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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十二章

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第十三話 嘘でも本音でも


 蓮は――無言で月龍を見つめている。本心を探っているのか。

 促されるままにそう言えば、やはり別れたいのかと暴力を振るわれることを恐れているのかもしれない。


「頼む、蓮、今だけだ」


 声に、懇願を乗せる。


「おれは身勝手だ。一瞬あとにはまた、自分のことしか考えられなくなるかもしれない。君を力でねじ伏せようとする可能性を否定できない。だからおれの気が変わる前に、君を自由にしてあげたい」


 なにを言っているのか。解放してくれるというのなら四の五の言わずに別れてくれればいいのに。

 無表情の上無言なのに、冷たく言い放つ蓮の声が聞こえた気がする。


「ならば、大嫌いでも構わない」


 嘘でも、実感のこもった愛情など口にしたくないのだろうか。悲しみのために歪む眉を自覚しながら、さらに懇願する。


「それならば簡単だろう? 君の本音なのだから」

「――なにを望んでいるのですか」


 甘ったるさを内包していたはずの声が、今では尖っている。凛として美しくはあっても、それは月龍を拒絶するために発せられたものだ。


「私に、なにをさせたいのですか。あなたが別れたいとお思いになっているのであれば、そうなさればいいのに」

「別れたくなどない」


 答えたのは、ほぼ反射的なものだった。


「別れたいはずがない。君の傍に居たい。だがそれは、おれだけの話だ。君は違うだろう?」


 跪いたまま、蓮の両腕を掴んだ。痛がらせるつもりも怖がらせるつもりもないのに、力が入ってしまう。


「大好きでも、大嫌いでも構わない。嘘でも本音でも――その言葉で、おれの望みを完全に断ち切ってくれ」


 見上げる月龍の目を見つめ返す蓮から、わずかながら動揺が感じられた。

 逡巡しているのだろう。瞳が揺れている。


 かすかに浮かぶ喜色は、これで別れられるという期待のためだろうか。

 同時に見える不安は、月龍への不信だった。本音を言えば怒られるかもしれず、あるいは心にもない空音を言わされた挙句に別れてもらうこともできない、などという展開を恐れているのかもしれない。


 あとは蓮に任せよう。別れたいと思っているのなら、月龍が望むどちらかの言葉を言ってくれる。そうなったら宣言通り、別れてあげようと思っていた。

 蓮がそれを口にしてくれるのは、月龍が約束を守ることを前提としている。少なくとも、そう信用してくれたと思うことはできる。


 もう、それだけで充分だ。


 だがもし言ってくれなかったら、ほんのわずかな信用さえ置けないと言われたことになる。

 未練がましい自らの性格を知っていた。別れるための踏ん切りがつかなくなり、きっとまた、力で支配する。別れられる好機をふいにした蓮が、傍に居たいと思っているのではないかと期待してしまう。


 蓮のために別れたい、自分のために別れたくない。

 信じてもらいたい、信用されていなくとも傍に居たい。


 どちらも本心だった。二重の二律背反が、心を四方に引き裂こうとしている。


「私は――」


 祈りをこめて見上げる月龍の目を見下ろし、蓮は静かに息を吐き出した。ため息に乗った声が、震えている。


「あなたを、愛しています――月龍さま」

「――はっ……」


 美しくはあっても感情のない声に、全身の力が抜けるのを感じていた。


 悲しかった。ほんの少しの信用ももらえなかった我が身が。偽りでもよかったのに、望みを拒絶されたことが。

 嬉しかった。これで別れずにすむと――傍に居ることを望んでくれていると思いこめる状況ができたことが。


 自分の瞳を濡らす涙が、悲喜、どちらの感情に由来するのかはわからなかったけれど。


 正気であれば、必死で堪えていただろう。

 けれど理性が乏しくなった今、まして薬を用いた状況で、溢れる涙を抑えきれなかった。

 双眸から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。両膝を屈したまましがみつくと、蓮は月龍の体を支えきれず、同じように床に崩れ落ちた。倒れかかってきた蓮を、さらにきつく抱きしめる。


 自分を抱きしめたまま、声を上げて子供のように号泣する月龍に、蓮は迷惑そうな顔をすることはなかった。

 もっとも受け入れてくれるわけでもなく、ただなされるがまま、あらぬところを見つめている。

 それが悲しくてまた、涙に拍車をかけた。


 この夜は蓮に手を上げずにすんだ。代わりに一晩中、蓮を掴まえたまま泣き続けた。

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