第弐拾陸話 だからこそ
確実に捉えた。あそこから回避する事は到底不可能だ。リアの瞳にもその瞬間が見えていた。だが、手ごたえがまるでなかったのだ。その理由はすぐにわかる事になる。
大剣でクラウの胴体を真っ二つにした瞬間だった。クラウの身体は霧と成る。
「そんなっ」
その瞬間にこの作戦が失敗したことを思い知った。一枚こちらが上手だと思ったが、相手がさらにその上をいった。
少しリアから離れた場所に霧が集まっていく。そして実態がなかった霧から人の姿が形成されていく。吸血鬼の能力を見余っていた。
「まぁ、中々っすよ。作戦としては悪くない」
そんな言葉を吐いたクラウだったが、本人にも予想外の事が起きていた。
ポタポタっと地面に液体が落ちる音がしたのだ。その瞬間にファルは叫ぶ。
「違うリア! 効いている! 斬っている!」
血が地面へと落ちている。紛れもないクラウの血だ。
望みはまだ消えてはいなかった。
クラウからは余裕が完全に消えていた。何か作戦はあるだろうとは思っていた。しかし、物理攻撃は身体を霧に変化させれば対応できる。そう思っていた。
だが、リアは霧となった吸血鬼にダメージを与えたのだ。
「……ありえねぇだろ、そんなこと」
ただの人間にそんな事ができる訳がない。いまだかつて霧となった自分にダメージを与えられた者など存在しなかった。
考えられる要因は一つ。
「青の心臓の力」
人の身にはすぎた力だ。本人は無意識だろうが、少しではあるがその力の片鱗を見せ始めている。
クラウは誰にも気づかれないように笑った。
「さぁ、本番はここからでしょー!」
しかし、そんな言葉がただの強がりな事は本人が一番わかっていた。自分は不死と言われているがそれは間違いだ。ギリギリのところで踏みとどまっているにすぎない。傷は負うし、痛みだってあるし疲れだってする。満身創痍にもなる。過去に何度も死にかけて、死の淵を彷徨ってそこから回復したことが何度もあった。そこから恥ずかしい二つ名がついただけだ。吸血鬼だって死ぬ。
だからこそ笑うしかなかった。自分に課せられた使命を全うするためにクラウは前を向くのだった。




