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運命の錬金術師  作者: 夜行
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第参拾弐話 赤




 たしかに寸分の狂いなく首を狙った。だが、大剣は首を斬らずに地面へとめり込んだ。距離的に外すわけもない。クラウは自分の感覚を一瞬疑ったが、それはないと思いなおす。


 故に、尚のこと理解が出来なかった。この現象の理解が出来ない。


 認識をズラされた?


 違う。


 そんなものではない。最初からその未来は決まっていたかのように、まるでそんな運命だったように、捻じ曲げられたかのように。そんな感覚だった。


 そして、その原因はすぐにわかる事になる。



「ぐっ……頭が……」



 突然の頭痛。いや、それは頭痛とは呼べないほどの痛みだった。


 心音がよく聞こえる。まるで頭の中に心臓があるかのように、心音がなるたびに頭痛がした。


 思わず頭を抱えて膝を地面に着く。足に力が入らない。立ってられないほどの頭痛がファルを襲った。


 そんなファルを見てクラウは眼を見開いて驚愕する。そこには予定外のものが眼に飛び込んで来たのだ。


 赤い、赤い、微弱ながら、赤い波紋。



「ま、まさか……」



 嫌な汗がクラウの頬を流れた。無意識に唾を飲み込み、代わりに言葉を吐きだす。



「まさか……赤の、心臓――」



 魔の世界でもっとも凶悪狂暴とされる赤の心臓。その序列は一位に位置付けられている。出会えば死。


 それが、今、目覚めたのだ。


 だが、クラウは笑った。予想外の事ではあったが、そこに恐怖はない。



「は、ははっ」



 乾いた笑い声が響く。



「最高だ!」



 強がりなどではない。心底そう思っている。



「……まさか、赤の心臓まで目覚めるとは思わなかったな。こりゃギリ様に追加の報酬貰わないと」



 まるで子供が褒められるのを待つかのような屈託ない笑顔を見せる。それほど、この事は予想外の出来事だった。



「ファル・リュミーナ! こっちを見ろ!」



 呼ばれてファルは無意識に視線を向ける。頭痛は治っておらずに、正直なところそれどころではないと言いたいが、実際はそれどころなのである。なんせ、危機は去っていないのだ。


 クラウは再び大剣の切っ先を空に向けていた。あとは振り下ろすだけだ。



「もう一回だ。もう一回、今のをやるんだ。待ったはなしだ、いくぞ!」



 言葉と共にクラウはリアに向かった大剣を振り下ろした。すると、またその刃はリアに当たるとこなく、地面へとめり込んでいた。


 ファルの方を見れば、握った右手をこちらに向けて突き出していた。


 無意識に身体が、右手が動く。ファルは自分の右手を冷や汗を流しながら見つめた。



「さっきより、頭痛はひどくないだろ」



 クラウに言われて気づく。だしかに、言われてみればそれほどでもなかった。もしかしたら本当に頭が割れるのではないかと思ったが、そんな事はなかった。


 状況がつかめない。


 なぜ、こんな状況になっているのだろうか。なぜ、自分にこんな力があるのだろうか。答えは自分では見つけられそうになかった。



「もう一回だ」



 クラウは同じことを繰り返す。まるで何かを確認するかのように。



「もう一回だ」



 そんな事を数回繰り返した時だった。頭痛は消えていった。



「……初めて自転車に乗った時、あんたは乗れたか?」



 唐突にそんな質問を受けた。当然意味がわからなかった。



「……乗れなかった」



「乗れるようになって、それから乗れないようになったか?」



「……いや?」



 なんの質問だ? なんの確認だ?



「今のあんたの状況はそれだ。最初に大剣がこいつの首を撥ねるという運命を捻じ曲げたとき、その感覚はあんたにとっては初めてだった。二回目は一度経験をしていた。三度目は二度経験をしていた。つまり感覚を掴んでいった。大剣が首を撥ねるという運命の変え方の経験を。頭痛がしたのは初めてで感覚もわからずに無理矢理捻じ曲げたからだ。一度感覚を掴めば、容易くなっていく」



 あくまでこれは受け売りだ。自分が聞いた話をしているにすぎない。


 だが、ファルは納得が出来た。しかし、理解できない事もある。



「なんで、教えてくれるの?」



「答える義理はない……」



 そう言ってクラウは何度目かわからない動作をする。大剣を再び振りかぶる。そして、叫んだ。



「ファル・リュミーナ! 俺は何度でもこれを繰り返す! 終わりはない! 終わらせることは出来る! 大剣の軌道を変えるだけでいいのか!? 他の方法があるよなぁ! 俺は何度でも大剣をこいつに振り下ろすぞ! 止めるには、どうするよ!」



 言いたいことはわかるが、理解が出来ない。いや、きっと頭の片隅ではわかっているのだろうが、それが結びつかない。


 それに、初めての事が出来るのか不安もあるし、今度は本当に頭がわれるかもしれない。


 そんな恐怖が蠢く中、それを振り払う者が一人。



「大丈夫だ! あんたならできる! 自分を信じろ! 友を助けたいと、強く願え! 自分の赤の心臓の音をよく聞け! 赤の心臓はなんと言っている!?」



 心臓。赤の心臓。自分にもリアと同じで魔の心臓が宿っていた。それがなぜ今まで誰にも気づかれずにいたのか。気にはなるが、今はそれどころではない。


 眼を閉じて、クラウに言われた事を思い出す。


 リアを助けるんだ。最優先事項はそれだ。それ以外はどうでもいい。


 赤の心臓。赤の心臓。その鼓動に耳を澄ます。身体を伝って鼓動を感じとる。


 助ける。


 助けたい。


 いつも、どんな時も、どんな状況でも。


 運命を捻じ曲げてでも。


 微弱な赤の波紋は、どんどんと広がっていく。


 準備は、整った。



「いくぞファル・リュミーナ! 俺の、命を奪ってみせろォォッ!」



 クラウは迷う事なく、本気で大剣を振り下ろしたのだった。






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