第弐拾壱話 自分
瞼を開くのはいったいいつぶりだろうか。果たして瞼を閉じた時に見た光景はこのような景色だっただろうかと狗飼は思考する。自分の記憶が正しければ、自分は牢獄の中にいたはずだ。冷たく、光もない暗闇に捕らわれていたはずだ。
しかし、今、目の前に広がっている景色は暗闇などではない。見渡す限りの草原だった。遠くには山の形が見えるが、そこまでいったいどれほどの距離があるか想像もつかない。草たちが風に揺られて音を奏でているのを狗飼はしばらくぼーっと聞いていた。
だんだんと頭が冴えてきて周りをキョロキョロと見渡す。するとそこには一緒に捕まったフコウが気持ちよさそうにスヤスヤと寝ていた。
「おコウ……」
一瞬、フコウが自分を連れてここまで逃げて来たのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。自慢の鼻をすんすんと鳴らす。
「あいつ、何考えてんねん……」
その匂いから、ここに三人目がいた事がわかったし、それが誰かもわかった。しかし、理由がわからなかった。
なぜ、自分たちをここに連れて来たのか。
何か思惑があるのだろうが、それが見当もつかない。何を考えているのかまったく理解ができなかった。まるで掌で踊らされているかのような感覚だ。それが癪に障る気がするが、今はどうでもいいかと考え直す。
きっと追っ手は来ないだろう。それだけは言い切れる。
だからといって、いつまでもこの場にとどまる事はできない。そして自分には戻るべき場所がある。その場所は二か所あるし、二か所一緒にいるのかもわからないし、しかも移動しているので見つけるのには骨が折れそうだが、そんな事は狗飼にとっては関係がなかった。
「二人ともどこにおるんやろ……」
答えが見つからないまま足を前に出すしかないだろう。本当に捕まっていたのかと思うほど、フコウは家のベッドに寝ているかのようにスヤスヤと眠っている。
起こしても起きなさそうなので、狗飼はフコウとひょいと担いで前に進む。どの方向に二人がいるのはまったくわからない。その選択肢は、確率はどれぐらいあるだろうか。
それでも狗飼はそれを引き当てるだろう。どれほど複雑な道でも着実に一歩、一歩と進んで巡り会うだろう。
「今、助けに行くから、待ってて」
ボロボロの身体を引きづりながら前を見据えた。
ギリの元に部下が大慌てで走って来た。すぐに膝をつき、頭を垂れて報告をする。
「申し上げます! 捕虜二名が……いません!」
自分の失態ではないと心に言い聞かせながらこの場にやってきた。きっとギリは怒り狂うだろうと思って、身体が震え汗が止まらなかったが、ギリの反応は冷めていた。
「そうか」
意外な反応に思わず顔を上げてしまう。次の言葉はどちらだ? こちらから何か言った方がいいのか、それとも言葉を待った方がいいのか。予想外の事が起こり過ぎて、頭はパンク状態だった。
「下がれ」
特に興味ないような声色でそう告げた。そう言われたら下がるしかないのだが、本当にこれで良かったのだろうかと思う。だが、触らぬ神に祟りなしだ。忘れよう。何もなかったんだと考える事をやめた。
ギリは驚かなかった。当たり前だ。二人を逃がしたのは自分なのだから。




