第参拾話 オーバーヒート
不思議と、無意識にリャーカは叫んでいた。
「クラウッ!!」
その声量はすさまじく、隣にいたファルは思わず耳を塞ぐほどだった。しかし、叫んだリャーカ自身が一番驚いていた。この戦いにおいて口は出さないと、あくまで中立の立場で見守ろうと思っていたからだ。
にもかかわらずに声が出てしまった。無意識であれば、それを言い換えるならクラウに死んでほしくはないという事になるだろう。
そしてその想いはクラウへと伝わる。
ハッと眼を見開いて意識を取り戻す。それと同時に目の前に死が迫っているのでそれを回避しなければならない。立ち上がろうにもすぐには足に力が入らずに、うまく身体を動かす事は難しかった。それでもなんとかギリギリでそれを避ける。
千鳥足になりながらも走ってそれらを避けていく。
リアはすぐに追加で水の竜巻を生成する。連続で絶え間なく攻撃をするが、中々当たらない。
否。
遊んでいるのだ。リアは口元に笑みを浮かべながら必死で逃げ回るクラウを見て楽しんでいる。不意に自分の手の届く範囲の水滴を手にとった。そしてまるで石を弾くかのように指で水滴をクラウ目掛けて弾いた。
それは弾丸だった。
弾丸はクラウの右のふくらはぎを貫通する。
「ぐっ―――」
それでこけそうになるが、こければイコール死が待っているので止まる事は許されなかった。
「はっはっ。中々に頑張るではないか」
それを見たリアはご満悦だ。
「だったら次はどうか」
連続で弾丸を放っていく。水の竜巻と水滴の弾丸を二つ同時に避けていくのは厳しいものがある。
時間の問題だ。
そして逆にその時間の問題が結果的にクラウを救う事にもなる。
水の竜巻がクラウの脇腹をえぐった。直撃ではないにしろ、血しぶきがあがりその場で転げる。
「なんだ、終いか。まぁ、よい」
楽しめない獲物に興味はない。迷う事なくトドメを刺そうと思ったその時だった。
雫が滴る音がした。リアは不思議に思い、どこから音がしたのか探ろうとした時、眼の前が揺れる。その滴る音は自分から出ていたのだ。
「なん―――」
鼻血に触れて驚愕する。
オーバーヒート。青の心臓は魔の者の心臓だ。しかし器は、その他の身体は人間の身体なのだ。青の心臓の力に人間の身体が耐えられるはずがない。それは警告として、鼻血として現れた。
「まずい」
もう限界をとっくに超えていたのだとリャーカは覚る。
目の前が揺れる。視界が狭窄してくる。気絶しかかっている。リアはたまらずにその場に膝をついた。自分の血が地面へと滴るのが見える。
不意にその視界の隅に足が見えた。ふと顔を上げれば、ボロボロになったクラウがリアの大剣を持って立っていた。
「ちっ」
これから起こる事が容易に想像できて、リアは舌打ちをする。
「……覚悟はいいか? お嬢ちゃんよ」
お嬢ちゃん? まただ。またその言葉にリアはなぜか懐かしさを感じた。
王族の自分に対して、そのような言葉を言ってくる者はそうそういない。それこそ自分の両親か兄弟ぐらいだろう。でもそうではない。まったくの赤の他人から、まだ自分が幼い頃に言われたはずだ。
あれは、いつだったか。
あれは、どこだったか。
遠い、幼かった記憶が呼び起こされる。




