見たかったのかもしれない。

 亮の傷心を慰めたく思ったのも、真実だろう。亮は嬋玉に蓮を、嬋玉は亮に王を重ねて、互いに癒し合えると思ったのではないか。


 嬋玉らしくもない、弱音。その弱さを晒し、頼ってくれたのだと思えば嬉しくはあった。

 けれど、誘いに乗るわけにはいかない。父王の代わりが嫌なのではなかった。自分のためであり、また嬋玉のためでもある。

 互いの傷を舐め合っているつもりが、傷口を牙で引き裂くことになりかねないのを、亮は知っていた。

 蓮に望まれるまま、心の通わぬ情事を交わしたときの虚しさを思い出す。あのような想いを、嬋玉にはさせたくない。


 ようやく自覚した。嬋玉と亮は似ている。愛する相手に手が届かぬことを、自分自身で受け入れてしまったところが。


「それに、おれはまだ嬋玉殿より年上にはなれていない。まだまだ、あなたの手のひらで転がされている子供だからな。嬋玉殿に相応しい男ではない」

「――まぁ」


 昔、嬋玉が亮と月龍を煙に巻いた時の台詞を引き合いに出す。冗談めかした口調に、苦いながらも嬋玉の顔にも笑みが戻った。

 くすりという笑声のあと、嘆息が続く。


「ごめんなさい、殿下。私、どうかしていたみたい。おかげで正気に戻れました。――ありがとう」

「いやいや、とんでもない。嬋玉殿を我がものとできる好機をふいにしてしまった。惜しいことをしたと、すでに後悔しているところだ」


 おどけた仕草で肩を竦めると、嬋玉も悪戯めいた瞳で笑った。

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