第弐拾捌話 青
心臓から青の波紋が世界へと広がる。爆発にも似た風が周囲の動きを止めた。
それでもクラウはリアから眼を話さなかった。木の枝が頬を傷つけようとも石たちが暴力的に殴って来ようともその場を離れる事なく、対峙している。
やがてそれは収まり、リアがゆっくりとその身体を動かす。おもむろに近くに落ちていた大剣に視線をやり、それを手に取ろうとする。大剣はその重さで吹き飛ばされる事はなく、むしろ主の元から離れまいとそこに居たのかもしれない。
まるで紙を持つかのように大剣を持ち上げる。見ている限り、あれがとても重量のある物とは到底思えなかった。
それをノーモーションで、なんの前触れもなく、クラウにその切っ先を向けて投げつけた。
「なッ――」
リアの一挙手一投足を警戒していたのにも関わらずに、その一つの動きから大剣を投げるという行動へと思い至らなかった。
故に反応が遅れる。
避ける事はできない。身体を再び霧にして大剣をスルーするしかなった。クラウが胴体部分を霧にして大剣をスルーした直後だった。
「そら、捕まえたぞ」
クラウに向かって右手を突き出してリアはそう言った。
その言葉を聞いたクラウは驚愕する。身体が動かなかったのだ。胴体部分は霧のまま元の身体に戻る事が出来なかった。
「吹き飛べ」
その言葉と共にクラウはまるで後ろに引っ張られるような感覚で後ろに数十メートル飛ばされ、巨木にぶつかって止まった。
その姿を見てリアはケラケラと嗤う。それを見たファルは背筋が凍る。不意に、浮遊感に襲われる。リャーカがファルの襟元を掴んで素早く後退したのだ。
「乙姫……」
誰の事を言っているのだろうとファルはリャーカの顔を見る。するとどこからともなく声がしだす。
「嗚呼、懐かしや、懐かしや。この鼓動は、乙姫様。嗚呼、懐かしや、懐かしや」
いつのまにか、リアの周りに何かが浮遊していた。細長く、空飛ぶ蛇のようなものだった。それに眼光鋭く、睨みつける。
「誰だ、貴様」
「嗚呼。お久しぶりです、お久しぶりです。我が主様よ」
その言葉でリアは何かを思い出したかのような顔をした。
「貴様……リヴァか!」
「はい、またお会いできるなど恐悦至極でございます」
それを遠くから見ていたファルは思わず声が漏れる。
「……なにあれ」
「あれは、水龍よ」
リャーカはそう答えたがファルが聞きたかったのはそちらではない。
「あれは……リアなんですよね?」
それには即答で答えなかった。
「リャーカさん」
催促されて、ため息を一つ挟んで説明をする。
「あれはリアであってそうではない。正確に言うと今のあれは青の心臓の記憶が表に出ている状態。心臓にも記憶が宿る。簡単に言うなら、青の心臓の前の持ち主。生前の、前世のリアと言ったところかしらね」
青の心臓が覚醒を果たし、記憶が呼び起こされた。
「ファル、絶対に前に出るんじゃないわよ。あれは魔の世界で、色の心臓の中で凶悪でそれにより序列二位に位置付けられた青の心臓。巻き込まれたら即死する」
それを知っているからこそ、リャーカはファルを掴んで素早く後退したのだ。しかも覚醒したとは言え、その力を百パーセント使いこなせているかわからない状態だ。半端な力の覚醒なら暴走もありえる。そうなれば、巻き込まれて死ぬ確率はかなり高い。本来なら、今すぐにでもこの場を立ち去りたいところだが、そんなわけにもいかない。
だったら自分が守るしかない。緑の心臓はその為にあるのだから。




