第五十四話 裁きの庭
王城内にある聖堂の前は裁きの間になっている。よく手入れの行き届いた白い大理石が敷き詰められ、聖堂から階段が扇状に伸び、神に続く高い場所という名が付けられている。教会の催し物等も、この空間で行われる。そういった時の呼び名は『裁きの庭』ではなく『神の庭』なのだが。趣旨によって名を使い分ける。
今日はこの空間で裁きが行われるから『裁きの庭』だ。私は第二聖女用の修道服を着ていた。真っ白で、ベールとスカートの裾に紺色の二重線が入った物。第五聖女以外の聖女は全員出席なので、今日の修道服は全員の等級が内外にハッキリ分かる。男性の修道服は神官の制服に似ているが、神官と聖魔導師はきっちりと分けられている為、形が少し違う。
私は『裁きの庭』に来る前に、ルーシュ様に呼び出され三枚の書類にサインをした。ルーシュ様は保険の為だと言っていたが。養女関連の書類がメインだった。私はロレッタ・シトリー・セイヤーズというのが戸籍上の本名になったらしい。セイヤーズ伯父様の養女という事だ。ただ、もちろん今まで通りロレッタ・シトリーと名乗る。身分が必要な場面でだけセイヤーズとなるのだそうだ。
父も伯父も承知しているらしい。
私はまったく実感がないのだが、特に今までと生活が変わる訳ではないらしい。ただ、正式な書類。雇用書等が書き換わるようだ。なので手早くサインを済ませて、流石に朝食は入らなかったので、お茶だけ飲んでこの王宮に来ていた。
来て直ぐに礼拝堂で第五聖女のこれからと、裁きの庭で行われる事の不安を鎮める為に一心に祈った。
「第二聖女」
不意に強い口調で呼ばれて顔を上げる。声のした方には第一聖女のお姉様がいらっしゃった。左右に衛兵が二人いる。
「お姉様?」
第一聖女のお姉様は、距離を詰めずにそのまま私を見ながら目を細めた。
「祈りだけで、聖力が洩れていましたよ?」
「………」
なんと答えれば良いのだろう? 「ハイ」で良いのだろうか?
「上級聖女から問いかけを受けたときは、直ぐに膝を突いて答えなさい」
「………はい。申し訳ありませんお姉様」
私は膝を突いて頭を垂れる。
「一心に祈っていたものですから、無詠唱で聖力が流れてしまったのだと思います」
「そんなことは分かっています」
「……はい」
「聖女の聖力とは偶然に持って生まれたもの。自分の努力で手に入れたものではありません」
「はい」
「いつでも驕らぬように」
「はい」
「聖力を他人に見せびらかさぬよう」
「……はい」
「不服ですか?」
「………いえ」
「聖女等級は絶対。上級聖女が白と言えば白。黒と言えば黒なのです」
「………」
昔はそういう時代もあったのかも知れないが、今はそんな風な関係じゃない。それに私は聖力を見せびらかした事などない。
そう思っていたら、頬に火花が散ったような痛みを受けて、床に手を突いた。そこで初めて自分が第一聖女に殴られたのだと気が付いた。口の中が切れて血の味がする。衛兵が止めようとするが、第一聖女が聖女は傷など直ぐ治せるから問題ないと言っていた。
私は決して人に手は上げない。傷を負わせる事になるからだ。この世界に生きていれば分かる事ではないか。健康が当たり前では無いことを。当たり所が悪ければ何が起こるか分からないこと。故に聖女は決して手を上げるなどの暴力を振るってはいけないのだ。
私は口元の血を拭きながら、第一聖女を仰ぎ見た。聖女のトップである第一聖女とはこんな女だったのか? 第一聖女の制服は多くの人が知る所のベールに虹色の線が一本。清浄の証。それを纏ってこんな暴力を働くなんて。言っている理屈もまったく通らない。
「第二聖女、お前は第二王子に見捨てられ、教会に見捨てられ、今はただの使用人。この大聖堂に入ることは許しません。即刻出て行きなさい」
第五聖女の為に、妹聖女の為に祈ることも許されない。
私は目尻に伝った涙を拭う。
「……失礼しました」
床に落ちてしまった涙の水滴を聖女の真っ白な制服で拭って、立ち上がると、そのまま顔を伏せて駆け出した。








