第拾伍話 お兄様
ただの道を進んでいたはずだった。道と言っても舗装などは当然されてない。ただの土がむき出しの平面な地面だ。時には地面がへこみ水たまりがあったり、岩が飛び出ているところもある。だからと言って、ストレスに感じるかと言われればそうでもない。これがきっと旅路というものだろうと、初めて国を出る自分にとってはワクワクするもののひとつであった。
気が付けば道はなくなっていた。振り返ってもそこに道などはなく、突然森の中に瞬間移動させられたかのような感覚だった。朝の空気と緩やかな日差し。静まり返っているのに森たちの声が聞こえる。神聖な、聖なる森と言われれば信じてしまいそうだ。実際にここはそういった森なのだろう。
迷い込んだはずなのに、きっと吸い寄せられたのだろう。荷馬車の馬は歩みを進めない。これ以上は進む必要がないのだろう。ここに居れば、それはここにやってくる。そんな事を思っていたら、予想通りにいくつかの光が周囲を浮遊しているに気が付いた。
「リア……」
「大丈夫」
不安がるファルにリアは一言で返す。
荷馬車を降りて光に近寄っていく。光たちはリアの周りを浮遊して様子を伺っている。
「私はリア・ヴァンガル。大妖精様に会いたいんだけど」
言葉を理解したのか光たちはすっと消えていった。そしてすぐに一つの光が出現する。その光は先ほどの光とは違って大きく、異質な感じがした。
こちらを見定めているかのようだった。
「お兄様」
それは合言葉のようなものだった。その言葉を聞いて光はどんどんと大きくなり、やがて森を包んだ。光が収まるとそこにはリアを見つめる優しい眼差しがあった。
「……へ?」
ファルはそれに圧倒される。驚愕したのは当然だがリアが喰われるとも思ったが、あまりの驚きでそれ以上の思考が進むことはなかった。
「きゃー、お兄様かっこいい!」
「我が妹よ、久しいな」
なぜなら二人がそんな言葉を交わして、腕を組んで回りながらスキップをしているからだ。呆気にとられるとはこの事だろう。それをただただ見守るしかなかった。
「あ、ファル。こちらお兄様。お兄様、こちらファルです」
「うむ。くるしゅうない。私が第一第二第三皇女リア・ヴァンガルであるぞ」
「……………どうも」
ゴリゴリの筋骨隆々。その言葉がそれほど似合う人物は他にはいないだろう。だがしかし、スカートを履いていた。そのたくましい筋肉にガードされた太ももの隙間からは反対側の景色は見えない。そして赤だの青だの緑の色を使い化粧をしている。
「ばけもっ……」
「無礼な。打ち首に処すぞ」
自然と言葉が出て、自然と途中で止まった。ファルは情報量が多すぎて頭がパンク寸前だった。ぷすぷすと頭から煙がでても不思議ではない。
「して、どうした妹よ」
「お兄様、お願いがあります!」
「大きくなったな妹よ」
頭に手をぽんと置いて優しい眼差しで見つめる。それを嬉しそうな顔で受けとめた。
「青の心臓の使い方を教えてください!」
ついにこの時が来たのかと深く眼を閉じた。そしてゆっくりと眼をあけて、その瞳でリアを見つめる。
「無理じゃない?」
しかし、たった一言で切り捨てられたのだった。




