第拾肆話 一人の為に
光も届かず、風すらも届かない場所。空気は冷めきっていて暗闇だけがそこを支配している。そこには石と鉄しかなかった。
ジャラジャラと鎖の音と微かな呼吸だけが聞こえる。その二つが聞こえるという事はどうやら生きているようだった。わかってはいるが、声を確認したくて狗飼は声をかける。
「……おコウ、元気?」
「……元気いっぱいですよ。今、ナク先輩に声かけてもらって元気でました」
冗談を言える元気があるという事は大丈夫なのだろう。しかし、それが強がりなのもわかっている。状況はとても悪いが命があるという事は、まだなんとかなる可能性があるということだ。今はじっと耐える時なのだろう。少しでも肉体を回復させる。
しかし、自分はある程度回復はできるだろうが、隣で捕まっている連れはそうもいかないだろう。なぜなら彼女は人間だからだ。この状況から良くなる事は極めて難しいだろう。だったら自分がなんとかするしかないが、それも当分無理そうだ。それまで連れの体力が持つかどうか。
ここに殴り込みに行く道中で出会った。なんだか犬みたいな女騎士。名前をフコウと言った。なんだかんだで意気投合して、ここまで着いて来てしまった。負け戦に着いてくる度胸は驚愕したが「騎士は困った人の味方ですから」と魔者である自分に言い放った。
めんどうな事に巻き込んでしまったなと少し反省をする。
そんな折、暗闇の中に炎が瞬いた。
「気分はどうだ狗飼」
炎から声がしたのかと思ったが、その後ろにギリの姿があった。
「どうもこうもあらへんよ」
「そうか。お前が来る事はわかっていたし、多少時間を稼いだところで何も変わらん」
「多少の時間、そのうちらにとって一瞬の時間が人間にとってはとても重大なんよ」
「……人間と長くかかわり過ぎてしまったか」
深いため息を吐く。それはとても残念そうに思っているため息だった。
「どうせ何も出来ない」
「あんたらは人間を舐めすぎ。いや、アルさんを舐めすぎなんよ」
「クラウがすでに到着している頃だろう。そうすればすべてがわかる」
泣きべそかくのはどちらかな。二人は声を合わせて言った。
しばらくしてクラウから通信が入った。
『ギリ様、まもなく着きますよー』
「捕まえろ」
「了解っす」
偵察の報告で、この一か月何も変化はなかったと報告されている。特に迎え撃つ準備があればこちらもそれなりの準備をしないといけない。だが、いつもとなんら変わらない日常がそこにあるだけらしい。一抹の不安がないわけでもなかった。だからといって、この進行をやめるわけにはいかないのだ。こちらにはこちらの目的がある。
クラウは満月から少し欠けた月に照らされているヴァンガル王国を視認した。そこである事に気が付く。
「んー? 結界が張られていない?」
結界を再構築するのは簡単なはずだろう。にもかかわらずにそれがなかった。
「背水の陣、ってやつか?」
『クラウ、油断するな』
ネックレスから警告の声が飛ぶ。
クラウは城壁に登り、国の様子を見る。何一つ変わらない。あの時のままだった。しかし、何か違和感がある。
「なんだ? なにが違う?」
記憶を探る。あの時と圧倒的に何かが違って見える。人々は活気に溢れているかのようにそこら中にいた。
「まさか――」
『なんだ、どうしたクラウ』
「あのやろう、やりやがった!!」
怒声にもとれる声。
「ギリ様、やられましたよ。こんな真似ができるのはあの錬金術師です」
『状況を説明しろ』
後ろで狗飼がくつくつと笑っているのがわかった。
「もうここに人間はいません。おそらく誰一人いません。全員が国を捨てて逃げたんです」
『馬鹿な事を言うな。現に人はいるのだろう』
「……います」
矛盾している。ギリには意味がわからなかったが、いい予感はしなかった。
「いるのはいますが、これは全員……ゴーレムです」
『なんだと?』
「あいつ、数千のゴーレムを創りだしやがった」
『…………』
『アルさんを舐めすぎやで、お二人さん』
まるで死神のような声だった。人の恐怖を撫でるような声。
『アルさんは昔から彼氏を錬成するって言うてたけどな、これがその結果や』
自分の為ではなく人の為。それを勘づかれてはいけない。それもこれもたった一人を護る為。自分がどう思われようとそれを完成させる。すべてを騙し、護り抜く為に。
「ギリ様、これ俺らの完敗っすよ。きっと国中の人間がもう、ちりじりになっている。人質として皇女様を脅すのは無理だし。本人も安全なところに逃げてる」
『……やはりあいつが一番厄介だな』
「っすね」
行方をくらましたリアを探しだすのは骨が折れる事だろう。しかし、それも時間があれば成し遂げられるが、一番の問題はその間に青の心臓が覚醒をすることだ。
「どうやギリ。人間はすごいやろ。あんたの目的を簡単に破ってくるで」
ギリはため息をつきながら『いや』と返す。
「すべて順調だ」
そう言って牢獄から出ていった。その言葉はただの負け惜しみだったのか、それとも本気だったのか。狗飼はそんな事を考えながらも、二人の安全が確保されたことを喜んだのだった。




