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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
30/52

030

 

 よし、まずは状況を整理しよう。

 いつだって冷静に物事を考えなければ、何か見落としをしてしまう可能性があるものだ。

 

 私とあーちゃんはアインスから仕事を受けて、この酒場まで行くように指示された。

 仕事の内容の詳細は、酒場で合流予定の七番に聞けばわかると言っており、その七番は合流する場所で給仕をしていた。

 

 そして今、全力で私のお世話をしようとしている。

 

「……あれ? 冷静に考えた筈なのに、全然わからないわ。あむ」

「お口にあいませんでしたでしょうか」

「いいえ、そうではないの。とても美味しいわ」

「うぅぅぅう! むぅぅううー!」

 

 今の私は、椅子では無くズィーベンの膝の上に座られている。あの後すぐに両脇から持ち上げられ、自分が座るとすぐに私を乗せたのだ。

 その後は食べ物を次々と口元にもってくるのでそれをパクつきつつ、調度良いタイミングで飲み物のグラスを寄せるので、そっちも飲ませてもらっている。とても快適だ。

 固い椅子でお尻も痛くならないし、背中には二つの柔らかな感触もあり気持ちが良い。

 

 その横ではあーちゃんが椅子から降りて、頬を膨らませながらズィーベンを椅子から落とそうとゆさゆさしていた。そしてマルギットはその様子を楽しそうに見ている。

 

「……お嬢様」

「ひゃいっ!?」

 

 あまりにも理解不能すぎて半ば思考をとめていた私だったが、ズィーベンが急に後ろから耳元で囁いてきたので、変な声をあげてしまった。しかも「お嬢様」って何なのだろうか。

 

「失礼しました。それでお嬢様。外での名前を決められていると思いますので、教えてもらえませんか?」

「えぇと、私はエリスで、あーちゃんは……そのままあーちゃんよ」

「……はぁ、アハトは相変わらずですね」

 

 とりあえず耳元で小さな声で囁くのをやめて欲しい。この会話も耳元で行われているので、何やら首筋あたりがぞわぞわして変な気分になりそうだ。

 そしてその願いが通じたのか、ズィーベンはあーちゃんの方へ顔を寄せて何やら話しだした。

 

 ふぅ、これで何とか気分を落ち着けて会話ができ……

 

「エリス様」

「ひぃっ!?」

 

 無かった。

 気を抜いたところでの追い討ちだったので、びっくりしすぎてちょっと涙目になりそうだ。

 

「アハトはエリス様に名前を決めてもらいたいみたいです。本人曰く、一緒の名前が良いって言ってましたが、不自然すぎますので却下しておきました」

「そ、そうね。うーん……」

「ちなみに私についてはご存知だと思いますが、テスラと名乗っております」

「わ、わかったわ」

 

 わかったから早く私の獣耳から離れて。

 息が当たってむずむずというか、ヒクヒクというか……もう何かが保てなくなりそうだ。

 だからなのか、あーちゃんの名前も適当に決めてしまった。

 

「あーちゃんの名前だけれど、アリスでどうかしら」

「かしこまりました」

 

 そう言ってズィーベン……テスラはあーちゃんに耳打ちをして名前を教えると、あーちゃんはむすっとした表情から、花が咲いたかのようにぱっと笑顔になった。

 

「うん! エリスちゃんと一緒! あーちゃんはアリス!」

 

 良かった、あまり深くは考えなかったのだが、喜んでもらえたようだ。

 あーちゃんの場合は既に愛称で呼んでしまっていたので、そこに私の名前をはめただけだ。

 

「ふふっ、ここに来たのはその人に会う為だったのだな」

「えぇ、そうよ」

「初めまして、テスラと申します」

 

 あ、よかった。やっと耳元から離れてくれた。

 あとわざと耳元で話しかけてきていた理由もやっと理解出来た。名前については他の人に聞かれては不味かったのだった。

 

 それにしても、なぜ合流場所でテスラは給仕をしていたのか。しかも忙しそうな中突然抜けてしまったので、残った二人の女性がさらに忙しそうに走り回っている。

 時折こちらの方へチラチラと泣きそうな視線を向けるが、テスラはその一切を無視している。すこし可愛そうだ。

 

「ねぇテスラ、もう給仕はいいの?」

「はい、元々エリス様達を待つ間だけ手伝うと伝えておりましたので、全く問題ありません」

「そうなの、それなら元々は何で手伝ってたのよ」

「忙しなく動く彼女達を見ていると、動きたくなってしまって……」

「へぇ、じゃあ今はどうなの?」

「いえ、今はとても重要なお仕事が目の前にありますので、離れるつもりはありません」

 

 暗に手伝ってあげないのか少し誘導して聞いたつもりだったのだが、彼女にとっては私のお世話が最優先事項みたいだ。

 するつもりのない事を押し付けても良くないと思い、給仕している彼女達の視線と忙しそうな姿は忘れる事にした。

 

「それなら早速仕事の詳しい話を……」

「エリス様」

 

 次の話題としてこのまま仕事の話を聞こうと思ったのだが、すぐに言葉を遮られてしまった。そしてテスラがまたしても後ろから耳元にまで顔を寄せ、そっと静かに口を開いた。

 

「ここでは人の目や耳が多すぎます。宿を取っておりますので、お話はそちらについてからでお願いします」

「わかったわ」

 

 どうやらこの話題も、あまり人目のあるところで話して良い話題ではないらしい。

 だがそうなると、この場での適切な話題とは何だろうか? 何となくどういった事を話してもテスラに遮られそうな気がする。

 そう考えつつ、無言で背中に当たる柔らかな感触を密かに楽しんでいると、誰かが近づいてくる気配を感じた。

 

「ようお嬢ちゃんたち、楽しそうだな! あっちで一緒に飲まねぇか?」

 

 声がした方へ振り向くと、二十代中盤くらいの獣人がいた。

 その男が遠くのテーブルを指すと、そのテーブルには男の仲間なのか二人の獣人がいた。全員獣人のパーティなのかもしれない。

 

「ふむ、そうだな」

「嫌よ」

 

 マルギットがどうするか視線で聞いてきたので、首を横に振りながら答える。

 あーちゃんの『精神干渉』を使わせて貰って確認したが、彼ら全員から下心を感じる。せっかく美味しいものを食べているのに彼らと相席するとなると、色々と半減しそうだ。

 

「せっかく誘って貰ったところ悪いのだが、今日は彼女達にご馳走すると約束しているのでな。そちらには行けない」

「そ、そうか? じゃあそっちの黒髪のお嬢ちゃんはどうだ?」

 

 男は断られた事により標的を変えてあーちゃんへと話しかけるが、あーちゃんはまるで男が存在しないかの様に無視して食事を続けている。多分話しかけられた事すら気づいていなさそうだ。

 そんな態度を取られた男は他に何かを言うこともなく、軽く肩を落としながら元居たテーブルへと静かに戻っていった。

 

「こういう事ってよくあるのかしら?」

「まぁ、酒の席だからな。普段は悪いやつらって訳ではないと思うが、多分酔っているのだろうな」

「ふーん」

 

 せっかく飲食で出てくるものは美味しいのに、こういったお店はそんな煩わしさがあるのかと思うと、今後行く機会が減りそうだ。

 まぁ店自体はここしかまだ知らないので、その内別のお店にも行ってみて、良さそうならそっちへ行けば良いだろう。

 

 それからほどなくして食事が終わり、マルギットに会計を任せる。そして支払いを終えると四人揃って店から出た。

 

「今日はご馳走になったわ。道案内だけ頼むつもりが、色々と頼ってしまって悪かったわね」

「美味しかった! ありがとー!」

「構わないさ、私も楽しかったからな」

 

 店を出てすぐにお礼を言うと、マルギットは笑ってそう返してきた。短い時間での付き合いだったが、彼女は本当に良い人のようだ。

 実は『精神干渉』を使いマルギットの感情を終始見ていたのだが、感情と行動が常にあっていて裏表のない人だったので、出来ればまた会いたいと思えるくらいには好感を抱けた。

 

「では私は宿に戻るが、君たちはどうするのだ?」

「テスラが宿を取ってくれているみたいだからそこへ行くわ」

「そうか、ではここで解散だな。私はこの国を拠点しているので、多分また会う事もあるだろう。その時に何かあればまた言ってくれ」

 

 どうやら私達も彼女に気に入ってもらえたみたいだ。また会うことは難しいかもしれないが、その言葉だけでもとても嬉しく思う。

 

「ありがとう。困ったらまた頼らせてもらうわ。壁、越えられると良いわね」

「あぁ、それではまたな」

 

 マルギットはそう言って軽く手を上げると、彼女の止まっている宿の方へと歩き出したので、私達はそれを見送った。

 

 

 

 

 今日は思いもよらない出会いがあり、楽しかった。

 出会い方はあまり良くなかったが、エリスも機嫌を直してくれたようで助かった。

 

 最近はずっと一人で探索や狩りに出かけていた事もあり、久方ぶりに他人と共に食事を取った気がする。会話だってギルドで仕事を請ける以外ではあまりしていなかったので、とても楽しかった。

 以前は他の人とパーティを組んでいたりもしたのだが、最近になって同格の仲間というものが居なくなってしまい、今では相方と二人でパーティを組んでいる。とは言ってもほとんど別行動であり、ごく稀に組むくらいなので必然的に一人での探索が多くなってしまっていた。

 

「ふふっ、変わった人達だったな」

 

 白髪の子には容姿と反した言動で驚かされるし、黒髪の子はそんな白髪の子にべったり。見た目の年齢的に黒髪の……アリスといったか、彼女の方がエリスよりも少し歳が上に見えるのだが、二人の言動から立場逆転してしまっていたな。

 そして後で合流した灰髪の人は二人の保護者かと思ったのだが、しかし行動を見ていると白髪の子を主人と立てている従者と言った印象だ。

 

 三人とも端整な顔立ちをしていて綺麗ではあったのだがそれ以外に共通点は無く、彼女達の関係性には少し興味が沸いていたものの、最後まで聞けず仕舞いだった。

 まぁ良いだろう。また次に会う機会もあるだろうし、その時にでも教えてもらえば良い。

 

「ふむ、しかし口が滑ったな」

 

 途中で私の悩みを聞くというエリスに対し、特に他人に話すことではない事だったが気づけば喋っていた。

 子供相手に冒険者の話を……と思うかもしれないが、エリスの雰囲気から何気なく同年代の友人であるかの様に接していた自分に今更ながら驚く。さらには夢まで語ってしまって、とても恥ずかしい。

 

「むむ……いかんな、宿に戻ったら水でも飲んで、すぐにでも寝るか」

「おや? マルギットさんじゃないっすか?」

「ん?」

 

 周りに人気を感じなかったが、いつのまにか目の前には一人の女性がいた。

 この女性は……良く知っている。私のパーティであり相方だ。彼女はいつも気配無く近寄ってくるので、会う度に驚かされる。

 

「ロゼ、か」

「久しぶりっす! マルギットさんは聞くところによると、三級の試験を受けるみたいじゃあないっすか。だから面白そうな話をもってきたんすよ」

 

 ロゼは以前の討伐任務で一緒になり、当事他のパーティに所属していた私は、今いるパーティで探索できる場所ではこれ以上強くはなれないと兼ねてより思っていたので、思い切ってパーティを抜けて彼女を誘ったのだった。

 彼女の実力は底が見えなく、いつも幾分かの余裕を持って任務をこなしていたので、自身の実力を上げるのに調度良いと思って誘ったのだが、パーティは組んで貰えたもののほとんど行動を共にして貰えなかった。

 しかし今更以前のパーティへ戻るわけにもいかず、そのまま一人で探索する事が多くなってしまったのだ。それで実力は上げられたものの、そんな彼女に対して色々と不満を持っていた。

 

「お蔭様でな。それで面白そうな話しとは何だ?」

「あれれ、機嫌よさそうだったのに急にどうしたんすか? あ、もしかしてほとんど一緒に探索出来ていないので、怒ってるっすか? ふふっ」

 

 ロゼは何が楽しいのか、口元に笑みを浮かべながら体を揺らす。彼女は普段からローブを纏い目深にフードを被っているので、たまに隙間からのぞく金色の髪や口元以外のほとんど見えない。

 

「良いから話を進めろ」

「悪いっす。えぇと、まだ三級試験までは日があると記憶しているんすけど、間違いないっすよね?」

「あぁその通りだ」

 

 むぅ、話をしている内に苛々してくるな。本当になぜこんなのとパーティを組んでしまったのか。話し方や性格から、彼女には絶対に友達がいないだろう。

 強さを求める為だとは言え、以前の私は早まってしまったと言わざるを得ない。

 

「それで面白そうな話なんすけど、簡単に言えば討伐依頼っす」

「? ギルドで出ている依頼なら私も知っているが?」

「あー、これは張り紙に出てないものなんすよ。ギルドの方から声を掛けて人選をしてるみたいで、公開はされていないみたいっすね」

 

 非公開の依頼か。私も幾つか受けた事があるので、その存在は知っている。

 これは募集している内容が少々特殊であったり、大きな危険が伴う場合に行われる募集方法だった。

 

「どんな内容なのだ?」

「国の近くで魔物が巣を作ってるみたいで、その討伐を依頼しているみたいなんすけど……なんでもその巣を偶然見つけた五人の四級冒険者パーティがそこへ入り、この情報を持ち帰った一人以外は全滅したって話しらしいっす」

 

 四級冒険者といえばかなりの腕利きだ。この国では三級冒険者が三人、四級冒険者は私を含めて五十数人しかいない。その内四人がやられて一人が逃亡と言うと、かなり危険な場所なのだろう。

 

 そして魔物の巣……四級以上の魔物が狩りを行う為に、腰を落ち着ける場所として拠点を築く事がある。

 建造型、地下型などが多く、いずれも人が住んでいる場所の近くに巣を作る。巣を作った後はその周辺にいる自身よりも弱い魔物を従え、徐々に巣を大きくする傾向があるので、国や街から見ればとても脅威な場所となり放置してはおけない。

 今回非公開となっているのは、四級冒険者の中でも実力のある人を選出する為だろう。

 

「中々危険な依頼なのだな。それで、なぜ私にそんな話しをしたのだ?」

「確かマルギットさんは、強くなりたくて自分とパーティを組んだんすよね?」

「あぁ、色々と期待外れだったがな」

「手厳しいっすね」

 

 ロゼは私の言葉に対して軽く肩を竦めるだけで、全く反省の色がない事に溜息が出そうになる。

 

「恐らくこの依頼を達成出来れば、さらに強くなれると思うっすよ」

「……仮に私が受けたいと思っていたとして、ギルド側から声をかけているのなら、私が受けたいと言ってもどうにもならないだろう」

「そこは大丈夫っす! 自分が推薦しておいたんで!」

「は?」

 

 推薦、と言ったのか? しかし私はそんな制度を聞いたことが無い。どういう事なのかわからずロゼを見続けていると、彼女はさも楽しそうに話しだした。

 

「今日から二日後、集められた複数の討伐パーティでそこへ向かうっす。一応依頼の受託もしなければならないんで、ギルドには一度顔を出して詳しい話を聞くと良いっすよ」

「……私も受けられるのか?」

「本当は自分が受けるはずの依頼だったんすけど、相方も悩んでいたみたいだったんで譲ってあげるっす。お? これ何かパーティっぽい気の回し方じゃないっすかね?」

 

 ロゼの自画自賛については聞き流しつつ、これは良い機会かもしれないと思った。

 強さの壁を感じていた私だったが、四級冒険者がてこずる場所の探索となれば大きく実力を伸ばせるかもしれない。大きな危険があるかもしれないが、これまでだって危険は常についてきたのだ。

 試験も迫ってきているので、正直に言えばむしろありがたい。

 

「わかった。その依頼を受けよう。明日にでもギルドに行こう。……それで、ロゼは参加しないのか?」

「本当は行きたいところなんすけど、今回は行ったら不味いっすね。流石にバレるっす」

「どういう事だ?」

「あ、いや何でもないっす。別の用事があって行けないんで、楽しんでくると良いっすよ」

「いや、楽しめる要素はないと思うのだが……」

 

 しかし、そうか。

 この国の周辺では今回の様な脅威はなかった。ここで討伐が出来れば、より多くの人を助ける事にもなるだろう。

 さらには試験に向けて実力も上げられる。

 

 全く、ロゼは性格や言動はともかく、私の事をよく見てくれていたのかもしれない。先程は彼女とパーティを組んだ事を後悔していたのだが、少し見直してしまった。

 彼女と行けないのは少し残念だが、せっかく用意してくれた機会なのだ。気合を入れていこう。

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