表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
37/52

037

 

「その身体能力は本当に凄いねぇ……ボク以上だよ!」

 

 ヘルは少し離れた位置で声を弾ませながら、そんな事を言ってきている。

 その表情はとても楽しそうに……いや、現に『精神干渉』で読み取っている感情は本当に楽しんでおり、まだまだ心に余裕がある様子だ。

 

 対して私の方は、とても切羽詰っていた。

 縦横無尽に飛び交う刃物を、視覚、聴覚を頼りに避けており、避けきれないものに対してはアメジストブレイドで弾いているのだが、その雨の様に降り注ぐ刃物の群れは止まる気配が一向に無く、あれからずっと防戦を強いられていた。

 

 既に身体強化は三割まで施し、さらには以前吸収させて貰ったグレッグの動きを模倣した体術を使っているのだが、それでもヘルに近づけそうも無い。

 

 冷静に考えれば、これはありえない状況だ。

 私の種族は狐の獣人で魔力がある珍しい種族だが、それでも身体能力が秀でている亜人であり、加えて私自身記憶が無いので何をされたのかは覚えていないのだが、実験とやらで力も底上げされている。

 もっと言えば、実験区画で二級冒険者や成人男性達の力をも上乗せしている身体能力もあるので、普通では敵がいる事など考えられないほどの身体機能を持っている筈なのだ。

 確かに全体の三割を、あーちゃん、ゼクス、テスラへ『技能共有』で貸しているにしても、常人を遥かに上回る力を有していると思う。

 

 その私がヘルに対して近づけない以上、恐らく他の誰であってもこの状況を打破する事は出来ないだろう。

 

「多分これ、接近されたら敵わないかも。あははっ、楽しいね!」

 

 楽しくないわよ!

 

 ……これでも攻撃を仕掛けられた最初の方は、まだ多少なりとも近づけた。

 しかしそんな私の動きを見たヘルは、早々に近接戦闘にさせないようにと自分と私の間へナイフの量を多めに設置して、さらには武器の量を増やしだしたのだ。

 心底どこに隠し持っていたんだと叫びたくなる位の量を追加され、今ではその数、優に百を超えていた。

 

「このままじゃ、ふっ! 良くない、わねっ!」

 

 前後左右あらゆる角度から攻めてくるナイフに、呟く事すらままならない。

 今はまだ私の動きの方が速くてなんとかなっているのだが、時間が経つにつれ体力が無くなってしまい、いずれ切り刻まれてしまうのは目に見えている。

 その前にヘルの魔力が尽きればすぐに叩き潰せるのだが……それは希望的観測過ぎるし、そもそも魔法で操作しているのかすら分かっていないので、期待して避け続けるには分が悪すぎる。

 

 早々に何か手を打たなければ、このまま詰みまで踊らされて終わるだろう。

 

「他に芸は無いのかしら?」

「ふふっ、どーだろね?」

 

 ちっ、分かってはいたが、そんなに簡単にはいかないか。

 ヘルも私の現状をしっかりと理解出来ているようで、安い挑発を受け流しつつ手を変えずに攻め続けてくる。

 

 こうなったら本格的に何か動かなければならない。だが今まで相手になる様な敵がいなかったので、考えながら戦闘するのは初めてだ。

 飛び交うナイフを防ぎながら考えるのはとても精神が削られるが……何とかしないと本当にこのまま終わってしまう。

 

「ふっ!」

 

 考えろ……私には何が出来る?

 私の能力の中で一番の長所は高い身体能力なのだが、今はそれをヘルの先手によって押さえ込まれてしまっている。

 そうすると他の手段として、適正魔法は……無理ね。詠唱している間に意識が逸れてしまって、切り刻まれる未来しか見えない。そうなるのは嫌なので、他の手段としては固有魔法を使うのが一番良さそうか。

 

 今ある固有魔法は、『技能共有』『精神干渉』『完全再現』『情報伝達』なのだけれど、この場で実際に使えそうなのは『完全再現』と『情報伝達』あたりか。

 『技能共有』は言うまでも無く打開策になりえないし、『精神干渉』は今も使っているが、ヘルの楽しそうな感情や、期待といった気持ちを読む程度しか出来ていない。

 

 では『完全再現』ありきでヘルに捨て身で突っ込んでみるか? ……いやいや、ナイフとか絶対痛いから無理。多分涙で滲んで視界が塞がってしまって、今のように避け続けられないだろう。

 あーちゃんと練習してた魔法を使う事が出来ればその限りでは無いのだが、今はその詠唱すら出来ないので使う事が出来ない。

 

 となると残るは、『情報伝達』しかない。

 

「えぇと、テスラは確か、先に陣を作って……」

「うん? 何か言った?」

「あーちゃんと喧嘩してたとき、自分自身も移動してたわよね……ならこれで……」

「もー! もっとはっきり喋ってくれないと、聞こえないよー!」

 

 人が必死になってテスラの動きを思い返しているのに、雑音が入ってうるさい。

 だけど大体分かった。先に移動先へ陣を生成しておき、後から自分の所にも陣を作れば即座に移動出来そうだ。確かテスラは転移って言っていたと思う。

 

「むー、そういうの、ちょっと感じが悪いとボクは思うよー?」

 

 テスラの動きを思い返しながら陣を生成していると、ヘルの感情に少しの変化が見られた。私が反応を見せないので、どうやら僅かに怒っているようだ。

 感情の起伏した瞬間は思考の隙になる。この程度でむくれるのなら、先程の挑発に乗ってくれても良いと思うのだが……まぁそれはいいか。私は今が良いタイミングだと考え、ヘルの死角になる所で生成した陣を使ってすぐに転移を発動させる。

 

「っ!?」

 

 転移した瞬間、突然視界が変わった事に驚いて一瞬だけ動きを止めてしまったが、目の前に映るのは全く近づけなかったヘルの背中だ。

 すぐに戻った思考で、私はその背に向けてアメジストブレイドを力強く振る。そしてヘルへとその刃が触れる直前……

 

「ふぁっ!? え、何で!?」

「なっ!?」

 

 ヘルは驚きの表情でありながらも、手に持っているナイフに体を引っ張られるようにして、私の振り切ろうとしていたアメジストブレイドの切っ先を避けた。

 

 その動きは明らかにおかしい。

 あのタイミングで避けられるのもおかしいが、避ける体勢も飛び退けたというより、急に宙に浮いて引っ張られたように見える。

 

「び、びっくりしたー……今何をしたの?」

「それはこっちが聞きたいわよ」

「あははっ、それは秘密だよー」

 

 ヘルは私が言葉を返すと嬉しそうに体を揺らし、今度は自分の周囲に大目のナイフを配置する。今の転移を警戒しての事だろう。不意打ちですら通じなかった以上、同じ方法で突っ込むのは緩やかな自殺に繋がりそうだ。

 と、そんな事を考えている余裕はなさそうだ。ヘルは自身の周りにナイフを配置し終えると、今度は残りのナイフで私の周りも囲み始めてきたので、恐らく準備が終わり次第すぐに攻撃を再開されるだろう。

 

 ……さて、この状況はいよいよ本気で不味くなってきた。

 『情報伝達』での転移攻撃がダメとなると、もう残されている手段としては『完全再現』で傷を回復しつつ、捨て身で突貫しかないと思うが……。

 

 しかし、本当にそれだけでヘルを倒せるのか?

 先程どうやって転移先で感知されたかも不明であり、この飛び交っているナイフの仕掛けもわかっていない。その上にもしヘルが他にも能力を温存していたらどうなる? 現に今の感情を見てみても、「楽しい」「嬉しい」「期待」といったものから変わっておらず、こちらが期待していた焦りなどといった感情も見当たらない。

 

 無意識にゴクリ、と喉が鳴り、冷や汗も出てきた。もしもの時の痛みを想像しただけで、とても気持ちが落ち着かなくなる。

 うぅ……痛いのは嫌だ。絶対に嫌だ。少し考えただけでも涙が滲んできた。

 

「そいじゃ、次行くよー?」

 

 そんな私の気持ちを他所に、ヘルは軽い言葉で片手をゆっくりと上げるとすぐに振り下ろさんと力を篭める……が、何かに反応してピクリとして動きを止めた。

 

「むぅ……」

 

 ヘルは短く唸ると、私から視線を外してこれまで進んできた道の先の方にやる。

 その動きに一瞬訝るが、すぐに理由がわかった。

 

「はぁ、はぁっ!」

 

 荒い息遣いと地を駆ける足音が聞こえてきており、誰かがこちらに向かっているようだった。

 ヘルはすぐに私に視線を戻すが、特に何も動く様子も無いので、その音を聞きながらも二人して見つめ合っている状況だ。

 

「……どうするの? 人に見られてもいいのかしら?」

「一人みたいだし、誰が来てるのか見てから決めようかな」

 

 そう言って小さく笑みを作ると、ヘルは手や指を動かしてナイフの配置を変えていく。恐らく相手によってはそのナイフを浴びせるつもりだろう。

 だがそちらに意識を向けているからなのか、一向に私への攻撃が始まらないのは幸いだった。

 

 今の内にヘルの背後へ陣の生成を始めておく。

 先程の不意打ちですら有効打を浴びせられなかった『情報伝達』だが、何もしないよりは良いだろうと陣の生成を進める。

 

 そうしている内に足音はどんどん近づいてきており、ついにその姿を見せる。

 

「はっ、はぁっ」

「えっ?」

 

 その姿を見た途端、ヘルに大きな動揺が走ったのを感じたが、私も驚いていた。

 フードからこぼれる白亜の髪をなびかせて近づいてくるお面を被った少女は、どう見てもお面を被っていた私だった。

 

 私と同じ姿のその人は周りを見る余裕が無いようで、私達に気づく事無く一心不乱に掛けてくる。追われている何かに追いつかれまいと、必死に逃げているみたいに見えた。

 その様子からまだ誰か来るのでは無いかと身構えたのだが、耳を澄ませても私の偽者以外に近づいてくる気配は無く、彼女の行動の意図が分からない。

 

「へぇ、こんな能力も持っていたんだね」

「……え?」

「幻影か何かかな? けどそれならあっちもお面を外しとくべきだったね!」

 

 ヘルの言葉に一瞬呆けた声を出してしまったが、続く言葉にやっと理解する。

 どうやら私の能力で彼女を出現させたのだと勘違いしているらしい。私も驚いているくらいなので、当然そんな訳がないのだが。

 

 しかし好機でもある。

 ヘルは私よりも先に走ってくる私もどきを狙い、宙を舞うナイフを集めだした。その頃になってやっと私もどきも周りに気づいたようで、突然の状況に慌てて声を上げる。

 

「は? な、なんだ!?」

 

 驚いている私の様な誰かには悪いが、ここは囮になって貰おう。ヘルが彼女に攻撃を仕掛ける瞬間を狙えば、多少の隙は出来るだろう。

 ……本当は自分と似通った姿のものがバラバラにされる所など見たくないのだが、背に腹は変えられない。

 

「んー?」

「なっ!? 化物の仲間に、四肢落としだとっ!?」

「……ま、いっか」

 

 ヘルは彼女の慌てっぷりに小首を傾げていたが、その彼女の続く言葉に結論を出して攻撃姿勢に移る。

 私もどきが少し気になる事を言っていたが、もう数瞬もしない内にヘルの攻撃が始まるので、考えるのは後でも良いだろう。

 

「ま、待て! 俺は――うぁっ、ああぁぁぁぁあああああ!?」

 

 私もどきは咄嗟に叫びながら手を伸ばすが、その腕はすぐに宙を舞う。立て続けに左足も膝下から切落されたようで、すぐに体勢を崩して地面へと崩れ落ちた。

 

「うーん?」

「ッ……何故よ!?」

 

 その間、私は準備していた陣を使って転移を試みたのだが、なぜか『情報伝達』が発動せず動けない。そして気づいた時には状況は終了しており、せっかくの好機を逃してしまった。

 

「あれ、どしたの? もしかして知り合いだった?」

 

 ヘルは私もどきの為に準備していたナイフを早々に回収し、私の周りに再配置をしつつ声を掛けてきた。

 その声に釣られて顔を上げると、なぜ『情報伝達』で転移出来なかったのか。私は理由を理解した。

 

 私もどきが手を伸ばした瞬間、警戒したヘルは一歩分後ろに下がっていたのだ。そしてそこには……私が生成していた陣があった。

 どうやら何かと被ってしまっている陣は発動出来ないようで、そのせいで私は転移どころか一歩も動けずに立ち尽くしてしまったのだ。

 

「……ギリッ」

(あ、あれ? 凄い睨まれてる……ボク何かしちゃった?)

 

 思わず奥歯をぐっと噛んでしまう。

 こんな事は予想すらしていなかったので、思い通りに行かなかった事に軽く憤りを覚える。

 

(うわー……やっぱり何だかすっごい怒ってるよー。もしかして今の、白わんこの仲間だったのかなぁ?)

「別に仲間じゃないわよっ!」

「へ?」

 

 私の言葉にヘルはきょとんとした表情をして、首をかしげた。

 何故不思議そうな顔をするのだろうか? 『精神干渉』で見ると、少しだけ驚いているような感情も感じ取れる。

 

「あ、うんそうなんだ……じゃあ何でそんなに怒ってるの?」

 

 コイツは……自分が優位に立っているという自覚は無いのだろうか。このままいけばジリ貧なので、何かしらの手立てを立てなければならかなったのだが、能力に対しての理解不測で失敗した。これで歯噛みしない方がおかしいと思う。

 

(うーん、まぁいっか! それにしてもさっきの人はほんとに何だったんだろ? とりあえずやっつけたけど、あまりにも弱すぎたし……うーん)

 

 それは私だって聞きたい。それにあの私もどきは、「化物の仲間」と「四肢落とし」って言っていたが、恐らく「四肢落とし」については今の彼女の状態からヘルの事を指している事がわかった。

 今も地べたで喚きながら弱々しく動いており、どうしても未来の自分と重ねてしまう。……うぅ、とても痛そうだ。

 

 考えが逸れたが、「四肢落とし」をヘルとすれば、残りの「化物の仲間」というのは私の事だろう。

 そうなると、私もどきがここまで逃げてきた理由も大体想像が付く。ヘルもその考えに至ったようで、こちらに視線を寄越しながら手をゆっくりと持ち上げていく。

 

「次、いくよ?」

(流石に二対一だと操作出来るナイフの数が足りないかも? ……どうしよう、ちょっと危ないかもしれない……)

 

 ん?

 今更だが、違和感に気が付く。

 

 先程からヘルが喋っていたのだと思っていたが、どうにも様子がおかしい。

 何というかこう、直接考えている事が伝わると言うか……これは少し確認してみた方が良さそうかもしれない。

 

 そう考えて身構えると、都合良くヘルも私を切り刻もうとナイフの操作を始めた。

 そして向かって来たナイフ全て、私の予想通りの軌道を辿ってくる。

 

「……やっぱり!」

 

 次は右斜め後ろから、そしてすぐに上と左側、その後は足を狙って低空の軌道。

 

「おっ?」

 

 前方からわざと視界に入るようにして二十本のナイフの束を向かわせ、次いで死角となる所から計三本。さらに頭上で速い回転速度のまま落として回転音で注意を引き付け、やっぱり本命は足元狙いのナイフを一本。

 

「え? あ、あれ? 何で?」

 

 私がナイフを避け続けていると、ヘルは少し焦ったような声で呟く。

 それは私がナイフを避けて続けられているから……というよりも、先程よりも余裕を持って避けているからだろう。

 

 ふふっ、まさか固有魔法にこんな使い方があるとは考えもしなかった。

 

 ヘルは徐々に表情から余裕がなくなって来ており、逆に私は余裕が出てくる。

 恐らく私の仲間……あーちゃんなのか、またはテスラなのかは不明だが、援軍が来る可能性もヘルの余裕を奪っている原因だろう。私もどきは本当に良い働きをしてくれた。

 

 今まで良い様にされていたが……ここからは私の番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ