【036】『謁見の間(第二王子サイド)』
今日は父であるアクランド国王との謁見予定の日だった。やっと父に対して公式に言いたいことが言える。王立学園の卒業記念パーティーで当時の婚約者に婚約破棄を宣言したのだ。
とても気分が良かった。あの銀色の温かみのない髪に冷たい瞳。いかにも聡明そうな理知的な目をしていた。聖女等毎日毎日勉強ばかりしている。お洒落をするわけでもなく、最近の話題を知っているわけでもない。
一緒に居てもつまらぬ存在。婚約時代から辟易していた。何を言っても気の利かぬ返事しか出来ぬ。少しは第二王子である自分の為に話題を提供したり、喜ばせるということは出来ないのだろうか。あんなのが妻では生涯退屈する。
婚約破棄宣言をした日から、何故か窮屈な生活をしていた。しかし今日で自室謹慎も解けるだろう。謁見後は婚約破棄の正式受理が礼拝堂で行われる。その場で新しい婚約も成される予定だ。
久しぶりにココに会える。なんせあれ以来、反省? という意味の分からぬ謹慎処分を受けていたので会えずにいたのだ。反省とはなんだ? どうして王子である自分が反省する必要があるのだろう? 反省とは第二聖女がするのだろう? だって婚約期間中、王子を楽しませる事が出来なかったわけだから。反省すべきは向こう。まったくお門違いの自室謹慎などやめて欲しいものだ。
ココとの婚約が成立したら、一年以内に正式に結婚の儀を執り行おう。少し早いが案ずる事はない。彼女は王子妃としてなんの問題もないのだから。宮は第二聖女と住む予定だった、東の宮が良いだろう。あの宮は大変豪奢な作りをしているから楽しみだ。
◇◇
意気揚々と謁見の間に入り膝を突く。意外に大げさだな? 王妃や王子が全て顔を揃えている。そこまでするのか?
「第二王子、栄えある王立学園卒業記念パーティーでの事は聞いておる。発言を許す面をあげよ」
「父上。私が愛している女性はココ・ミドルトン男爵令嬢です。自分の心に正直になり卒業記念パーティーで答えを出しました。なんら恥じる所はありません。謹慎を解いて頂き、ココ・ミドルトンとの婚約生活を送らせて頂きたい。そして、伯爵家への慰謝料と同等の別財産の相続をお願い申し上げます」
小さな溜息のようなものが聞こえた気がするが、気のせいだろう。すこし食い気味になってしまったが、一応陛下より先に話し出した訳ではない。自分の要求は新たな婚約と財産だ。その二点についてハッキリ伝えられたと思う。
「なるほど、反省の言葉は無しか。ならば『真実の愛』を貫く事を認めよう。しかしそれは王家の意志にあらず。王族とは国を導く者。権力に胡座をかいていても務めは果たせぬ。王家に尽くせぬ王子は王族にあらず。今日限り、第二王子の王族籍を抹消しよう。明日より庶民となり『真実の愛』を貫いてみるがよい。その意志を確認しよう。勤労に就き次第、収入の十パーセントを慰謝料返済に当てるように」
「へ?」
第二王子の口から、間の抜けた声が漏れる。父は何を言っているのだろう? 生まれついての王子であるこの俺が王子どころか王族籍ではなくなる?
「……父上、一体何を?」
「聞こえなかったのか?」
「……いえ」
「では、詳細は追って宰相が説明するだろう。下がってよい」
下がって良いと言われて下がれる訳がない。自分は王子という身分に誇りを持っている。なぜ、たかが婚約破棄でこんな重い沙汰が下るのだろう?
「父上、自分は庶民になる事を希望したのではありません。聖女と結婚しないことを希望したのです。王子を下りる気はありません」
「謹慎中、反省はしたのか?」
「……反省するべきものが見つかりませぬ」
「……では聞こう。王子が聖女を娶らない場合、王家は魔導師の家系ではなくなる。隣国が攻めて来たら誰が立ち向かうのだ?」
「それは六大侯爵家でしょうか?」
その筈だ。そもそも王家は先頭に立ったりはしないのでは?
「では六大侯爵家当主が『真実の愛』を貫いたらどうなる?」
それは一律魔力の無い貴族が多くなるだろう。そうすれば魔力の無い俺とてこんな惨めな思いはしなくなる。
「騎士が戦えば良いだけのことです」
「ならばお前も、その目で確認するがよい。第二王子は王族籍抹消後一兵として国境に勤務することを命じる。剣をとり国を守る一員となるよう」
「自分は陛下の血を引く尊い身です。一兵となり戦うのは危険が伴います」
「王家の尊き血は血統継承にあり。お前ももう少し歴史を学んで出直して来い」
「自分は王子です。平民ではありません」
「王子なら王子の義務である婚姻を果たすはずだ。義務をないがしろにして、権利だけを主張するか?」
「恋愛感情を大切にするべきです。王族とて一人の人間なのですから」
「ならば恋愛感情を大切にする平民になれば良いだけの事」
「平民にはなりたくありません」
平民になって汗水垂らして働くなんて、虫唾が走る。生まれながらに崇められて育ったのだ。俺は王族だ。
「妃が聖女であることに何の価値があるのですか! それは差別です。魔法等と持って生まれた特権ではないですか! そんなものに何の価値がある!」
第二王子はあまりの事に、言葉が乱暴になった。そうだ魔法等と生まれ持った特権が許せない。それだけで特別扱いだ。
「王族は生まれながらの特権階級である。お前は努力して王子という身分を手に入れたのか?」
「……いえ。そういうわけでは有りませぬが……」
「王族とは階級で一番上。もちろん努力で手に入れたものではない。努力で手にしたのは建国王その人のみ。人は持って生まれた身分と魔法素養を選べるわけではない。その中で最善を尽くすだけだ。身分、金、魔法素養、全て平等にあらず。もっと細かく分ければ、孤児、貧困、健康、生まれながらに平等な者などいない。そんな世界に孤児院を建て、寄付をし、王立病院を作り人工的に平等な社会を作るのが、高貴な者の役目。お前は第二聖女を衆人環視の元、こっぴどく振ったらしいじゃないか? 王族のお前がそのような態度を取れば、聖女はこの国に絶望し、亡命したやもしれぬ。然為れば我が国民が得たであろう聖魔法は他国に流れていた。聖女は怪我や病気を治せる奇跡の魔法を有する。お前が王立病院に赴き、苦しむ者を救えるのか? 病苦の者から聖魔法を取り上げる事が差別か?」
「別に病苦の者から聖魔法を取り上げようとは思っておりませんっ」
「ならば何故聖女をないがしろにした! お前がしたことはそこに繋がるのだ。聞けば第二聖女とは大変な勤勉者らしいではないか、なんの不満がある」
「自分は第二聖女を愛していません!」
「ならばその愛を貫ける身分になるがいい。これは温情判決だ。間違えるな! 仕事を用意し、兵士寮に住めるのだ。有り難く思うが良い。聖女がまだ我が国にあるからの沙汰よ。連れて行け」
王が合図をすると、両脇から衛兵に掴まれた。
「無礼者、何をするのだっ」
「明日からのお前の上司だ。失礼な事を言わぬが身のためだぞ。お前はもう我が子にあらず。心するが良い」
王は下がり、続いて王妃、王太子の順に下がっていった。
元第七側妃も追って、王族籍を剥奪されるだろう。
広い王宮には毒が蔓延する。毒は静かに薄暗い所から広がってゆく。








