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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
49/52

049

 

 目の前にテスラ、奥へ目を向けてみれば冒険者と魔物が存在している。

 だが先程までと違うのは、誰も例外なく動かない事だろう。

 

 これでやっと整ったが、惜しむべきはテスラか。

 彼女は固有魔法も含め色々と有用な上、エリスちゃんの味方でいるのは間違いない。

 なので出来れば協力をして貰いたかったのだが……彼女自身が妙な動きを見せていたので、致し方ない。

 

 後はエリスちゃんをと合流してしまえば、もうこの様な所に用は無い。

 

「……! エリスちゃんが来る」.

 

 早速居場所を知るべく『精神干渉』で調べてみると、いつの間にかエリスちゃんは移動を開始していたようだ。

 ついでに目の前にいるテスラ達にも『精神干渉』を使って感情を読める事を確認すると、面倒にならず済んだ事に少し安堵する。

 

 ……もし殺してしまっていたら、エリスちゃんに嫌われてしまうかもしれなかった。

 

 私は目の前の結果に満足すると、テスラ達に背を向けて氷壁へと近づく。

 一部を水へと戻し、空けた穴から氷壁を通り抜ける。そして通り抜けた道を水で塞ぎなおして凍らせておく。

 

「……と、いけない。私はあーちゃん、えがおえがお」

 

 先程のテスラの行動から、恐らくエリスちゃんに何かしらを吹き込んでいたみたいだ。

 まだここに来るまでには時間が掛かりそうだが、それまでにいつもの『あーちゃん』に戻っておかなければ。

 

 さて、こんな国からはさっさと出で、人がいないところへ行こう。この世にはいらないものが多すぎる。

 もうこれまでみたいに、エリスちゃんには不幸になってもらいたくない。これからは『あーちゃん』が絶対に護る。

 そのためだけに私は『あーちゃん』を作ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の生まれは、この国から少し離れた、とある小さな村だった。

 そこで私は……うぅん、私達魔人族は、飼われていた。

 

 なぜそうなったかは、私が生まれる前まで遡る。

 

 その村はどこの国からも離れていて、特に名産などの特色も無く、国を行き来する経路からも外れたひっそりとした村だ。

 住まうのは人間、亜人だけであり、それぞれの役目をこなして自給自足をしていた。外からの入ってくる人は少なく、たまに魔物が現れると、村長が出した依頼を受けに冒険者がやってくる程度だった。

 

 そんな村に、ある日一人の魔人族がやって来た。

 人当たりの良さそうなにこやかな笑みを浮かべた三十前後の男で、旅をしている者だと自称すると、数日の滞在を願い出た。

 それに対し、村を纏めている村長は珍しそうにするが、その男の害の無さそうな雰囲気にすぐ快諾した。

 

 ――魔人族の見た目は、あまり他種族と変わらない。

 服を脱げば、背に黒い翼を生やしているのですぐにわかるのだが、人前で肌を見せることは無いので、外見ではまず見分けがつかない。

 だが魔人族が魔法を使えば、その感じる魔力からすぐに正体が分かる。別に魔力自体に色がついているわけではないのだが、他種族がその魔力を感じると、なんというかこう……不快な感じがするらしい。

 私自身が魔人族なので、その辺は良く分かっていないのだが、そういうものだと理解している。

 

 さて、そんな魔人族だが、実は他種族からはかなり疎まれている。

 力が強力で魔力も豊富、単体で高い戦闘能力を持つのが魔人族だ。普通に考えれば他種族を圧倒、蹂躙出来る立場にあり、畏怖される事はあっても疎まれることは無いと思える。

 しかし、どうしても他種族に抗えない程の弱点を、魔人族は抱えていた。

 

 それは、個体数がどの種族よりも極端に少ない事だ。

 

 元々そうだったわけではない。

 それぞれの種族が別々の環境で生まれ、育ち、増えていく過程でこれほどまでに差が開く事は本来自然にはありえない。

 

 ではなぜそうなったのか?

 その答えは簡単で、他種族は総じて魔人族を恐れ、排除したかったのだ。

 

 種族間で争いが起これば、ほぼ必ず戦闘能力が圧倒的な魔人族が勝利する。多少の人数差では絶対に敵わないので当然だ。

 そして常勝できる魔人族は、何があっても戦力にモノを言わせて我侭が通ると分かると、次第に他種族を見下し始める。仕舞には、他種族を下等種族と蔑称し、魔人族こそがこの世の支配者だと宣う者まで現れた。

 

 ……と、ここまで来れば、後は自然の流れだ。

 そんな苦汁を吸わされ続けた他種族達は、もはや我慢の限界と魔人族至上体制に反旗を翻す。

 そうなればもはや数の暴力となり、単一種族相手なら圧倒出来ていた魔人族でも、簡単に敗戦した。

 敗戦後は、他の全種族に敵視されている為に居場所が無く、ひっそりと見つからない所へ逃げ込めた者以外は全て殲滅された。

 

 そうした歴史があり、現在の魔人族達はなるべく人目につかないように暮らすのが普通なのである。

 争いが終わった今も、他種族に存在を知られれば良くて討伐、悪ければ飼い殺しや見世物にされるのだ。そんな場所に進んで行きたいと思うものはいないだろう。

 

 

 

 

 長くなったが、そういった理由で正常な思考が出来る魔人族は、まず人里に近寄る事は無い。

 だがこの魔人族の男は、楽しそうな微笑を湛えてこの小さな村にやって来た。

 

 それから数日間は何事も無く進む。

 男は旅人を珍しがる村人に対し、人当たり良さそうな柔和な笑みで対応しつつ、村の中を調べるように歩き回るだけだった。

 

 それから十日後くらいだろうか、宵も深まり月明かりだけが村を照らす頃、村人や滞在していた冒険者が外に出ていない事を確認した男は、行動を始める。

 男は予め予定していた詠唱を行うと、村の各場所にいつのまにか設置していたコインが発光して、村を囲う結界を作る。

 突然の出来事に、村人は恐々と

外の様子を見ようと家から出て、滞在していた冒険者は慌てつつも装備を整えて宿から飛び出す。

 

 そうして彼らが見たものは、心底楽しそうに口を弧に歪めた男の姿だった。

 その光景に村人達は困惑し、冒険者はその噴出す魔力で男の正体を悟る。

 

 魔人族だと分かった冒険者たちはすぐさま魔人の討伐しようと行動に出ようとするが、六級冒険者だった彼らではその男に敵わず、簡単に無力化される。

 

 以降、蹂躙が始まった。

 まず倒れた冒険者の男を全員殺され、女は村人達に見えるようにして犯された。

 当然逃げ出そうとする村人もいたが、結界に阻まれて出る事が出来ずもたもたしている内に捕らえられ、他の村人が見守る中で殺された。

 

 それから数日間は、村全体が男の玩具となった。

 気まぐれに村人同士を戦わせたりして面白がり、村の娘達を集めて下の世話をさせたり、少しでも気に入らない事があれば八つ当たりで何人か殺したりなど、村人にとっては地獄の様な日々が続く。

 助けを期待するにしても、立地からしてほとんど人が訪れない場所だ。村人も次第に諦念を抱くようになっていった。

 

 だがそんな日々は、唐突に終わりを告げる。

 男は満足したのか、生き残った村人達を村の入り口へ集めると、全員に聞こえるように命令をする。

 

"これで何人か、俺様の子供を孕んだだろう。一度ここを離れるが、そいつらは生かしておけよ"

 

 その言葉は村人にとって、性質の悪い冗談のような内容だった。

 暴虐の限りを尽くした男の子孫を生み、さらには育てろと言うのだ。

 

 だが反論は出来ない。せっかく今日まで生き延びて、やっと諸悪の根源である男が居なくなるというのだ。

 ここを我慢すれば、また静かな日々に戻れる。村人達はそう考えて、男の命令に了承の意を返す。

 

"それらが成人した頃にまた来る。もし一人も生きていなければ……分かっているな?"

 

 男は最後にそう言葉を残すと、そのまま姿を消した。

 後に残ったのは、無理矢理孕まされた女達と、魔人族の男に唯々諾々と従った者達だけだった。

 

 

 

 

 それから時が経ち、私達は生まれた。

 村の一画に出産施設を建て、魔人族の男に孕まされた女達はそこに集められ、強制的に出産させられる。

 

 そこには子供の誕生に対する祝福は一切無く、あるのは呪いの様な憎悪だけだった。

 本来なら母親となる女達は産みたく無かっただろうし、周りにいる人たちも生まれてすぐ始末したかった事だろう。生まれてくる子も全て魔人族だった事も、彼らに対する嫌がらせのようだった。

 

 しばらくして物心ついた頃には、魔人族の子供達を纏めて管理する小さな部屋にいた。ここにいる子達の数は、私を含めて三十人くらいだろうか? 随分と多い家族だ。

 周りを確認しても石造りの壁で窓のようなものは無く、光は入り口が開いている時のみ差しこむ光だけ。そして部屋の正面には鉄格子が嵌められており、そこから出られないようになっている。

 閉じ込められていた私達は何もする事が無く、出されたご飯を食べて、後はじっとしている事が多かった。

 

 村人は暇なのか毎日日替わりで私達を罵倒しにくる。逃げる事の出来ないこの場所で、途切れない恨み言と共に自分の出生を知る事となった。

 それには肉体的な被害こそは無かったが、とても恐かった事を覚えている。

 

 考えても見てほしい。

 鉄格子を掴んで顔面を格子の間にめり込ませて、力一杯つばを飛ばしながら叫んでくるのだ。

 毎日毎日、来る日も来る日も飽きる事無く、入れ替わり立ち代り陰気な部屋で繰り返される謂れの無い罵倒。

 幼かった私達の中では、精神的に疲弊してケタケタ笑い続ける子も出てしまい、余計に気が狂いそうになっていた。

 

 また、ごく偶に村人以外の人が入ってくる事もある。

 彼らは私達を品定めするように見ると、一人か二人程度に指を差し、一緒に入ってきた村人に何かしら話しかけると、そうして指を指された子達は部屋から出され、外に連れて行かれていった。

 私は部屋の隅で小さくなっていたからか、指を指される事は無かったのだが、指を指された子達はなぜか嬉しそうだったのが印象に残っている。

 後で他の子に聞いてみると、外へ出る事に希望を抱いているみたいだった。

 

 それを聞いて少し納得する。

 誰しもが物心付くころから部屋に閉じ込められているだ、そう思ってしまうのも無理は無いだろう。

 

 そんな日々を送り続け、どのくらいの時間が経ったのか。

 私達の体も知らぬ間に少し大きくなり、部屋が手狭になってきた頃には、皆すっかり精神的におかしくなっていた。

 

 自傷する者、虚空を見続けている者、ぶつぶつ独り事を呟き続ける者、周期的に奇声を上げる者など、完全に頭のおかしい集団が出来上がった。

 村人達はそれを見て、徐々にこの部屋への足は遠のき罵倒される事は無くなった。唯一食事だけは運ばれてくるが、もはやこんな集団へ恨み言を言いに来ようとは思えなくなったのだろう。

 

 その様な環境の中で過ごしていたので、私も例に漏れず疲弊していた。

 部屋の隅で独り小さく座りこみ、両手で肩を抱きながら擦り、必死に暖を取ろうとする。

 

「はぁ、はぁ、寒い、寒いよぉ……」

 

 私が起きている間は、常に考え事をしているか、温まろうとしているかのどちらかだった。

 時たま、まだまともな人が話しかけてくるが、私は聞こえているにも関わらず、言葉を返す事が出来なかった。

 

「寒いの、さむい……」

「お前ずっとそうやってるけど、狭い部屋にこんだけ人がいれば逆に暑いだろう」

「……寒い、うぅ……寒い……」

「はぁ、こいつもダメか……」

 

 反応が無い私に対して、大体このようなやり取りでみんな離れていく。

 それを顔を伏しながら見送る度に、寒さが増していく気がした。

 

 

 

 

 もはや思考を放棄して壊れるのを待つ私達だったが、ある日突然、転機が訪れる。

 魔人族の男が帰ってきた……訳では無く、魔物が数匹この村を襲ったのだ。

 村に冒険者が居なかったのか、または魔物が強力で倒せなかったのかは知らないが、村の中は魔物が侵入してきた事により、大混乱に陥っていた。

 

 建物が壊れる音、誰かの断末魔、聞いたこともない咆哮。

 そうした平時ではまず聞かない騒音が溢れていたのだが、そんな中でも私はいつも通り、ただひたすら暖を取ろうとしていた。

 

 だが、私がいくら無関心でいても、騒動の方は私を見逃してくれない。

 突然近くから轟音が響いたかと思うと、部屋の横壁がごっそりと崩れ落ち、近場には赤黒くべちゃっとしたものがこびりついていた。

 その音でさすがに無視出来なくなり、久しぶりに見る陽の光に目を細めつつ視線を上げていくと、村人の骸が見えた。どうやら勢いよく吹き飛ばされた人が、ここにぶつかって壁を破壊し、耐え切れなかった肉体がその辺りに飛び散ったようだ。

 一瞬これを成した魔物がこちらにくるのではないかと思ったのだが、近場に魔物は見えなかった。

 視界に入る中にも魔物はいるのだが、私たちより近くの村人を狙っているようで、こちらには気づいていないみたいだ。

 

「みんな、逃げよう!」

 

 そう、誰かが言った。

 その声があがった途端、皆の目に失われていた活力が宿り、一斉に走り出す。

 そんな彼らを見て私も慌てて立ち上がり、急いで駆け出そうとするが、ふと視界の端に槍の様なものが目に入った。

 吹き飛ばされた村人が持っていて、一緒にここまで飛んできたのかもしれない。

 

 私は何となくその槍を掴むと、すっかり先へ行ってしまった皆の後を追って走り出した。

 

 結論から言えば、後から出発して正解だったようだ。

 我先にと先頭を走っていた子は魔物に見つかり、目に涙を溜めながら逃げようとしているのが見えた。少し後ろに居た子達はすぐに進路を変え、残った私たちもそれに続くようにして、先頭に居た子達を囮として完全に見捨てて逃げる。

 その後他の魔物に見つかる事も無く、なんとか村の外に出る事ができた。

 

 普段体を動かす機会の無い私たちには、これまでの疾走でもう体力が残っていたなったが、村を出てもすぐには安心出来ない。

 多分この騒動で生き残った村人に見つかれば、またあの部屋へ戻されてしまうだろう。そうでなくとも村人には魔人族の男との一方的な約束がある。騒動が治まり次第、躍起になって探しに来るのは明白だった。

 他の子も同じ想像をした様で、必死な様相で痩せ細った身体に鞭を打ち、ゼロに近い体力を振り絞って足を動かしていた。

 

 しばらく進んだ後、先頭にいた子が立ち止まると同時に皆も足を止めた。

 私もこんなに体を動かしたのは初めてだったので、ペースを掴めず限界を超えていたようだ。他の子は座り込むのを見て、私も同じように座ろうとするが、うまくいかず地面へと倒れこむ。

 

「ぅ……あぁ……」

 

 もう喋る力も残っていない。槍なんて重いものを持ってきたので、余計に疲弊してしまったのだろう。走っている途中に気づいて放り捨てても良さそうなのだが、必死だったので気づかなかったみたいだ。

 あと、こうして周りを見る余裕が出来てやっと分かったのだが、私たちはいつのまにやら見知らぬ森へと入っていたようだ。

 

 初めて感じる草木の感触、匂いに何だかひどく安心する。

 私はそのまま、意識を手放していった。

 

 

 

 

 目が覚めると、話し声が聞こえてきた。

 既に何人か起きて、話し合いをしているようだった。何となしに聞き耳を立てていると、論題はこれからどうするか、という事だった。

 私は起き上がると、いつもの様に目立たない位置までのそのそと移動すると、槍を近くに置いて小さくなる。

 

「うぅ……眩し……でも、お外も寒い」

 

 初めて浴びる陽の光に目を細め、改めて逃げてきた子達に視線を向ける。

 ……知らない内に随分と数が減っている。残っているのは、私を含めて十数人しかいなかった。

 

 皆肌が青白く痩せ細っていて、とても元気があるようには見えない。多分私もそうなのだろう。

 そんな光景をぼんやりと眺めながら、私は……いや、多分皆が思っているんじゃないだろうか。

 

 ……何の為に逃げたんだろうか。

 結局出たはいいが、この後どうすれば良いか誰もわからない。今は話し合いを装って誤魔化しているが、皆ももう既に結論を分かっている上で、その答えを引き伸ばそうとしているだけだった。

 土地勘が無く、食料も無ければ頼る人もいない。かと言って、私達だけで魔物が跋扈するような場所で生き抜けるはずもない。

 どう考えても明るい未来は無い。それが分かっているのか、彼らはせっかく外に出られた今も、いつかの指を指されて選ばれた子が外に出る時のような、あの表情はどこにも無かった。

 

 そうれからしばらく不毛な話し合いを見ていると、突然草を分ける音が聞こえてきた。

 その音は徐々に近づいてくる。やがて姿を見せたのは、三人の人間に見える男達だった。

 

「お? 話し声が聞こえると思ったら、なんだぁこいつら」

「ふむ、汚ねぇけど小銭くらいにはなりそうだな。おう、連れて行こうぜ」

「んー、だがなぁ……維持する費用とこいつらの値段、どっちが高いんだろうな? 連れてくのも移動が遅くなって手間だしよぉ……」

「確かにそうだな、んじゃガキだが女も居るみたいだし、ここで遊んで終わりにするか」

「んだなー、というわけでお前ら、逃げたら殺すぞー?」

 

 男達は目の前で、遠慮のかけらも無い会話を聞くと、二人の子がいち早く逃げようと走り出す。

 魔人族とは言っても、生まれてずっと閉じ込められてきたのだ。そんな私達が抵抗しても、勝てる見込みなんて無いと早々に判断したのだろう。

 だが、そのようにまともな思考で考えた行動も、すぐに無駄だったと知る事になる。

 

「だからよー、逃げんなっつったろーが! 『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「ふひ、溜まってたんだよね! 一匹貰うぜ!」

「ご自由にー、『第一節 アクアボール』」

「っせい!」

 

 一人の男が何やら呟くと、突然水の玉のようなものが現れる。そしてそのまま逃げている子目掛け、発射された。

 水玉に狙われた子が着弾して吹っ飛ばされると同時に、その横を走り抜けていた子の脇腹に風穴が開けられる。いつのまに追いついていた一人の男が、槍を突き出していたのだ。

 

「ぅぶっ」

「うぎっ!? ぃ、い……」

「ふひひ、ガキの串刺しいっちょあがりー」

 

 飛ばされた子は打ち所が悪かったのか、首が妙な方向に曲がってピクリとも動かなくっていた。もう一人は脇腹に槍を生やしながら、言葉にならない声で喚いていた。

 

「んんー? 女の子は……4人、かな?」

「おう、男の方は殺しても良いか? 代わりに俺、女はいらねぇからよ」

「ホントいい趣味してるよお前、んじゃま、俺らは二人ずつ遊ぶかー」

「わかった、まぁ遊び終わったら友達の後を追ってもらうがな」

「おいおい、それ先に言うなよなー。命乞いさせるのも楽しいのによぉ」

「お前こそ良い趣味してんな……」


 男達は楽しそうに会話をしているが、内容がどう考えても最悪なものだった。その様子を見ていると、なんだか余計に寒さを感じてきた。

 

「……うぅ、ここも寒い」

 

 何でだろうか、さっきまでは少し収まっていたのに、二人があぁなったのを見てまた寒さがぶり返してきた。

 

「やめて、寒くしないでよ……うぅ、寒いの……」

「なんだぁ? あいつなんかブツブツ言ってんぞ」

「あー、なんか恐ぇから俺パスな。お前が担当してやれよ」

「え? いいのか? 顔は結構綺麗に整ってるぞ?」

 

 男たちが会話をしつつ、こちらへ近づいてくるのは見えているのだが、私は今それどころではない。

 

「あぁ、俺はああいうのちょっと無理だわー……」

「あっそ、じゃお前も一人だけ先に選んでいいぞ。そん次俺な」

「あ? なんかそれお前ずるくないか?」

 

 あぁもう黙って。早くあったかくしないと凍えちゃう、邪魔しないで。

 ……邪魔?

 

 そう、そうだ。私に寒さを感じさせる人は、居ない方が良い。

 でもどうすれば。槍は持ってるけど、あんなに早く動けない。

 だったら……

 

「寒いの、あっちいって……『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「いやいや、全然ずるくねー……って、おい!?」

「ん? なんだよきゅう……に」

 

 言い合っていた男達は、私を見て驚愕の表情を見せる。

 ただ真似しただけなのに、そんなに驚く事なのだろうか? ……よくわからないが、とりあえずこの人たちはいらない(・・・・)

 

「『第一節 アクアボール』」

「ぐぁっ!?」

「んなっ!? 大丈夫か!? ……てめぇ!」

 

 さきほど男がやったようにいい終えると、すぐに期待したとおり水玉を作る事が出来た。

 そのまま喋っていた片方の男へと狙いをつけると、そのまま動くように意志を篭める。すると水玉は思っていた以上の速さで射出され、狙い違わず命中した。

 受けた男は体制を崩すが、一人は怒りの形相となって私に向かって歩いてくる……が、男がここまでくる事はないだろう。

 

「てめぇは遊んでやらねぇ、ここで死……」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「はぁ!?」

「ちっ!」

 

 私達は皆、子供でも魔人族だ。

 私が水の玉を出したのを見て、周りの子達も使えると思ったようで、その内何人かが一斉に詠唱を始めた。

 それを見た男は心底驚いた表情で後ずさろうとし、もう一人の槍を持った男は応戦しようとこちらへ駆け寄るのが見える。

 

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

 

 詠唱に対し、出来た水玉は三つ。

 聞こえてきた声よりも少ないのだが、もしかしたら使える人とそうでない人がいるのかもしれない。まぁとりあえず私は使えたので、あまり深く考えなくても良いだろう。

 そうして生成された水玉は、示し合わせたかのようにして、その全てが槍を持っている男に向かって殺到する。

  

「くそ! -っ!!」

 

 槍をもった男はまさか全部が自分にくるとは思っていなかったようだ。

 槍を振って叩き落とそうとするが全てを捌く事は叶わず、一つの水玉を切り裂いた体制で残りの二つに挟まれ、その勢いに片足が折れ曲がった。

 

「ぐぁあああ!? あ、あしっ!」

「このガキども! ぶち殺して――」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」

「――な? っておいおいちょっと待て!」

 

 男が何やら喚いている間にも、私達は詠唱を進める。

 

「この魔力の感じ、もしかして……」

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

「『第一節 アクアボール』」

「はっ!? や、待て、打つ――ぐぎゃ!?」

 

 発生した水玉は私のと合わせて二つだったが、どちらも喚いていた男目掛けて飛んでいくと、男の体が面白いように折れ曲がる。

 こうして二人の男達が地に伏した頃、ようやく最初に水玉を受けた男が立ち上がってきた。

 

「『蒼の力よ……』」

「ひっ!?」

 

 その後はひたすら皆で淡々と詠唱を繰り返し、水玉を男達にぶつけていった。

 

「も、やめ……あ"がぁ」

「……」

 

 動けない男達へしばらく打ち続けていたが、最後の一人が動かなくなったのを確認して、水玉を作るのを止める。

 それまで無表情だったみんなの顔が、終わったと同時に明るくなった。

 

「殺せた……?」

「これだ! これなら俺達だけでも生き残れる!」

「飲み水は大丈夫そう、あとは食べ物」

「ははっ! これなら魔物が来ても恐くないな!」

 

 皆かなり興奮してまくし立てている。

 これまでの話し合いで何の希望が見出せなかったところに、この水玉を生み出す力だ。

 色々と出来る行動の幅も広がったので、それを考えれば単純に嬉しくなるのは当然か。

 

 そんな彼らを一旦は意識から外し、先程槍で貫かれた子を見てみると、既に息絶えていた。

 だが生き残った皆はそこに感心はないようで、これからどうするかを楽しそうに喋っている。

 

「……はぁ、寒い」

 

 私はそんな彼らを遠巻きにして眺めつつ、そう独り呟いた。

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