036
エリス様とヘルムトラウトの二人が抜けた後、私達は残った四箇所の探索について話し合いました。
そして話し合いの結果、一パーティと一人の助っ人で三箇所に別れ、残り二パーティで一箇所を探索しに行く事となり、アリスとも別行動をとっております。
グスタとマルギットは一緒のチームとなっており、幸いにも綺麗に私達と別れる事が出来たので、気づかれる可能性は恐らくもう少ないでしょう。
「"アリス、先程の話、理解出来てますか?"」
「"うん、わかってるよ? エリスちゃんの敵をやっつければ良いんだよね?"」
「"はい。合流するまでにお願いします"」
「"うん、わかった"」
アリスと別行動を取る直前、私からアリスに一つ仕事をお願いしました。初めはあの場面で目立つ事を避ける為、エリス様を追わせないようにと使った方便でしたが、せっかくなのでそのまま手伝ってもらう事にしたのです。
本来はどちらも私がすべき仕事なのですが、目標が別行動になってしまったので効率的に考えてもその方が良いと判断しました。決して仕事を押し付けて、アリスがいない内にエリス様と二人っきりですごしたいとか思っているわけではありません。
ところで私の仕事内容ですが、簡単に言えば冒険者の選別です。
なんでも、他の国で仕えている腕利きの人が、冒険者に扮してこの国の情報を収集したり、戦力的に脅威となるものを再起不能な怪我を負わせて排除したりしているといった情報があり、見つけ次第始末するようにと言われております。
あまり仕事の背景については聞かされていないので、事に至った細部までは知りませんが……どうやら他国と少し揉めているようで、このような事態となっているみたいです。迷惑な話ですよね。
ちなみこの依頼で私が目標として絞っているのは、アリスを向かわせたパーティと今私が共に行動をしているパーティ、それに加えてヘルムトラウトです。
エリス様達と合流するまで私なりに調査をしていたのですが、この人達と合同で依頼を受けた場合の生還出来た人はとても少なく、さらに組む人が揃って実力あるものだったのでほぼ間違い無いと睨んでおります。
今回の討伐依頼ではそういった人達を中心に集めており、後は対象者に怪しまれて逃げられないようにと、同数以上のパーティとあわせて討伐メンバーを選出しましたが、この分かれ道で対象では無いパーティと別れられたのは好都合でした。
想定外の事態で、対象者と一緒に連れていかれてしまったエリス様が少し心配ではありますが、潜入している人があそこまで露骨な行動をするとも思えませんし、その点から恐らくヘルムトラウトは大丈夫でしょう。
きっと彼女もエリス様の魅力に気が付いてしまい、一緒にいる時間を独り占めしようと連れて行ったのだと思います。その事については同意する反面、少し思うところもありますが、今は致し方ありません。
今の状況は出来るだけ荒波立てずに事を運びたかった私にとって絶好の機会。エリス様と合流するまでには仕事を終わらせる事にします。
と、その時。
調度私の考えを読んだかの様に、前衛をしている男が足を止めました。
「さて、この辺りで良いかな」
前を歩いていた男がそう呟き振り返ると、それは他の三人への合図となり、一斉に武器を抜きました。……あら、どうやら彼らもやる気だったようで、話が早そうです。
「お前には悪いがこっちも仕事なんだ。ここでくたばってもらうぜ」
「どういう事でしょうか? 仕事は魔物の討伐では?」
彼らのパーティは四人いて、そこに助っ人として私が入っているのですが、今の陣形は彼らの要望によりパーティメンバー二人ずつが前後衛を勤めていて、私はその間に挟まれている形となります。
彼らの素性を知っているのになぜ自ら不利な場所に……と思われるかもしれませんが、私の固有魔法があれば、その様な陣形など意味を成しません。
「あぁ、そっちはそっちでしっかりやるさ……お前を消してからな」
「そんな、困ります……見逃しては貰えませんでしょうか?」
私は会話で時間を稼ぎつつ、自分が移動出来る陣を後衛のさらに後ろの方へ設置を始めます。
この固有魔法の良い点として、適正魔法と違って魔力を感じる事が出来ないので、目視で確認されない限りは気づかれる事がないところです。
「だめだねぇ、お前だけ始末出来ても結構な報酬が約束されてんだ」
「報酬? 誰がそんな事を?」
「おい、喋りすぎだ。さっさと始末するぞ」
「……あぁ、わかってるよ」
男達はそう言うと、表情に笑みを浮かべながら、前後からじりじりとにじり寄って来ます。その顔はまるで、既に勝負は決しているとでも言いた気な雰囲気を醸し出していました。
なんと言いますか、凄い自信を持っている方達ですね。私は国の用意した戦力だと言うのに、負けてしまう可能性などは考えもしないのでしょうか。
……いや、考えている筈ないですよね。そうであればこれから襲いますよ、と宣言もしませんし。
「そうですか、わかりました……では」
私は寄ってくる男達を尻目に『情報伝達』の陣が完成した事を確認すると、彼らの視界から一瞬にして消え、後衛のさらに後方へと回り込みます。
「なっ!?」
「……おや?」
「っうぐ!?」
「く、くそっ、いつの間に!」
……これは、なかなかどうして。
完全に死角から虚を突いたナイフでの斬撃であり、並みの相手であれば反応すら出来ない筈の一撃だったのですが、対する男には体勢を崩しながらも、しっかりと受け止められました。
さらにはその隣にいた男の援護も早く、二撃目を出す前に敵が矢を構えたのですぐさま離脱します。
「勘が鋭いのですね」
「てめーこそどんな手品使ったんだ!? さっきまでのは目眩ましか?」
目眩まし……確かに転移したとは考え難いですし、そう考えるのが自然でしょうね。そして今の一撃が彼らの警戒心を上げたのか、先程までのようにゆっくりと近づいてくるわけでも無く、こちらを観察しているのがわかります。
その間にせっかくですので、こちらからも観察させて貰いましょうか。
相手はすっかり前衛、後衛を整えてこちらへ向いており、先程は後衛を襲ったのですが、既に後ろ側へと引っ込んでしまっていました。
そしてそれぞれ武器として、前衛は長剣を持った二人で、後衛は先程攻撃を受け止めた人が杖を持っており、その横に弓がいます。
私は経験則から、魔法や弓など遠距離攻撃を主軸にして戦闘を行う人は、大抵体術を苦手としていると思っていたのですが……先程の動きを見ると、彼らの場合はそうでないようです。
となると少し面倒ですね。その辺の四級冒険者であれば今の一撃で一人を戦闘不能にし、その隣も気を持ち直す前に仕留められたと思うのですが、後衛でこの実力だとすると前衛の二人はさらに上と予想が付きます。
「っち、仕方ねぇ……俺達で抑えるから、支援まかせるぞ」
「あぁ、だが気をつけろよ。詠唱もしてねぇのに変な技を使ってくるぞ」
「わかってる、よっと!」
前衛の男達は返事すると同時に駆け出し、数秒で私の目の前に来ました。立ち位置も申し分無く、お互いが補助出来る様な距離感で斬りかかってきています。
『情報伝達』で別の場所へ移動しても良いのですが、陣生成の時間を短縮すると、同じ大きさの陣を作り出すのに倍以上魔力を消耗してしまうのであまりやりたくはありません。出来れば近接戦闘で倒してしまいたい所ですね。
「ハッ!」
「うらぁぁ!」
気合の声と共に振り下ろしてきた刃に対し、私はナイフを少し傾けて受け流しつつやり過ごし、もう一人は横薙ぎに払ってきたので、そちらはもう片手に握ったナイフで素直に受け止めます。
「っぐぐ……」
男達も身体強化をしていると思いますが、単純な力では私の方が上みたいで男の剣はそれ以上進めないようです。見た目の割には非力ですね。
その後もすぐに体勢を立て直して斬りかかってくるので、同じ要領で避け、受け止め、たまに反撃をして動きを把握していきます。
「はっ! ふっ、だめだ! 力で抑えるのは無理だ」
「ふっ、はっ、隙を突くしかねぇか、おい!」
私の目の前で声を張り上げている男の言葉に杖を持っている男は頷き、詠唱を始めたのが横目で見えました。
……力、速さ、技術全ての点で勝っているのですが、男達も相当な手練なようでお互いの隙を埋めるようにして動いており、中々突破口を見出せません。
けれど剣を振っている男達も無理をしているのか既に息も上がってきているみたいなので、このまま行けばすぐに体力切れになる事は目に見えているのですが……
「なるほど、私の足止め……ですか」
「ふっ! はぁ、はぁ……悪いが数の利を活かさせてもらうぜ」
「まぁ当然ですよね」
こうしている間にも詠唱が進んでいるので、これ以上面倒な事にならない為にも手を打つ必要がありそうです。
この際少しの魔力消費には目を瞑りましょう。
「『彼のものの欲する姿を現せ』……なっ!?」
「っ!?」
私は再度、転移して杖を持つ男の死角からナイフを突き出しましたが、驚きの表情で振り返った男の姿が突然変わったのを見て、攻撃の手を途中で止めてしまいました。
「エリス……様?」
「ここだっ!」
「っ!?」
一瞬、ありえない光景に処理が追いつかず動きを止めてしまいました。
そして我に返ったときには目の前に矢が迫っており、無理矢理魔力を注ぎ込み生成した陣で、大きく距離をあけます。
「くそっ、これも避けるのか!?」
「っち、どういうことだ? さっきまで俺達の相手をしてたってのに、いつの間にそんな所へいきやがったんだ!」
「おい、これってもしかして転移していないか?」
男達が何かを言っているようですが、言葉として認識が追いつきません。
少し前に別れた筈のエリス様が目の前に立っているので当然です。一体どうしてこのような場所に……?
「だがこれは効果があったみたいだな」
「今の内に畳み掛けるぞ!」
いや、少し落ち着きましょう。冷静に、冷静に……。
突然の事でとても驚きましたが、簡単に考えれば私の『情報伝達』の能力が付いている本物のお面であればある程度の場所がわかりますし、何よりエリス様から接続して頂いている『技能共有』によって、お互いの位置はわかるのです。
彼らは今が絶好の機会とばかりに攻撃を仕掛けてきてとても鬱陶しいのですが、そんな事よりも今は集中して繋がりを探ってみましょう。
…………ふぅ。やはり目の前のものは本物では無いようですね。離れた別の位置にしっかりとエリス様の存在が感じられます。そういえば杖を持っていた男が見えませんね。直前に詠唱をしていた事を記憶してますので、つまりこれはそういう魔法ですか。
仕掛けもわかりましたので、これで憂いなく……と、その前に最後の確認だけしておきましょう。もう少し冷静になる為にも、声が聞きたいですからね。
「"エリス様、聞こえますか?"」
これでお返事があれば絶対の確信を持てる。という思いから声を掛けてみましたが、おかしいです。目の前の偽者だと思われるエリス様も含めて、お返事が何も返ってきません。
「"エリス様? もしかして何かあったのですか!?"」
「"いいえ、何でも無いわ……それよりもどうかしたの?"」
「こいつはどうなってやがる! 四人掛かりでいってんのに、掠りもしねぇぞ!?」
「だめだ、転移する速度が速すぎて捕らえられねぇ!」
良かった、ちゃんとお返事が帰ってきました。これで目の前の事に集中……と、いけません。エリス様の質問に答えておりませんでした。
「やつの魔力だって底なしってわけじゃないはずだ! このまま突っ込み続けるぞ!」
「"いえ、エリス様の事が少し心配になりましたので、呼びかけてみました"」
「"はぁ、さっき別れたばかりじゃない。私の方は大丈夫よ"」
言葉はうんざりした様子ですが、声が弾んでいます。ふふっ、やっぱり私の主は可愛いですね。
ですがそのまま伝えてしまっては、恐らくむくれてしまいます。今のエリス様の性格を全て把握出来ているわけではありませんが、何となく以前よりも感情的で子供っぽく思えます。まぁそんなエリス様も可愛いのですが。
こほん、えぇと……まぁそんな感じなのでここは気づいていない振りをして、すぐに話を切り上げたほうが良さそうですね。目の前の仕事も残っていますし。
「"そうでしたか……安心しました"」
「"もう、心配し過ぎよ。それはそうとあーちゃんは?"」
「"エリスちゃーん! 早く会いたいよー……"」
「"良かった、あーちゃんも無事なのね"」
「"うん! あーちゃんも頑張るから、後で一杯褒めてね?"」
「"えぇ、もち……っ!?"」
そこからアリスも会話に加わってきましたが、それからすぐにエリス様の少し焦った声が聞こえてきました。
「"どうかしましたか!? 大丈夫ですか?"」
「"エリスちゃん?"」
確かあちらにはヘルムトラウトがいたはず。あれだけ派手に動いてパーティの分断までやっていたのに、まさか彼女も敵だったのでしょうか?
っく……迂闊でした。どう見ても潜入している人の動きでは無かったので、完全に普通の冒険者だと見誤ってしまっていたようです。
いや、反省より先に、今はエリス様です! 目の前の男達は後でどうとでも処理出来ると思いますし、すぐさま『情報伝達』で――
「"……大丈夫よ、安心して"」
「"っ!"」
「ここだ、はぁっ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の体は一瞬だけですが硬直してしまいました。
助けに入ろうとした矢先にエリス様からの制止の言葉でしたので、既に固有魔法を使って飛ぼうという体勢に入っていた私は、意図せず隙を作ってしまったようです。
「……あっ」
「くそ、あと一歩分足りねぇ!」
頭を狙われたその剣筋を何とか手元のナイフで軌道を逸らしつつ、体を仰け反らせ何とか攻撃を受けるのを免れたのですが、付けていたお面は避けきれず、掠ったナイフの反動で遠くへと飛ばされてしまいました。
それは同時に、エリス様との通信手段も途絶えてしまった事を意味します。
この場面でこれは非情に不味いです。エリス様の方で何かあった事は明白なのですが、お面を取りに行って確認するのにもまず目の前の彼らが邪魔です。
あぁもう、こうなっては魔力の温存など考えていられる状況ではありません。一刻も早くエリス様と連絡を取らなければ!
しかし私の焦りが彼らにも伝わったのか、より一層剣戟が激しくなってきており、援護している弓や魔法の量も増えてきています。
……ふぅ、とても苛々してきました。煩わしいのでさっさと終わらせる事にします。
私は彼らから『情報伝達』を使って大きく距離を取ると、大量の魔力を消費してすぐに固有魔法を使います。
「『情報伝達 ポイントコネクト・ショート』」
これは少し以前に、エリス様に見せた転移を強化させた魔法です。
一定の範囲内で常に接続した陣を多く配置する事が出来るのに加え、置いた陣を自由に移動させる事も出来ます。
「お、おい一度離れろ!」
「んだよこれは……そこら中にあるこの黒いのは何なんだ?」
「くそ、後ろにいる俺達の周りにまであるぞ!」
彼らは突然の状況に動揺してか、はたまた警戒してかは知りませんが、私から距離を置き始めました。
私はそんな彼らを尻目にどんどん大小さまざまな陣を生成していき、彼らの周りを埋めていきます。彼らは陣に触れるのを嫌ってか、距離を置くように真ん中へ集まりだしましたので、これ幸いに生成した陣で徐々に囲んでいきました。
さて、準備はこれくらいでいいでしょうか。
彼らは私の出方を覗っている様子であり、私との距離も随分と開いてしまいましたね。……まぁそうやって離れた所で、転移が出来る私に対しては、全く意味を成さないのですが。
私は一本のナイフを陣へと向けて投げ込み、私自身も転移して弓を持っている男の背後に出現すると、これまた『情報伝達』を使って倉庫から引っ張り出した長剣を突き立てます。
先程とほぼ同じ方法での攻撃なので、今度もまた受け止められてしまう可能性も考えられますが、さて、どうでしょうか。
「くっ……なっ!? がふっ」
「やはり対応出来ませんか」
実は受け止められた時に考えていたのですが、恐らく相手は視覚に頼らず私の魔力を感じて位置を特定していると予想した所、どうやらその通りだったみたいです。国内で対応された事がなかったので最初は驚きましたが、対処方法がわかれば簡単ですね。
その証拠に、私が転移してきた瞬間に男はすぐさま突きを受け止めようと構えようとしたのですが、別角度から転移させたナイフには反応出来ず肩に突き刺さり、突然の痛みと驚きで私への対応が遅れ、彼の胸を長剣で貫く事が出来ました。
「魔力の無いただの道具では、咄嗟の認識が出来ないみたいですね」
「てめぇ……」
残すは三人ですが、もはや対策がわかったので後は作業的に繰り返せばすぐに終われそうですね。
エリス様の方も気になりますし、さっさと片しましょうか。
「隙有り、だっ!」
私が弓を持っていた男に突き立てた槍を引き抜こうと力を篭めると、長剣を持った男はいつの間にか背後に回りこんでいたようで、勢い良く突きを放ってきました。
今の体勢からでは防御が間に合わず、何もしなければそのまま剣で貫かれてしまうでしょう。少なくとも男はそう思っているようで、その表情は勝ちを確信しているみたいでした。
そして次の瞬間、確かにその長剣は胸を貫きました。
「がふっ……」
男の突き出した長剣は、私に触れる手前に生成された陣に飲み込まれています。
そして、その飲み込まれた長剣の切っ先は、男の背後に生成された陣を通じて排出され、技を出した本人の胸を背後から穿ちました。
「如何ですか? ご自分の剣を受けた感想は」
「この……化物、め」
男はそう力なく呟くと、膝から崩れ落ちていきました。これで残り後二人。
「っち、こいつの相手は無理だ! 一旦引くぞ!」
「くそがっ!」
どうやら今の流れから彼らは逃走を選択したようで、二人して私と逆方向……今入っている魔物の巣の奥側へと向かって走り出しました。さすが、判断が早いですね。
……それはそうと、エリス様の見た目で汚い言葉を吐かないで欲しいものです。今この瞬間も私のエリス様を馬鹿にし続けているとしか思えません。
万死に値する行為なのですが、困った事にエリス様では無いと分かっていても同じ姿のものへ攻撃するのは躊躇われます。
仕方がありません。エリス様に化けている方は後回しにして、とりあえずもう一人の方から始末してしまいましょう。魔法も時間経過で解けるかもしれませんしね。
私はそこら中に漂っている陣の一つを、走り出した長剣を持つ男の元へと移動させると、踏み出した男の右足を足首まですっぽりと飲み込ませます。そしてすぐに、その陣の接続を消しました。
「あがっ!? あぁぁぁぁあああ!!」
男の右足は陣に飲まれた部分からぷっつりと途切れてしまい、血が噴き出しています。それと同時に、足を突然消されてしまった男は当然体勢が崩れて地面に倒れました。
「くそ! 何が起こっているんだ!?」
「うぐ……止まるな、早く逃げるんだ!」
「……くそったれが!」
エリス様に化けた人は突然の仲間の様子に足を止めましたが、足を切り離された男がそう言うと、またしても汚い言葉を吐いて仲間を置いてすぐに駆け出していきました。
ふむ、予想では倒れた男を守るために何か行動をすると思ったのですが、そこまで仲間想いでは無かったようですね。当てが外れました。
「ふー、ふぅー……いかせ、ねぇぞ」
逆にこちらの男は仲間想いらしく、苦痛に顔を歪ませながらも片足で立ち上がると、少しでも時間を稼ごうと、仲間の逃げた先へと続く道を塞ぐようにして剣を構えました。
まぁ構えた所でもはや機動力の無い男はただの的であり、彼の戦闘に付き合ってあげるほど私は暇でも優しくもありませんけどね。
……突然ですが、私は本来であれば、武器を必要としておりません。
この『情報伝達』を使えば、陣の触れている一部を転移させる事が出来るのに加え、陣同士の繋がりを消せば今の男の足のように切り離すことが出来るので、どんなに良く斬れる剣だろうが持つ必要が無いのです。
但し一回一回で使う魔力の消費量がとても多く、今はエリス様と『技能共有』で接続して魔力を借りているのでなんとかなっているのですが、もしそれが無ければ、今の戦いだけで魔力枯渇寸前までなってしまいそうです。
そういった理由から、当初は近接戦闘で片を付けようと考えていたわけなのですが、多分私も冷静では無かったのでしょうね。
とりあえずこれが終われば後は魔物の巣の主を倒すだけですし、それを考えてもまだ余力は残りそうなので……これはオマケです。
私は散らばっていた拳大の大きさの陣を、男の頭や手、胴などに被せる様にして配置すると、すぐに被っている部分を転移させました。
「ほら、来いよ……あ?」
「仲間の為のその行動、凄いと思います。ですが……さよならです」
そう言葉を告げると同時に転移させていた陣の入り口を閉めると、男と被っていた部位は引き千切られ大量の血飛沫と共に崩れ落ちました。さて、次が最後の一人ですね。
と、忘れる所でした。私は『情報伝達』を使ってお面を手元に引き寄せ、男達の死体も倉庫の方へと転送しておきます。
……あ、今気がついたのですが、お面が外れたときに最初からこうしていれば焦る必要もありませんでした。いけませんね、少し考えればわかる事だったのですが、エリス様が絡むとどうも弱いようです。
それに今少し落ち着いた頭で考えてみれば、先程エリス様は大丈夫と声を掛けてくれておりましたので、そんな中こちらから声を掛けたり助けにいこうとすれば、エリス様の言葉を信用していないようにも思われそうです。
本当でしたら今すぐにでも行きたいのですが、最後の一人がまだ処理出来ていませんし、本意ではありませんがもう少しだけ時間を空けた後に声を掛けてみる事にします。
「……では追いますか」
私はお面を付け直すと、仕事の仕上げの為に転移してその場を後にしました。




