第十一話 破談
帰ってきた月龍を、蓮はいつものように平伏して出迎えた。その様子を直視できず、すぐに寝所へと駆け込む。
薬を飲めば、少しは落ち着くかもしれない。蓮と話をするのは、それからの方がいい。
月龍の腹積もりなど、蓮は知らない。なのに出迎えてくれた彼女を無視して足早に奥へと向かっても、無反応だった。自分がやるべきことだと思いこんでいるらしい月龍の食事を用意すべく、厨に向かっている。
背後でその動きを感じながら、ふと虚しくなった。
薬の使用を知ったとき、蓮は諫めてくれた。体を壊すからと止めてくれる蓮に感じたのは、理不尽な怒りだった。
蓮が笑ってくれれば、薬など不要だ。笑顔を封じ、感情すら見せずに月龍を追いつめているのは蓮なのにと、暴力を振るった。
幾度かそれをくり返していたら、蓮はもうなにも言わなくなった。痛みに懲りたのか、恐れたか。今度は見てみぬふりをするようになった蓮に、腹が立った。
お前の体などどうなってもいいと言われているようで――薬で廃人に、もしくは死んでくれればいいのにと思われているようで。
それが辛くてまた、薬に溺れる。
酒で薬を流し込み、臥牀の脇にしゃがみこんだ。眩暈にも似た浮遊感が体に満ちるのを待って、引き返す。
見つけたのは、蓮の後ろ姿。以前から細かった肩は痩せ衰え、さらに細くなったように見える。
蓮の背中が物語っていた。今更なんと言われても、たとえ何度謝られても許す気はない。信じる気になどならないのだから、対話をするだけ無駄なのだと。
「――蓮」
後ろから抱きしめると、蓮は卓の上に皿を並べていた手を止める。
できるだけ怖がらせたくなくて、そっと耳元に囁きかけた。
「おれと――別れたいか」
ぴくりと、蓮の指先が震えた。
なにか感情が動いたのだろうか。期待をこめて後ろから覗き見てみたけれど、冷たい横顔があるだけだった。
「兄さまがお許しにならないでしょう」
たしかに、趙靖にはすでに結婚の許可を得ている。こうやって同居まで許されている以上、周囲にも二人の仲は知れ渡っていた。その上で破談になれば、蓮の名にも傷がつく。
「大丈夫だろう。おれの悪評は有名だ。弄ばれて捨てられた可哀想な公主と思われるだけで済むのだから」
同情と憐憫が蓮の上に集まり、月龍にはさらなる悪評が付加される。
なにより、たとえ蓮が中傷されたとしても亮が放っておくはずがない。亮の正妃となれば、口さがない連中とて大っぴらに批判することはできなかった。
趙靖は月龍を認めてくれた。けれどもし、亮が蓮と一緒になるというのであれば反対はしない。むしろ喜ぶのではないか。
「あなたがそう望むなら」
「おれの望みは関係ない。君の気持ちを訊いている」
愛想のない口ぶりではあったが、それでも月龍なりに、精一杯の優しさを声にこめた。




