第弐拾参話 背中
それから一週間ほどが経った。リアとクラウは二人で訓練をしているがファルはそれに参加はしなかった。手の内は隠しておいた方が良いと思ったからだ。二人をはたから見れば、敵対しているようには到底思えない。普通に見て、仲の良い友人にすら見える。普通に会話をし、普通に笑っている。それが奇妙で仕方がなかった。
今はいいのかもしれないが、本気で命を懸けて剣を振り下ろすときは必ず来るだろう。その時に果たして迷いなく剣を振り下ろせるのだろうか。
「今は考えるだけ無駄か……」
ファルは未来から眼を背ける。このまま仲良くなって和解したらどうなるのだろうか。その可能性は、その運命はあり得るのだろうか。考えるだけ無駄だとわかっていても、それを考えずにはいられなかった。リアのあの表情を見るに、リアもまたそれを思っているだろうと安易に想像できるからだ。
戦うしか道はないのか。
「こんな時に狗飼がいてくれたらなぁー」
今頃どうしているのだろうか。リャーカによると何も問題はないらしいが、その姿を見るまではどうしても安心できない。
今すぐに話がしたい。
会いたいと思えばいつでも会えていた存在に、会えないというのは不安でしかなかった。
「いにゅかい~」
大きなため息を一つ吐いて空を見上げてみる。当然ならが狗飼からの返事はなかった。かわりにリアの大きな驚きな声が聞こえてきた。どうやらあちらは訓練そっちのけで、雑談に花が咲いているらしい。
「ええぇッ! あのゲームのラストってそんな感じになるんですか!」
「いや~もうなんてゆ~か、あれっすよね~。期待をいい意味で裏切られるあの感じ」
そんな会話を聞いて思わずムスッとしてしまうファル。
「ヤキモチ妬くぐらいだったらあの輪に入れば?」
「けっこーです!」
リャーカからそんなことを言われたがファルはそれを拒否した。もし、リアがクラウを斬れない時は自分がそれをしなければいけない。自分までも剣を振り下ろす事を出来なくなってはいけないのだ。だから距離を置く。
そんな事を考えるたびに頭痛がする。何か双方が納得できて和解できる道はないのだろうか。そんな事を考えているとそれが吹き飛ぶ声がした。
『クラウ、何をしている』
その声はクラウのつけているネックレスからした。
ギリだ。
「いやっ、そのぉ……」
言い訳を必死で考えるが、そんなものはこの数秒で見つかるはずもない。眼がぐるぐると回っているのがわかる。
「ギリ、あんまりクラウを責めないでおやり」
『その声はリャーカか』
「クラウは、あんたの為を想って……」
『ふん、口出しは無用だ。それと余計な事を言うな』
リャーカは、はいはいと呆れたように返事を返した。
『クラウ、戻れ』
その一言だけ言って通信は途絶えた。クラウはゆっくりと立ち上がり肩をがっくりと落としていた。まるで叱られた子供のよう。しかし、怒られるのは戻ってからが本番だろう。それがわかっているから前を向く気にもなれなかった。
とぼとぼと歩く後ろ姿に哀愁が漂っている。
「く、クラウっ、さん!」
そんな背中にリアが言葉を投げる。クラウは振り向かずに歩みを止める。
「あ、あのっ、ありがとう!」
その言葉を聞いて再び歩みを進める。礼を言うのも言われるのもあってはならないし、きっとこれが最後だろう。次会う時は殺し合う時だ。
クラウは振り向かずに右手を一瞬だけあげてその場から消えていったのだった。




