4 ドミニクside
隣国に関与すると決め、兄に無茶を頼んで根回しを始めた時、侍女長が一番の壁になるとは思わなかった。が、壁になれる人物だからこそのこの役職なのだろうと純粋に尊敬し、感謝した。
旅行に出発して、最初は当然のように恋人達とは別の馬車に乗ったが、あまりに暇な時間をつぶすのにすぐに飽きてしまった。
「ごめんね、邪魔者なのは分かってる。帰りは気を遣うから、行きはせめて計画を万全に練らせてくれる?」
そう言って計画の大まかな部分を話し合い始めた。
「そもそも入れ替わりなんて誰が何のために目論むのかって話なんだけれど。病弱なフェリシア嬢を憐れんで第三側妃として娶ろうと思う、と王が積極的に吹聴しているらしい。多分、王がフェリシアと入れ替わった自分の娘と結婚するつもりだ」
それを聞いてハリエットもマイルズも汚物を見たような顔になった。気持ちはよく分かる。
しかし、フェリシアが昔のお茶会で王太子への憧れを口にした事、ガブリエラが最近の王女に王太子の話を振ったら、兄というより恋人の話をしているようだった事。王太子の方は既に成人なのに婚約者すら居ないのは、好きな人はいるが王の反対を受けているからという噂。王太子の最近の王女を見る目。
これらを総合してフェリシアと王太子は恋仲だとガブリエラはみた。結婚前、ガブリエラの噂や所作からの推測はほぼ事実と一致していたので、ドミニクはガブリエラの判断を信用している。
「王女と一緒に教育を受けていたなら妃教育もさほど要らないだろうから、人格的に問題なければフェリシア嬢なら次代の隣国が安定してこちらもありがたいな…という所から、僕が計画を練ってみた。
今回、僕の婚約は最終的にどうなっても構わない。目標は、問題の解決に一口噛んで大きな貸しを作って、次代となる王太子に恩をたっぷり売る事だ。適切なタイミングで入れ替わりに気付いている事を伝えた上で解消させて、恩着せがましく許していきたいし、ついでに王太子と替え玉を結婚させてあげたいところだけれど。
具体的には、最終目標は王女か替え玉のどちらかを輿入れより先に我が国に内密に連れ帰る事だ。輿入れは残った方が来るだろうし、二人揃えば入れ替わりを解消できる。輿入れが中止されても、我が国を騙そうとした事とその阻止に対する尽力は貸しだ。
ただし、今回出来なくても問題はない。安全第一でいこうね」
そこでいくつか場合によって指示を変えようとしたが、複雑すぎるとハリエットの演技が下手になるという問題が発覚して、計画を簡略化した。
「まとめると、君達にしてほしい事は、王女とされる人や王妃達と話して情報を得る事。それとなく入れ替わりに気付いていると知らせ、できれば後で個人的に話せる機会を作る事。
あとは王太子達の為に王の署名だけ付いた契約書があるとありがたい。式に持ってくるのは王と本物の王女の署名付きの契約書だろうから、すり替えの手間を考えると断られそうなんだよね…最悪駆け落ち婚にして後で入れ替わりを問いただしながら書かせてもいいけれど。話の運び方は…後でマイルズと相談しようか。
僕は王女が本物だという確信が得られない限り、入れ替わりの証拠を少しでも探しに行く。途中で服が汚れたと中座するから、馬車で落ち合おう。
あぁ、もし本物の王女かフェリシア嬢と思われる人を他の場所で見つけたら、僕が公爵家までご招待するね。まあ流石にそこまでの危険は冒さないと思うけれど…」
その後はハリエットにいくつか話題の最初だけを仕込み、ある程度空気の読めない演技と表情の練習をさせ、マイルズに話題の指示をその場で出させて臨機応変に対応させることにしたのだった。
***
思ったより規模の大きなお茶会に入ってひと通り周囲を見た時に、何となく侍女の一人が気になった。見ている事を気付かれないように注意を払いながらそっと窺うと、髪が不自然に浮いているように思えた。瞳の色は王女の色と同じ…と思った所で、王が入ってきた。王の目がわずかにその侍女の所で止まりかけたのを見て、確信を得る。ドミニクはマイルズに小声で囁いた。
「まさかのプランPだ。今すぐ下がる」
とりあえず離れようとする彼女に急いで声をかけ、休憩室に案内させた。近くで見ると白粉は濃いめにふってあり、目の下の化粧が特に濃い。彼女は寝られていないのかもしれない。
部屋の前で一旦彼女を待たせて、部屋に入った。思わず首元を少しだけ外して、これから公爵家に連れて行く手順を頭の中でさらう。
ティースプーンを一つ隠し持ち、脅して馬車に乗せた。馬車の中でも警戒する彼女に申し訳なさを感じた。公爵家で着替えて再度相対すると、彼女はドミニク本人が居るという事にだけ驚いたようだった。
提案を受け入れさせ、着替えて楽しい種明かしをした後で、王宮に向かった。
ヒーローのようなふりをして、公爵家への招待といい、今からやることといい、悪役っぽいよなぁと思いながら侍女長に会いに行く。侍女長はドミニクを見た瞬間、別人と理解したようで顔が強張った。ドミニクは近づいて小声で囁く。
「本物のマリアは無事ですが、王太子への言伝を承っております。殿下と貴女以外を人払いした上でお会いできるようにしてくださいますか?」
侍女長は緊張したまま、王太子の下へ連れて行ってくれた。そこでドミニクは信用を得る為鬘を外して本名を名乗り、グウェンドリンに書いてもらった手紙を渡した。
グウェンドリンの手紙には亡命を希望した事、フェリシアが替え玉として聖剣の国に向かった時の計画を最終手段とする為にグウェンドリンの不在を王に伏せておくようお願いが書いてあったはずだ。更にドミニクは、フェリシアの聖剣の国への入国を阻止できれば、聖剣の国は入れ替わりには気付かなかった事にするとつけ足した。条件としては悪くないと思う。
例えこの場でドミニクを捕まえ人質にされても、王女は帰さないよう言ってある。聖剣の国に脅迫・誘拐の疑いをかけられれば泥沼になるが、その場合は、大きく発表して神殿などの第三者に王女を預けて証言してもらい、次に移る国はどの国がいいか王女の希望を聞くだけだ。虐待による亡命だと広まればこの国の不名誉である。
読み終わった王太子がドミニクに告げた。
「…分かりました、この提案を呑みましょう。侍女長、丁重にお送りしろ」
そうして公爵家に無事帰ってきたドミニクは、ホッとして疲れを自覚し、深く眠ったのだった。
***
予定通り動くと決めていた為、次の日はハリエット達の為の休みだった。ドミニクはグウェンドリンに謝った。
「申し訳ない、護衛の都合上しばらく外には出られないのだけれど、今日は今出来る書類上の手続きをしましょうか」
グウェンドリンが謝られた意味が一瞬分からなかったようだった事にこれまでの生活が察せられたが、特に問題なく手続きを進めた。
それらも昼前には終わり、ドミニクと一緒に昼食を摂る。
昼食の間にグウェンドリンの普段の過ごし方を聞いて、一緒に過ごした。
「王子殿下は編み物もお上手ですのね…」
「やだなぁ、体裁を整える程度ですよ。侍女や平民になりすますと皆自分の分をしながら色々教えてくれてね。それでよくお礼に甘いものを持っていったものです。でもこちらの模様は初めてで新鮮ですね」
無心で手を動かしているうちに気付いて、ドミニクは独り言ちた。
「王子の恰好をしながらこんな事をしていてもいいんだな…」
ゆったりとした穏やかな時間を過ごしながら、ドミニクはいつの間にかいつもの息苦しさを感じない事に気が付いた。何をしていてもいつも感じていた周囲の使用人達の存在が気にならなくなっていた。
夕食の少し前にハリエットとマイルズが戻ってきた。ハリエットが、「お二人にも少しでも雰囲気を楽しんで頂こうと思いまして」とドミニクとグウェンドリンに沢山のお土産を渡してきた。
それからガブリエラ夫妻も加わった六人で夕食を摂りながら、今後の予定を話し合い、グウェンドリンはマイルズの侍女として出国する事になった。
食後にグウェンドリンがもらったお土産を手に、はにかみながら小さな声で呟いた。
「こういうものを頂くのも嬉しいものですね」
周囲との接触も最低限だったそうだし、外への興味すら持たせないようにされていたのだろう。短い侍女生活でも深い人間関係など築けるはずもない。
「我が国の中なら旅行出来るでしょうし、兄君の治世になればお忍びで訪れる事も出来るかもしれませんよ。その時は貴女がお土産を買わなくてはいけませんね」
ドミニクの言葉に一瞬キョトンとしたグウェンドリンは、意味を噛み締めると、泣きそうに笑った。ドミニクはその笑顔に思いがけないほど心奪われて、平静を装うのに精一杯になったのだった。
翌朝、出発前に王太子から使者のマイルズへ、滞在中に会えなかった事を詫び、帰りの安全を願う書状に隠して、婚姻に関する契約内容や計画の細部に関する連絡が届いた。
受け取り、ガブリエラ達に別れを告げて、ドミニクはマイルズに頼んだ。
「じゃあアレ頼むね」
了承したマイルズが抜剣し、王宮の方と帰路に向かって素振りするとその軌跡が白い光となって素振りした先へ広がって飛んでいく。
「あぁ、向きを間違えてしまいました。王宮の方には謝っておいてください」
白々しく嘯くマイルズにガブリエラが笑って請け負ってくれた。初めて見たらしいグウェンドリンには出発した馬車の中で説明する。
「アレは聖剣でも聖槍でも出せるらしいですよ。人でも魔物でも戦意、敵意、害意…とにかくそういうものを一定範囲、一定時間無くす効果があります。
猟師達などに影響があるから、先に通達しておくべきなのだけれど」
マイルズが時々働いたおかげか旅路は快適、出入国もドミニクとグウェンドリンは侍女姿で、外交特権で馬車の中はあらためられず楽に切り抜けた。観光しながら帰るはずだったマイルズ達には詫びつつ、聖剣の国についてグウェンドリンに話しながら無事に王宮まで帰ってきたのだった。
***
帰国すると、最初にブライアンに泣きつかれた。出来る限り公務はこなしてから出掛けたし、なるべく予定は入れなかったが、どうしても動かせない、顔を出さねばならない行事があったのだ。ニコニコ笑っているだけでいいのだが、子爵家三男のブライアンの胃には多大な負担を掛けたらしかった。
その後マイルズがブライアンに土産を渡すと大号泣で喜んでいた。ちなみに、帰国翌日の騎士団長とその次男は目が赤くて潤んでいたし、その長男と侍女長は大変機嫌が良かった。
グウェンドリンに関しては、処遇が決まるまではドミニクによる変装さえしていれば、ハリエットやマイルズと共に王宮内を自由に動いてもらい、ハリエットが休む時は事情を知る王族か国内に嫁いだ姉と王宮で過ごしてもらった。脱走していた時の名残りか、ハリエット達とドミニクの休みが被っていたので、必然的にドミニクが一緒に居る機会が増えた。
グウェンドリンは概ね楽しそうに過ごしていたが、時折その笑顔が曇る事があった。
「辛い事は、誰かに話してみると楽になることもありますよ」
ドミニクが隣に座って声をかけると、グウェンドリンはポツリと話し始めた。
「私が楽しんでいるこの間にも、フェリシアは辛い思いをしているのに、と思って。
以前、反対の立場だった時に、私の事は気にせず自由に過ごすよう彼女に伝えた事があったのですが、それがこんなに難しい事だなんて思いもしませんでした…」
ドミニクは、真剣な顔でグウェンドリンに向き合った。
「グウェンドリン嬢、心を平静にして聞いていただきたいのですが…。
貴女は今、軟禁状態にあります」
「…え?」
「外に出られず、監視がついている状況ですからね。フェリシア嬢は周囲に心許せないという状況は確かに苦痛でしょうが、自国にいて公務で他の人と会話出来ます。他国で見知らぬ人ばかりの君の状況とは、他人からすればどちらもそう変わらず自由はありません」
「あ、そうなんですの…」
「むしろ、貴女は特定の方と深く築く人間関係はありますが、沢山の方と接する経験が乏しいです。たったこれだけの自由で満足している場合ではありません。これからの生活に向けての準備期間だと思って慣れるといいですよ」
ドミニクの言葉を聞いて、グウェンドリンは顔を赤らめた。
「自分の状況が客観的に見られず、恥ずかしいですわね…」
「いや、君の状況であれば自然な考え方ですし、友人を心配するのは当たり前でしょう。僕だって恥ずかしい思いを今していますよ。よほど恵まれていたのに不満だらけでしたからね」
「では、そのお話を聞いてみようかしら。近くの方から始めるべきでしょう?」
ドミニクは苦笑しながら、少し恥ずかしい失敗話をいくつか話したのだった。
それからグウェンドリンは使用人との話を積極的に楽しむようになった。ドミニクにもその内容を嬉しそうに教えてくれるのは微笑ましかったが、何故かドミニクの昔話の比率が異様に高い。
ある日なんかは、グウェンドリンに部屋でも楽しく過ごす方法を教えてもらって、一緒にいると使用人の気配をいつもより感じない…と思っていたら、侍女達が壁側にピッタリくっついている上に3人減っていた。仕事はどうしたんだ、と思ったら、その3人は扉のすぐ外から窺っていた。そちらの方が不気味だと思うのだが。
確かにドミニクと結婚すればグウェンドリンの警護はそれなりに厚くできるので、安心して色々な所に出掛けられる。ドミニクにとっても派閥など関係ないので好都合ではある。
しかし、祖国や家名までも捨てさせるのなら、それに見合う自由をもっと得るべきだ。たまたま最初によく話した自分しか選択肢がないのは、どう考えても見合っていないと思われた。
***
そう考えていたある日、鍛治職人ギルドからやや困った報告が上がってきた。
週一回の夕食後、父、長兄、次兄、エドワードとドミニクで集まった。母は甥姪達の面倒を見るのを手伝いに行っている。他の兄弟は結婚して臣下に下ったか他国へ行った。エドワードも結婚間近である。
「これがその“聖剣”なんだが…」
「討伐には絶対に行けない大きさだよね…軌跡っぽいアレを出して、自分の周囲を守る事が出来るぐらいかな」
金属のアクセサリーを作り続けていた職人が天啓に導かれて作ったもので、聖なる力が宿っている。普通聖剣を作るのは鍛冶職人であるところ、その職人は持病の為に重い剣を作れなくなってアクセサリー作りに転向した者だったので、ギルド所属のままだったらしい。
聖剣はまさに剣の形をしたアクセサリーで、全長は中指程度だ。ただちゃんと鞘に入っていて、紙程度なら切れそうである。聖剣が生み出された以上、悪用を防いで国に繋げておく意味もあって、持ち主は探さねばならない。
討伐に向かわせる訳ではないので、騎士団志望の人間から探す意味もない。そもそもどこかに取り付けられるように丸い輪までついていて土産物のように見えるのだが、髪が抜ける可能性があっても持ち主になりたい人がいるのだろうか。
頭を突き合わせてどうするか話していると、エドワードがぽつりと言った。
「…グウェンドリン嬢はどうかな?あの子がこれを持てると色々解決する。それに討伐にも行かなくていいから騎士団に入る必要もない」
ドミニクは何か反論しようとしたが、出来なかった。隣国は絶対に手を出せなくなって害される心配がなくなる。国から予算が出て、よい養子先が見つけられる。本人が伯爵位になるから、結婚相手も選び放題だ。
だが、祖国や家名を捨てさせた彼女に、さらに苦痛を上乗せするのか。
悩むドミニクをよそに、とりあえず鑑定だけでも、という結論で話し合いは終わった。
鑑定すれば、水晶は白く光り輝いた。ただ、亡命の受け入れを保留していたので、説明は色々なものが終わった後という事になった。
その段になって、ドミニクがグウェンドリンと離れる事が辛いのだと気付いた。彼女に自由を与えなければと思っていたはずなのに、いざそれが可能になると与えたくなくなるなんて。
そんな状況の中、ついにフェリシアがグウェンドリンとして輿入れで入国したという知らせが入った。




