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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
47/52

047

 

「……あーちゃん?」

「? どうかしたの?」

 

 そう、この底冷えする様な声は、あーちゃんのものだ。

 普段の可愛らしい声音と違い、感情の全く篭らないその声は、最悪な状況を予期するのに充分すぎるものであった。

 ……テスラが危ない!

 

「"テスラ! 今すぐその場から離脱しなさい!"」

 

 そう理解すると、咄嗟に叫んでいた。

 

 私の視点から見たあーちゃんは、とても暖かく、そして優しく映っていた。

 だが今の彼女は、そんな事を微塵も感じさせないほどに無機質な印象を受ける。

 このままでは本当に、仲間であるテスラを排除する気がしてならない。

 

「"ねぇ、聞こえていないの!? 早くなさい!"」

 

 続けて怒鳴るようにして『情報伝達』で言葉を送るが、テスラからは反応が無い。

 もしかして、聞こえていない?

 

 だったらどうする? 今のあーちゃんは何かいやな予感がする、早くなんとかしないと! どうする? どうしたら……。

 

「"残念です、気がつかれましたか"」

 

 必死に考えを巡らせていると、ようやくテスラの声が聞こえた。その声にはどことなく自嘲を含まれており、まるで私に対して謝っているかのようだった。

 そしてすぐ、あーちゃんの声が続く。

 

「"……さよなら"」

 

 強張っていた体が弛緩していくのを感じた。

 それに比例して背の炎は一瞬しぼんだかと思うと、徐々に威力を増していく。

 

 ――これではまるで、私が不安を感じているようでは無いか。

 そう否定しようとするが、自分の中の思考は止まってくれない。

 

 そんなまさか……あーちゃんがテスラを……?

 

 いや、ありえない。

 だってあーちゃんは、とっても優しくてあったかくて、いつもにこにこ笑顔を振りまいてくれるとってもいい子なのだ。だから私が危惧している事など、起こり得る筈がない。

 

 …………本当に?

 だったら何で、今私はそのようなことを危惧している? 最初からそんな心配が無ければ、ここまで考えたりしないだろう。

 

「いいえ、ありえないわ。あーちゃんは、気遣いの出来る優しい子」

 

 今ある悪い考えを振り切るように、持っているあーちゃん像を思い浮かべる。

 

 とても優しい子なのだ。

 私の感情をいつも理解してくれて、その時に応じた行動を取ってくれていた。抱きしめると暖かく、向けてくれる笑顔はふにゃっとして可愛らしく、いつも私の心をほぐしてくれている。

 

 そんなあーちゃんは、とても大事な子で……っ!

 

 

 

 

 そこまで考えて、やっと私は理解した。

 ……いや、正確に言えば目を逸らしていた事を自覚したと言えばいいのか。

 

 そう、あーちゃんは私が思い浮かべたような優しい子である事は間違いないし、それは今も信じている。

 

 だがそれは、私にだけ(・・・・)向けられたものであった。

 思い返してみれば、あーちゃんは私には優しかったものの、他の人に対してはどこか冷めている雰囲気があった。

 

 私が楽しそうだったから、あーちゃんも楽しそうに振舞う。

 私が苦しんでいたから、あーちゃんも相手を排除しようと動く。

 

 私がこう感じたから、あーちゃんもそう行動する。

 

 全て『精神干渉』で私の気持ちを汲み取り、その状況に則して対応してくれていたのだと、今ならわかる。

 逆に、他人には私が強い関心を向けない限り、視界にも入っていないようだった。あくまで私が興味を持った相手のみを見定め、そして私の持っている感情を元に行動していたように思える。

 

 つまり、あーちゃんは私には優しいが、私の仲間には興味すらない。

 それなら、テスラは……!?

 

 すぐにテスラをの安否をみようと魔法を使おうとするが、一瞬迷う。

 

 『技能共有』は、繋がっている相手の固有魔法を借りる他に、その人の大雑把な位置を把握出来る。

 考えたくは無いが、逆に対象が死んで接続が切れた場合でも、多分わかると思う。

 

 私は恐くなる気持ちを押し殺し、『技能共有』に意識を集中した。

 

 

 

「……ふぅ、良かった、無事のようね」

 

 結果がわかると同時に、思わず安堵の息を吐いた。

 考えが進むほど悪い予想が膨らんでいたので、彼女の生存に心底安心した。

 

 すぐ近くにヘル、そしてテスラとあーちゃんはこの巣の出口付近に固まっていて、ゼクスが離れた場所にいる事を感じられた。

 もしこれでテスラの位置情報が感じられなかったらと考えると少し恐かったのだが、今背にある『擬似心蝕 クァイエット・フレイム』の効果で平静を保てたのもあり、何とか恐怖を押し込んで確認を行う事が出来た。

 

 だが安堵ばかりもしていられない。これは状況から見て、テスラが危惧していた通りの展開になってしまっている。

 声だけでは状況がわからないが、先程あーちゃんが発した内容からテスラを殺してしまうような事にはならない……そう思うのだが、それは私に嫌われたくないというだけの理由しかないので、あまり楽観は出来ない。

 

「どうしよう、まずはあっちに行って、それから――」

「エリス? さっきから一人で何してるの? それに、いつまでここにいるのかな?」

「――っ!?」

 

 ヘルの声でようやく我に返り、思考に没頭してしまっていた事に気づく。

 

 落ち着け、私。

 ここで考えていても仕方が無い。

 今はもう、私がなんとかしなければいけないのだ。

 

「……そうよね」

 

 まずはあーちゃんと会って、ちゃんと話そう。その後はあーちゃんの出かたにもよるけれど、きっと私の信じているあーちゃんなら大丈夫だろう。

 よし、そうと決まればさっさと動かないと。

 

「ヘル、ここからは別行動で出口に向かうわよ」

「えぇー……えっとそれってその小石で話してたので、何かあったの?」

「それもあるのだけれど……ほら」

 

 そう言ってちらりとマルギットの方向を見ると、私に意識を向けられた彼女は竦みあがる。さすがにこの状態で一緒に行動するのは無理だろう。

 

「うーん、何となくわかったけど……気分的に凄く嫌かな」

 

 ヘルは私の言いたい事に気づいてくれたようだが、途端になぜか不機嫌になってしまった。

 どうしてこうも極端に気を悪くするのだろうか? さっきもこの事には珍しく怒っていたように見えていたので、その時は私を庇ってなのかと思っていたのだが……今の反応を見るに、ヘルが個人的に何か思うところがあるのかも知れない。

 ……それでも、ここは何とか頷いて欲しい。

 

「お願いヘル、今頼れるのはアナタだけなのよ」

「むぅー」

「……」

「むむむむむぅ……」

 

 唸り続けるヘルの目をじっと見て答えを待つと、やがて諦めた表情になった彼女が口を開いた。

 

「……もぉ、そこまで言うならいいよ」

「ヘル!」

「で、でもその代わり……ボクのお願いも一つ、聞いて欲しいかな?」

「えぇ、わかったわ」

 

 ヘルは思わず飛びつこうとした私をやんわりと手で制し、そのまま一本の指を立てて条件を入れてきた。

 

 もちろんそれは構わない。むしろ一方的にお願いばかりしてきた気もするので、そろそろ何か返してあげるべきだろうと思っていたところだ。私物のナイフも結構な数を壊しちゃって、少し罪悪感を感じていたのもある。

 だからそれが例え、もう一度戦いたいだとか、今掛けている『技能共有』を解除しろというものでも受け入れるつもりだ。

 

 私はヘルが言い易いよう笑顔を作って、彼女の言葉を聞く……が、聞いた瞬間、一時的に意識が固まった。

 

「……あの、後でもっかい、ぎゅーってして、それで、その、ち、ちゅーして欲しいな」

「へ?」

 

 ……ん?

 えと、何だっけ。

 

 そ、そうだ、ヘルからお願いを聞いたんだった。

 それでそのお願いが、ち、ちゅー?

 

「えぇと、ヘル?」

「うぅ……」

 

 ようやく頭が復活してヘルに確認しようと目を向けると、熟れた果実のように真っ赤になった女の子がいた。

 視線は忙しなく上下左右に動いており、いつの間にか手前で組んでいる手を力強く握っていた。何だか見ているこちらも釣られて恥ずかしくなりそうな光景だった。

 

 ……うん、これで聞き違いはありえないだろう。

 どうやら彼女は、私とちゅ……接吻をしたいらしい。

 

 すっかり意識から外れていたが、そういえば彼女、私の事を好きと言ってくれてたっけ?

 一応私も、ヘルの事は良く想っている。これまで道中ずっと一緒でそこそこ楽しかったし、マルギットが怯えを見せている今でも、私への態度が全く変わらなかった。最初の戦闘の時は少し頭に来たけれど、それを上回るほど良くしてもらってきたのだ。

 

 うーん、だったら良いの、かな?

 私としては一回しているという事もあって、抵抗を感じない……どころか、無意識に触っちゃたささやかな胸とかも感触が良かったし、またふわふわな髪を撫で回したりもしたいと思っている。

 何となくあーちゃん達へ後ろめたい気持ちを抱かないでも無いが、でも女の子同士の触れ合いとしてなんらおかしい所は無く、普通……のはずよね?

 

 そうして考えていると、答えが返ってこない事に不安を感じたのか、ヘルは少し目元を湿らせながら、いつもとはかけ離れたか細い声で聞いてきた。

 

「……えと、だめ……かな?」

「だめなわけがないじゃないっ!」

 

 あ、あれ? 色々と考えていたのに、気がつけば大きな声でそう返していた。

 ヘルも私の反応に少し驚いた様子を見せたが、すぐにぱぁっと笑顔にになって飛び跳ねる。

 

「わぁ……うん、うんっ! 約束だよ! 忘れたらいやだからね?」

「え、えぇ、わかったわ」

 

 ……なんだろうこの気持ち。

 今は背の炎によって感情に制限が掛かっているのだが、起伏が減るだけで全く何も感じないわけでは無い。あくまで自分の耐えられる一定水準を設けて、その一線を超す感情を魔力に変えているのだ。

 だがどういうわけか背の炎は勢いが急激に増して、苦痛を耐えていた時の二倍以上の大きさに膨れ上がっていた。

 

 

 

 

 その後私たちは途中まで一緒に進み、五つの分かれ道まで来た所で進む道を変えて別れた。

  

 一人になった私は気持ちを切り替え、あーちゃんのところへ向かおうと真ん中の通路に意識を向ける。

 実はヘル達と別れた理由には、彼女達を巻き込みたくないという意図もあったので、一人きりになった事に少し寂しい気分を感じつつも、力強く歩き出す。

 

 そうして歩き進める中、脇の方にちらほらと魔物の死骸が残っていたが、知覚できる範囲には生きている魔物はいないみたいだ。

 この巣の主を倒したからか、または先行したあーちゃんやテスラが残りを排除したのか……まぁそのどちらであっても、危険がない事に変わりなく、考え事をするのには調度良かった。

 

 私はこの時間を利用して、テスラと交わした話を改めて思い返す事にした。

 

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