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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十三章

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第七話 過去


「それで――月龍の様子はどうでした?」

「どう、とは」


 心配そうに柳眉を歪める嬋玉への、返答につまる。


 月龍の後ろ姿を見送った後、亮はその足で嬋玉を訪ねた。珍しいことではあるが、一人ではいたくない気分だったのだ。

 訪ねた亮を、嬋玉はいつものように歓待してくれた。だが何処か、いつもと違う雰囲気がある。

 それがなにかと考えかけた矢先の質問に、戸惑った。


「午後の訓練にも出ず、慌てて帰って行った。よほど嬉しかったのだろうな。まぁ、無理もないが」


 心から愛した女性が、自分の子を宿した。嬉しくて当然だ。亮が月龍と同じ立場であれば、やはり同様の行動をとったに違いない。

 もっとも、その僥倖が月龍のものとなった以上、亮がその経験をすることはなくなったのだけれど。


 一抹の寂しさが、嬋玉の元へと足を向けた理由だった。

 同時に、仕方がないと諦めているのも本心である。立ち去るとき、月龍が肩越しに見せた白い歯に、我がことのように嬉しくなってしまったのだから。

 酷いお人好しだな。自分をそう評し、苦く笑う。


「では――月龍は喜んでいたのですね?」

「筆舌に尽くし難し、といった様子だったな」


 確認するように尋ねてくる嬋玉に、重ねて頷いて見せる。そうですか、と小さく洩れた嬋玉の呟きに、首を傾げた。


「なにか、気になることでも?」

「少し――ねぇ、殿下、あの二人、なにかあったの?」


 心配げに発せられた質問に、ぎくりと身が竦む。

 以前はなにか動きがあるたびに、報告に来ていた。しかし、月龍が蓮のためにと別れようとした、あのとき以降訪ねることはしなくなった。昨日、嬋玉の呼び出しに応じたのが、数カ月ぶりの訪問だった。

 弟にも等しく思っている月龍の非道を知れば、嬋玉は心を痛めるに違いない。そう考えたのも事実だが、理由はそれだけではない。


 怖かったのだ。


 あのとき亮は、月龍の暴言に便乗する形で蓮を抱いた。嬋玉の目から見れば、蓮を悲しませたことにおいて亮と月龍は同罪だろう。

 自覚がもたらす後ろ暗さと、事実を知られて嬋玉に幻滅されることが怖かった。

 思わず口ごもったことが、返事となった。


「そうなのね? なにがあったか、殿下はご存じなの?」


 ご存じもなにも、罪の一端を担っている。

 自嘲の笑みを刻んだ口元で紡ぐ言葉は、自己弁護も兼ねていた。


「いやまぁ、かなり前のことだし、片はついているはずだ。うまくいっていなければ子が宿ることもないだろうし、あれほど嬉しげにするはずもない」


 後半は、亮が抱く希望でもあった。蓮だけでなく、月龍にも幸せになって欲しいと願っているのは、心の底からの本音である。


「そう、ですわね。――きっと、私の思い過ごしね」


 ふっと笑みを洩らす嬋玉の声は、自分自身に言い聞かせるかのようでもあった。

 なにか気にかかることでもあるのか。不意に心配に駆られた亮が口を開くよりわずかに早く、嬋玉は微苦笑と共に首を傾げた。


「なんて、蓮のことを心配しているようなことを言っているけれど、本当は蓮に嫉妬しているだけかもしれませんね」

「嫉妬?」


 意外な言葉だった。月龍の子を宿した蓮に嫉妬するとは、嬋玉は月龍に惚れてでもいるのだろうか。


「好きな人の傍に居て、好きな人の子供を産める蓮が、羨ましいのかも」

「――ああ」


 そういう意味か。納得と同時に、胸が詰まる。

 嬋玉が一途に想い続けている相手は、彼女を顧みなくなってもう、十数年が経った。亮が覚えている嬋玉は、いつもこの部屋に一人座り、亮たちを優しく出迎えてくれる姿だった。

 そのような境遇に身を置く嬋玉にとっては、蓮が羨望の対象となるのも無理からぬことかもしれない。


「殿下は幼くてらしたから、きっと知らないでしょうけれど――私も、子を宿したことがあるの」

「――え?」

「あなたの妹君にあたる子を、ね」


 嬋玉の静かな笑みがもたらしたのは、亮には初耳のことだった。息を飲んだ後、思わず問う。


「その子は、どうなされた――?」

「亡くなりました。生まれる前――まだほんの、小さい頃に」


 洩れた苦笑に、愚かなことを訊いたと後悔する。亮に妹はいない。それがすべてを物語っているというのに。

 謝罪することすら申し訳なくて、沈黙を友とする。


「あのとき、私はちょうど今の蓮と同じ年頃で。でも、御子を生んで差し上げられなかった。あの頃からだったかしら。陛下が、私の元に来て下さらなくなったのは」


 隠そうとはしているようだけれど、嬋玉の面を心痛が飾っている。

 蓮の妊娠が、幸せだった過去と失った子供のことを思い出させたのか。いつも以上の儚さの原因を見た気分ではあったが、かけるべき言葉など見つかるはずもない。

 嬋玉をこうして悲しませているのは、他でもない亮の父親なのだから。

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