012
私は服を作るのが好きだ。
人を見ると、「こんなの似合うかな?」とぼんやりと妄想を膨らまし、時間とお金があればいつもデザインをしたり、型紙を起こしてみたりしている。
しかし実際に布や糸を購入して作ると、結構安くない硬貨が掛かる。しかもそれを商品として販売する伝手はなく、渡す友達も居なく自分で着るわけでもない為、用途の無い浪費でしかなかったが、私のささやかな趣味だ。冒険者をやっているのも、普通の仕事ではこの趣味を金銭面で支える事が出来ないのが理由であった。
そんな私は少し前、いつもの様に布を販売している専門店へ行って商品棚を見ていると、とても興味をそそられるものがあった。薄い水色の布で、とても肌触りの良い生地だ。
しかし値段を見てみると、普通の布よりも格段に高かった。
私の全部を合わせると、銀貨が二十枚。対するこの素敵な布は、規定の長さにつき銀貨二枚必要だった。
通常の布は銅貨が二十枚から三十枚程度で販売されているので、纏まった長さの布で買えば銀貨二枚前後で購入が出来るだが、この布は相場の十倍位の値段だ。
ちなみに硬貨というものは、銅貨、銀貨、金貨の三種類有り、それぞれ銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚の価値がある。
日々の生活を送るご飯などは、銅貨五枚から十枚程度で食べられる。そして私は宿暮らしなので、宿代で一泊につき、銅貨十枚支払わなければならない。
むむむ、と考えるが、この布を見たときから既に答えは決まっていた。
何か割りの良さそうな依頼を受けて、生活費を頑張って稼ごう、と。
私は店員を呼ぶ。
いつもこの呼ぶという作業が嫌なのだが、勝手に持っていってしまったら泥棒だし……出来れば無人販売とかして欲しいと思う。
店員になんとか欲しい長さを伝えて、布を切って貰ったら代金を支払う。私の手から銀貨十八枚が消え、軽くなった硬貨入れと巻いてもらった布を受け取り、どちらも持ち物入れにしまう。
買い物を済ませた私は、その足ですぐに冒険者ギルドへ向かい、依頼を物色してみる。
冒険者はほとんど討伐任務が主であり、例外を除くと魔物を相手にする事が仕事であった。
私自身はあまり攻撃などが得意では無かったので、なるべく弱そうな魔物の討伐依頼を見ていたのだが、恐らく私が買い物をしている内に全部無くなってしまったのだろう。ほとんど強そうだったり、固そうな魔物の討伐依頼しかない。
困り果てていると、私を見たある女性から声をかけられる。
その人はアリーセと名乗り、とても優しそうな女性だった。
彼女は調査依頼に行こうと思っていると話しかけてきて、何があるかわからないので、回復魔術を使える人を探していたそうだった。
だけど私は、人と話す事がとても苦手だ。店員を呼ぶのだって結構勇気を出さなければ出来ないのだ。
そんな私がパーティを組んで依頼に行くなど、とてもじゃないが難しいと思うし、気が乗らない。しかし生活費すら厳しい状態で、自分が出来そうな討伐依頼も無い。
迷っている私に、アリーセは笑顔で「戦闘に参加しなくても良いから、怪我したときだけお願い出来ないかな?」と申し出てくれたので、気は引けていたが、背に腹は変えられないので了承した。
そうしてこの区画に来た私は、一人の少女と出会う。
白亜色の綺麗な長い髪、小柄な顔や大きな蒼い瞳。
体の線も細く、強く触れると壊れそう。
やや汚れが目立っていたものの、その少女は精巧な人形の様に思える容姿をしていた。
見た当初は少し目を奪われてしまったが、よくよく見ていく内に、どうしても許せない事があった。
それは、彼女が着ているものが襤褸布だった事だ。
容姿の整っている彼女が、こんな襤褸布ではいけない!
すぐに私の趣味に火が付いてしまう。
迷わず裁縫道具を取り出し、いつもの様に能力を使う。
初対面の相手へとても失礼な事をしている自覚はあるので、出来るだけこっそりと行い、周りに居る仲間や少女に気づかれない様にする。
「……青、かな」
能力により体格などを把握出来た私は、早速使う布選びをする。
少女を見ていると、自然に今の言葉が漏れたのだが、その言葉で散財のきっかけとなったあの生地を思い出す。
うん、とても似合いそうだ。
デザインは、他と併せやすそうなワンピースにした。作るのもそこまで難しくなく、今ある道具でも作る事が出来そうだ。さっそくパターンを起こして……
私の能力は、服を作るのにもとても便利。測らなくても体型を把握出来るし、頭の中でドレーピングもできる。
実際に布を裁つときや刺繍をするときも、絶対に手元が狂う事無く行えるので、作ろうと思えばあっというまに完成出来る。
それは、私の手先が特別に器用である。という訳ではない。
――『空間把握』
これは私の固有魔法というものらしい。
この能力はいつも発動していて、私の中に仮想空間を作ったり、逆に私の外側で一定距離内にある全ての状態や動きがわかってしまう。
この能力のお陰で、手元に寸分の狂いなく作業を行う事が出来るし、イメージするだけで、測った体型にあわせてパターンを引いて、ドレーピングを行うことも仮想空間内で完結出来るので、完成まで手を止めずに作業が出来る。
しばらくして、服は完成出来た。
だが、問題はここからであった。
ど、どどどうやって渡そう? 作る事に集中してしまって、全然考えていない。
気が付けばもう、時間は夕方に差し掛かってところだった。
私にはこの性格のせいなのか、友達と呼べる人はいない。
いつも服を作っても、部屋に飾って満足したりする程度であり、誰かにあげたりなどした事が無かった。
それに頼まれたわけでも無い服を勝手に作って、喜んでくれるとも限らない。
何で私は、服を作れば着てもらえると思っていたのだろうか、考えなしの行動に、自分の頬を張りたくなる。
そんな時――
「エルナお姉ちゃん!」
「ふぇ? あ、エリスちゃん……?」
――驚いた事に、エリスちゃんの方から話し掛けてくれた!
今は同じパーティメンバーであるアリーセ達にすら、話しかけられていなかった私にだ。
「服、できたの?」
「え? う、うん」
「きれーだね! 見せて見せて」
「う、うぅ……」
恥ずかしい、それに凄く不安……。
作ったものを見せるというのは、誰かに話しかけるよりもずっと勇気が必要だ。
もし良くない反応をされてしまっても、私には反応を確かめないといった選択は取れない。『空間把握』によって必要以上に余す事無く伝えられてしまうからだ。
だけど、これは私の最後のチャンスかもしれない。
多分このまま何もしなければ、この服を渡す事は絶対に出来ないと思う。せっかくエリスちゃんがくれた機会を無駄にしない為にも、勇気を出そう。
私はエリスちゃんに見えるよう、両手でワンピースの肩口を持って広げて見せる。
「わぁ、可愛い。エルナお姉ちゃんって、凄いんだね」
「うっ、そんな、私は……」
心配した反応は無く、むしろ逆の反応で安堵する。
だけど、私が凄いわけではない。この『空間把握』の力を持っていれば、多分誰でも出来ると思う。
たまたま私がその能力を持っているだけなので、少しずるい事をしているのでは無いかと感じてしまう。
と、そうじゃなくて!
今しかない。せっかく作ったもので、しかもエリスちゃんは可愛いと言ってくれたのだ。ここで渡さなくては!
「エ、エリスちゃん!」
「は、はい!?」
どうしてこんな事になったのだろうか。
エルナの気迫に勢いで頷いてしまった私は、そのままエルナに別室に連れて行かれて二人きり。今エルナは目の前で桶に水を溜めている。
小さな筒状の入れ物から出ている水は、その筒の大きさ以上の量を注いでも勢いは衰えない。エルナに聞いてみると、そういう魔法具らしい。
そして溜めた水で、私を綺麗にしてくれると言う。渡した服を着る前に、汚れを落とすそうだ。
私は服を脱がされて裸になると、エルナは用意していた布を水で湿らせ、優しく身体にあてて拭いてくれる。
身体を洗い終える頃には、私にもやっと状況に理解が追いついてきた。
つまり私と出会ってから作り続けていた服を、私に着せてくれるという事だろう。うん、私自身も着てみたいと思っていたので、それ自体は凄く嬉しい。
……だから、その意図も教えて欲しいのだけど。
私が考えている間も、エルナは止まらない。
桶の水捨てて、私に手招きをしていた。
「エ、エリスちゃんっ、今度はこの桶の前に顔出してー」
「あ、うん」
言われるがままに、桶の前へ顔を出すと、上から水を少しずつかけられ、揉む様に髪の毛を洗われる。
わぁ、気持ち良い……
「ふわぁー」
「えへへへへ」
洗っているエルナも楽しそうだ。
言葉はまだ詰まっているが、もう出会って当初の様なオドオドした雰囲気が抜けている。
髪も洗い終えると、これまたエルナが準備していた乾いた布で、優しく水分を飛ばして貰う。
それも終ると、いよいよ服を着せて貰う。自分では着方がわからなかったので、エルナに教えて貰いながら着込むと、大きさもピッタリだった。
「わぁー! すごいすごい! 着心地もとっても良いね!」
「よ、良かったぁ。えへへ、エリスちゃん似合うよ」
「そ、そうかな?」
「うん!」
私は浮ついた気持ちが抑えられなくなって、くるくると回ってスカートが浮く感覚を楽しんだり、裾を持って広げてみたりと、とても楽しい気分でこのワンピースを堪能する。
そうしてしばらく楽しんでいたが、ふと自分が着ていた襤褸布が目に入り、上がった気持ちが一気に冷める。
そうだった。
これはあくまで着させて貰っているだけで、元はエルナの用意した布や糸で、エルナが作った服なのだ。初めてまともな服を着て、しかも可愛く綺麗で気に入っていたが、私のものでは無い。
「エルナお姉ちゃん、着させてくれてありがと! 楽しかったぁ」
お父さんの知識から、何か品物を購入する為には、相応の価値がある硬貨と交換する事くらいは知っている。そして当然、私に手持ちは無かった。
どれだけ気に入ったものでも、手持ちが無ければ手に入らない。エルナももしかしたら、私が脱ぐのを待っていたのかもしれないし、もしそうだとすれば、これ以上着たままでいるのは、悪印象を与えかねない。
とても後ろ髪を引かれる思いで躊躇いながらも、服を脱ごうと手にかける。
「えっ、えぇ!? 脱いじゃうの?」
「え? でもこれはエルナお姉ちゃんのものだし……エリス、硬貨をもってない」
私が言い辛い事を伝えると、エルナは不思議そうな顔をする。
「硬貨? あっ、いや違うよ! これは最初からエリスちゃんの為に作った服だから、貰ってくれると嬉しいな」
私の為に作ってくれた?
改めて着ている服を見下ろすと、どう見てもエルナの着ているものよりもずっと良い素材を使っていると思う。
恐らく結構高い素材なのだろう。それを今日出会ったばかりの私の為に作って、しかもそれをくれると言うだろうか。
……まさか、そんなわけがない。聞き違いだろう。
私は喜びそうになった気持ちを抑えて、改めて確認する。
「……くれるの?」
「うん!」
相変わらず目元は見えないが、それでもとびっきりの笑顔で頷かれてしまった。
これは、そういう事? うん、もう間違いない筈よね?
私は言葉を理解すると同時に、エルナへ飛びついていた。
「ありがとうっ、大好き!」
「わっ、エリスちゃん!? えへへっ、えへへへへへ」
エルナは本気で私に渡す為に作っていたのか、私が伝えると嬉しそうに笑っていた。
……我ながら現金だが、この服によって私の中のエルナの印象がとても良いものになった。
ひとしきりエルナと喜びを分かち合うと、そのまま二人で笑顔のまま、手を繋いで部屋に戻る。
部屋に戻ると、残っていた四人に出迎えられた。
「着替えたのね、よく似合っているわ」
「確かにあの襤褸布じゃ、かわいそうだったしね」
「よく似合っているな」
アリーセ、バシリー、ヴォルグからそれぞれ言葉を貰い、私はさらに気を良くする。
そうしていると、アリーセからマリーが呼びに来て外で待っている事を聞かされたので、簡単に別れの挨拶をすると、外に飛び出す。
マリーはすぐに見つかったので、駆け寄って合流した。
「あら、エリスさん。綺麗に見違えましたね」
「うふふっ、ありがと。……それで? 男達はどこで捕らえているのかしら」
「いつもの拠点で、今はカールとゲロルドが見張ってます」
「良くやったわ。これで計画は上手くいく。すぐに戻るわよ」
私はマリーと簡単に言葉を交わすと、すぐに拠点へ向けて足早に廃墟を離れた。




