第拾参話 大精霊
そして月日は流れ、満月の日も過ぎて行った。おそらくではあるが狗飼がうまい事やってのけたのだろう。しかし、遅らせられる事は出来ても、なかった事には出来ないだろうと狗飼は言った。もうリミットは過ぎている。いつこの国に魔者たちが押し寄せてくるかわからない。
満月の日より三日過ぎた頃だった。すべての作業を終えたファルはリアと荷馬車に乗ってヴァンガル王国を出ていた。
決断とはヴァンガル王国を出る事。攻めて来るのがわかっているのなら、そこに居なければいいだけの話である。住み慣れた国を出るのは初めての経験だが、それも仕方がない。命は何よりも優先される。いつまでもゆりかごに籠ってばかりではいられない。
もう一つの目的は、青の心臓について知ること。これから向かうのはそれについて詳しく知る者を訪ねての旅でもある。これからはどこに居ても青の心臓を狙ってくる者が大勢いるだろう。その中で無知は死を意味する。
リア自身が変わり、強くなる事が必要とされるのだ。もう二人に頼ってばかりではいられないとそれを決意する。
ファルは荷馬車の上で完全にへばっていた。あれからずっと対策をし続けてようやく終わったが、精根尽きてしまったのだ。狗飼が足止めをしていなければ確実に間に合ってない。次に会ったら何かしてあげようと思いつつ、口から魂が抜けだそうとしているので右手でかろうじて掴んで口に戻す。
「おつかれ」
ファルの働きを知っているリアはうつ伏せで屈服しているファルの頭をポンポンと撫でた。
「……もっと撫でて。それぐらいの事はした」
「調子に乗るな」
軽く髪を叩かれる。だがしかし、ファルの言う通りといえばそうである。まさかの発想。あれが役立つ日が来るとは誰も夢にも思わないだろう。
今頃、魔者たちはヴァンガル王国に行って驚いているに違いない。
ファルは頭だけ動かしてリアの方を見やる。
「あとどれぐらいで着くの?」
「わかんない。行ったことないし、いつも向こうが来てたから」
「いや、王国には結界があるんだから這入れなくない?」
「それが今思えば普通に居たんだよねぇ。さすが妖精」
今から向かう場所は妖精の居る場所だ。どうもリアの知り合いらしくて、たびたびお忍びで会っていたらしい。妖精は魔者に近い存在だが、同一ではないらしい。聖なる魔の者。矛盾が生じているが、それが一番わかりやすい例えだろう。
「きっと近くまで行けば向こうが私に気が付いてくれるはず」
「……不安しかないよ」
「大丈夫。すっごい優しいお兄様だもん」
事前に聞かされてはいるが、なんとも信用できないでいる。だが、頼れる存在がそこしないのも事実だった。どちらにせよ会わなければならない。
「大妖精リャーカ、またの名をグリーンマッドモンスターか……」
ファルは荷馬車の床に眼を落しながらぽつりと呟いたのだった。




