第参拾参話 自慢の
鮮やかな色の世界は一瞬にしてモノクロの世界へと姿を変えた。時は極限まで引き延ばされてファルの眼には止まって見えるほど遅かった。思考は加速され、一点を見つめる。
するとそこに一筋の光の線のようなものが視えた。手を伸ばしてもそれには届かない。だが、手を伸ばす事をやめるわけにはいかなかった。
糸を手繰り寄せるかのように。
運命を手繰り寄せるかのように、手を懸命に伸ばす。
はたして届いたところであれに触れられる事は出来るのだろうか。不安が押し寄せるが、それでも手を伸ばした。
そして右手はそれを掴む。だが、触れた感覚などない。それでもたしかに掴んでいるとファルは覚った。
掴み、それを捩じり、切った。
不意に左手に妙な感覚があり、左手を見れば何かを掴んでいた。それを今しがた捻じ曲げた右手に重ねた。
異なる糸をつなぎ合わせた瞬間、世界は色を取り戻したのだった。
大剣は地面に、着いた。
だが、それは重力によって地面に着いたのだ。誰の力も加わっていない、ただの大剣の重みで地面へと着弾した。
ガラン、と大剣は地面へと転がった。
それは乾いた音だった。
悲しい音だった。
リャーカは眼を深く瞑り、視線を逸らさずにはいられなかった。
金属の次にした音は重たいものが地面へと崩れる音だった。
やけに耳に響く、頭の中に残るような音。
一生、忘れる事が出来ないであろう音。
二度と、聞きたくない音。
クラウはまるで寝ているかのようだった。その顔は苦痛になど歪んではなく、むしろ満足したかのように微笑んでいる顔をしていた。
ファルはすぐにリアの元へと駆け寄る。首に手を回して上半身を抱き上げた。
息は、している。気絶しているだけだった。ホッと胸を撫でおろすがリアが眼を覚ますまでは安心なんてものは出来ない。
はたして眼を覚ました時に、リアはリアなのだろうかという不安がよぎる。考えても仕方がない事だとはわかっているが、考えられずにはいられない。とりあえず今は無事なことに感謝をしよう。戦いは終わったのだ。
そんな事を考えていると、影が射した。
「リャーカさ――」
リャーカならリアを癒す事もできるだろう。そう思って声をかけたが、それは途中で止まった。理由は簡単だ。その影の持ち主がリャーカではなかったからだ。
見た事がない容姿。背丈はリャーカと同じぐらいありそうだし、ガタイもいい。でもなぜか、リャーカよりも見た目は全く違うがクラウを連想してしまう。
「だ、だれ……?」
知っている。知っているはずだ。だが、思い出せない。
自分を見下ろす視線からは感情を読み取れない。
不意に視線を外されてその者の視線はクラウへと移動した。そして硝子細工を触るかのようにクラウを優しく持ち上げ歩き出す。向かう場所はリャーカの前だった。
「クラウを頼む」
「……立派だったわよ」
「当たり前だ。自慢の、仲間だ」
部下ではなく、仲間という言葉を使った。そこからどんなにクラウを信頼していたかがわかる。
クラウをリャーカに引き渡して、来た道を戻って行く。そして再びファルの前へと立つ。
「……最終ラウンドだ」
ギリは低い声でそう告げた。




