第四十四話 第一聖女Ⅱ
やがて侍女が王太子殿下の来訪を告げた。服も髪も肌も完璧だ。クローイは優雅に立ち上がって王太子殿下を迎える。
「やあ、これを君に」
「ありがとうございます、殿下」
彼は品の良いローズ色の薔薇を小さなブーケにして持って来てくれた。可愛い色だと思う。けれどきっとこれは側近が用意したもの。彼はそれを渡しただけ。でも王太子などとそういうものではないかと思う。自らプレゼントを選ぶなど、そうない事だろう。侍女に直ぐに花瓶に移すように言ってから、テーブルに用意してあった紅茶を勧める。勧めるが彼はあまり飲まない。実は毎回少量の媚薬ポーションが入っていて、これも恐ろしい額というか、表市場には出ない為、裏取引になる。
「君の所で飲む紅茶はいつも飛び切り甘いね」
「ええ。体の中から殿下には温まって欲しいのです」
そう言って極上の笑顔を向ける。この笑顔で何人もの神官や大人を魅了してきた。自分自身が放つ容姿の魅力、ポーションの力、品の良い所作、そして第一聖女という全ての人間が畏敬を持って接する高位の身分。聖魔導師の頂点。
「今日は殿下のお耳に入れたいお話がありまして」
「そうなの? どんな話かな?」
「実は……大変言いにくい内容なのです」
「そう。言いにくいなら言わなくて良いよ?」
「………」
王太子殿下は優雅に微笑んだ。
いや、わざわざお来し頂いたのに言わない選択肢などない。言って彼の精神にダメージを与えたいのだから。
「とても言いにくい事なのですが、市井ではこんな噂があるのです。王太子殿下は女性に興味が無い、そういう好みの方だと」
「……へー。そうなんだ。色々な考え方があるね?」
「殿下、私は口惜しいのです。ぜひぜひ二人でこんな根も葉もない噂は駆逐してしまいましょう」
「噂は噂だし……」
「私は子供が大好きで五人でも六人でも欲しいのです」
「そう。僕も子供は好きだけどね。孤児院にも行きたいな? どうだろう来週の空いた時間にでも、城下の孤児院に行ってみないかい? 二人で」
「孤児院ですか?」
「そう。子供が好きなのなら、異論はないと思うけど?」
「でも、城下なら教会が慰問に行っておりますし」
「けど第一聖女の聖力は桁違いだからね? それに僕らが仲良く外出すれば、そんな噂も無くなるのではないかな?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。王族だもの噂なんていくらでもあるものだよ。そういう立場だからね」
「ですが、急すぎて準備が整わないと思いますわ」
「そうなの? 何の準備?」
「ドレスですわ」
「ドレスじゃなくてよい。聖女の制服でいい」
「それでは王太子殿下の隣に並ぶのに相応しくありません」
「僕はあの白い聖女のベールと修道服は好きだけど」
「あれは教会所属の服ですもの。やはり王族には相応しくありません」
「では手持ちの簡易ドレスにする? だって孤児院に仰々しいドレスを着て行っても動きにくいだけだし」
「私、殿下とは観劇に行ったり、音楽を聴いたりしたいですわ」
「そうなの? では孤児院訪問後に考えておこう」
「孤児院訪問は謹んで辞退させて頂きます」
「何故? 君は第一聖女なのに?」
「今は第一聖女としてのお役目よりも、王太子妃としてのお役目を全うしたく存じます」
「第一聖女は君しかいない。子など側妃でも産めるが」
「いいえ。私が殿下の子を産みたいのです」
「そう。僕は聖女の仕事を全うする妃に魅力を感じるが」
魅了のポーションはいつになったら効くのだろうか? 私は慰問など行かなくても魅力的な女だ。行けばまた恐ろしい金額のポーション代が飛ぶ。慰問など行きたくない。子が生まれればそれを理由に聖女の仕事など減らせる。王妃になれば王の隣を決して離れない。王宮の外に慰問など事実上行かない。
「病を癒やせる力、聖魔導師の光は、尊いものだと思うが」
そう言って王太子殿下は柔らかく微笑んだ。








