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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十三章

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第四話 柵


 亮に呼び出されたのは翌日、昼を少し回った頃だった。

 昨日の今日である。やはり蓮が、嬋玉にでもいらぬことを吹きこんだのかもしれない。そのための咎めがあるのではないか。

 否、咎められるだけならばいい。亮に仲を引き裂かれるのではないかと、気が気ではなかった。


 ――だから、懐剣を二本用意した。一本は部屋前の兵士に預けるためのもの。預けてしまえば、二本目は疑われない。

 それを帯深くに隠し、いざとなれば亮の喉をかき切るつもりだった。


 けれど、形容しがたい顔の亮に出迎えられて、月龍は困惑する。

 怒りに顔を歪めているのであれば、わかりやすい。だが眉間にしわを寄せ、険しい目つきをしながらも、口元は笑みをかみ殺しているようにも見えた。


「悪いな、訓練の最中に呼び出して」


 促されるまま向かいに腰かける。亮の美しい唇から滑り出たのは、珍しく殊勝な声だった。


「だが、どうしても言わねばならんことが三つあってな」

「――三つ?」


 訝しく問い返すと、そう、と亮が頷いた。


「まず一つ目は悪い知らせだ。二つ目は、お前にとって耳の痛い話だろう。そして三つめは――まあいい」


 腰を下ろした月龍の前に、盃が置かれた。亮が自分の盃を用意して向かいに座るまでの、ほんの少しの間を持て余し、月龍は酒で唇を湿らせる。


「まずひとつめだが、これはお前に、というよりも国家全体における痛手だ。妹喜が洛水の畔に遠ざけられることが、昨夜決定した」


 王の堕落に、妹喜がかなりの割合で加担しているのは周知の事実だった。それが遠ざけられるのであれば、喜んでしかるべき決定だ。

 なのに何故、国家の痛手などと言うのか。

 怪訝な面持ちで月龍の考えを読んだのだろう。亮は、やれやれ、と言った顔で大袈裟に肩を竦め、両手を広げた。


「だからお前は無骨者と言われるのだ。女心が少しもわかっていない。このような男が相手では、蓮はまだまだ苦労させられるな」


 物言いに、ぴくんと眉が跳ねるのを感じた。

 腹を立てたのではない。驚きと期待に見舞われたのだ。


 口ぶりではまだ、亮は月龍と蓮の仲を認めているようだ。だとすれば不仲を知られたわけではないのかもしれない。

 今の月龍にとっては、妹喜も国家も所詮他人事で、蓮の傍に居られるか否かの方が重大だった。


「岷山が降伏してきたときに差し出された女たちを、色欲じじいは大層気に入ってな。妹喜はもう、とっくに顧みられなくなっていた。まぁそれはいい。今までの悪行が祟ったのだ、ざまを見ろ、といったところか」


 口の悪い言い方ではあったが、全面的に納得する。だからこそ先程の疑問を感じたのだ。


「問題は何故、わざわざ洛水にまで連れて行くのか、ということだ。興味がなくなったのならば、不遊宮に落とせばいいだけなのだからな」


 たしかに。続けられた言葉にも、頷く。


「それをわざわざ他所の土地にやるのは、二度と顔を見せるなとの宣言に他ならない。――さて、そういった場合、女はどう思い、どのような行動に出ると思う?」


 問いかけの中に、どうせお前にはわかるまい、との声が含まれている。亮の思惑に乗る形で、月龍は頭を振った。


「蓮や嬋玉殿のような慎ましい女性ならば別だが、大概の場合は恨みに思うだろうな。それが長年連れ添った悪事の片割れならば特に、だ」


 そのようなものか。感心するように、ただ耳を傾ける。


「そこで思い出してもらいたいのが、伊尹のことだ」


 かつて妹喜と私通を重ねていた男。

 夏では御膳官にすぎなかったが、商に投降して以降、めきめきと頭角を現した。出世の道を辿り、短期間で商の宰相にまでなってしまった。

 天乙は伊尹に全幅の信頼を寄せ、世の諸侯は天乙の人望に心を寄せている。亮が予想した通り、伊尹と天乙は王にとって最強の敵となった。


「妹喜は愚かな阿婆擦れだ。旧知の仲である伊尹を、未だ仲間と思いこんでいるだろう。おそらくは嫌がらせのつもりで、親父の弱点や軍の欠点を伊尹に教える」


 まさかそのようなと、楽観はできない。なにせ妹喜なのだ。あり得る話、というよりは、そうなるだろうとしか思えない。


「そうなった場合考えられる可能性は一つ、近いうちに起こる反乱による朝廷の滅亡だ」


 順を追って説明する亮に対し、かけるべき言葉を見出すことができない。なにが楽しいのか、滅亡と言ったときには不敵な笑みを浮かべていたのだから。


 否、もしかしたら朝廷が滅びてしまった方が嬉しいのかもしれない。


 誰よりも父王を見限っているのは、他ならぬ亮だった。けれど王子である立場上投降もできず、結果、有り余る才能を埋もれさせている。

 夏という呪縛がなくなれば、亮は自由の身だ。彼ほどの明晰な頭脳の持ち主ならば、身元さえ知られなければ、どこの国でも優秀な参謀としてやっていける。

 だとしたら、王朝という(しがらみ)は厄介なだけなのかもしれない。

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